バンダイナムコゲームス

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株式会社バンダイナムコゲームス
NAMCO BANDAI Games Inc.
NBGI Headquarters.JPG
本社(バンダイナムコ未来研究所、旧: 品川パナソニックビル)
種類 株式会社
市場情報 非上場
東証2部 9752 1988年1月 - 1991年9月
東証1部 9752 1991年9月 - 2005年9月28日
略称 NBGI、バンナム[1]
本社所在地 日本の旗 日本
140-8590
東京都品川区東品川四丁目5番15号
設立 1955年(昭和30年)6月1日
(有限会社中村製作所)
業種 情報・通信業
事業内容 アーケードゲームコンシューマーゲーム、携帯電話コンテンツの開発、販売など
代表者 大下 聡(代表取締役社長)
資本金 150億円
売上高 1,313億8,600万円(2012年3月期)
総資産 1,045億3,300万円(2012年3月期)
従業員数 1,700名(2012年4月1日現在)
決算期 3月31日
主要株主 (株)バンダイナムコホールディングス 100%
主要子会社 (株)バンダイナムコスタジオ 100%
(株)バンプレスト 100%
(株)B.B.スタジオ 100%
関係する人物 中村雅哉(創業者・名誉相談役)
鵜之澤伸(代表取締役副社長)
外部リンク http://www.bandainamcogames.co.jp/
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株式会社バンダイナムコゲームス英語名: NAMCO BANDAI Games Inc., 略称 NBGIバンナム)は、アーケードゲームコンシューマーゲームなどのゲームソフトの制作および開発を行う日本企業。旧ナムコを母体としており、2006年3月31日にアミューズメント施設事業を新たに設立したナムコに譲渡し、株式会社バンダイのゲーム部門を統合し現社名に変更した。

バンダイナムコホールディングスの完全子会社であり、バンダイナムコグループの最重要組織の一つ。本社は東京都品川区にある。

単純に英語にするとBANDAI NAMCO Gamesであり社名デザインもそうなっているが、前述の英語名の通りナムコを先に表記している場合もある。

目次

概要 [編集]

1955年6月1日中村雅哉(現名誉相談役)が有限会社中村製作所を設立。1971年に「Nakamura Amusement Machine Manufacturing Company」の略としてnamcoブランドの使用を開始し、1977年には社名もナムコと改めた。英語名はNAMCO LIMITED

2005年6月25日の第50回定時株主総会でナムコとバンダイの経営統合の議案が可決承認され、上場会社としてのナムコは9月29日に幕を下ろし、以降は株式会社バンダイナムコホールディングスの子会社となった。

2006年3月31日、バンダイのゲーム部門を統合し、社名をバンダイナムコゲームスに変更した。バンダイナムコホールディングスにおいてゲーム部門を受け持つ企業としての立場を明確にした。

2008年4月1日バンプレストのゲーム事業の譲受と共にバンプレストレーベルを新設。2009年4月1日、バンダイネットワークスを吸収合併した。同日、ナムコ・バンダイ・バンプレストの各レーベルごとの公式サイトと全レーベルの総合サイトの4つに分散していた公式サイトを統合し、「バンダイナムコゲームス公式サイト」としてリニューアルされた。サイト統合後は、全レーベルのタイトルを一貫して掲載しサイトへのレーベル表示も行わなくなった。なお、レーベル自体を統合した訳ではなくパッケージ表面及びゲーム起動時に表示するロゴマークについては、2012年11月現在も各レーベルのものを使い分けているが、機動戦士ガンダム 戦場の絆等の一部アーケード作品では、メインレーベル・バンダイナムコゲームスレーベルに統一されている。ゲーム起動時に表示されるロゴマークは、家庭用ゲームではバンダイナムコゲームスのロゴ→各レーベルのロゴ、前述の戦場の絆等の一部アーケード作品ではバンダイナムコゲームスレーベルのみである。

沿革 [編集]

  • 1955年6月1日 - 有限会社中村製作所として創業。横浜の百貨店の屋上に、木馬2台を設置[2][3]
  • 1959年 - 株式会社に改組
  • 1971年 - namcoブランドの使用を開始
  • 1974年 - アタリジャパン(現在のとは別会社で、リンク先の初代に該当)を買収、アーケードゲームに進出
  • 1977年 - 株式会社ナムコに社名変更
  • 1979年 - 日米ゲームメーカーの関係が、これまではナムコとアタリ、またはミッドウェイ(今のミッドウェイゲームズ)とタイトーが親密だったが、各社の事情により『ギャラクシアン』から『パックマン』までは、ナムコとミッドウェイが親密になる。
  • 1984年 - MSXパソコン用のレーベルとして「namcot(ナムコット)」をスタートさせる。同年には任天堂ファミリーコンピュータにもソフトを供給する。
  • 1986年 - イタリアントマトを買収
  • 1988年 - 東京証券取引所2部に上場
  • 1988年 - 神奈川県横浜市港北区(現:都筑区)に「横浜未来研究所」を開設(2008年閉鎖)[4]
  • 1991年 - 東京証券取引所1部に上場
  • 1992年 - ナムコ・ワンダーエッグ開園(テーマパーク事業進出)
  • 1994年 - 神奈川県横浜市神奈川区に「横浜クリエイティブセンター」を開設。
  • 1995年 - 家庭用ゲームのレーベルnamcot廃止。業務用レーベルのnamcoに統合される。
  • 1997年 - 日活に出資、子会社化
  • 1997年 - CRフィーバーピストル大名を開発。パチンコ・パチスロの液晶基板と映像ソフトの制作を始める。
  • 2001年 - エニックススクウェア(現・スクウェア・エニックス)、及びセガと業務提携
  • 2005年9月30日 - バンダイと共同持株会社・バンダイナムコホールディングスを設立し、同社の100%子会社になる
  • 2006年3月31日 - バンダイの家庭用ゲーム事業を譲受し、現行の社名に変更
    • ※同時にアミューズメント施設運営組織・新規事業部門の一部事業部門を分離。この事業部門は新たに会社組織化され、アミューズメント関連施設の運営を主業務とする「株式会社ナムコ」(以後“〈新〉ナムコ”)として、「ナムコ」の社号を受け継ぐ
  • 2007年
  • 2008年
    • 4月1日 - バンプレストを吸収合併しゲーム事業を統合、その際にプライズゲーム用景品部門を母体とした新法人「バンプレスト」を設立
    • 8月6日 - 2009年4月1日を目処にバンダイネットワークスを統合すると発表
    • 11月 - 携帯電話コンテンツ事業部署を横浜クリエイティブセンターから本社近隣の品川シーサイドパークタワー(バンダイネットワークスの階上)に移転。
  • 2009年
    • 2月12日 - ディースリーの完全子会社化を目的とした公開買い付けを開始。
    • 3月24日 - ディースリーを完全子会社化。
    • 4月1日 - バンダイネットワークスを吸収合併、同日よりバンダイ・ナムコ・バンプレストの各レーベル及び総合サイトの4つに分散していた公式サイトを統合、「バンダイナムコゲームス公式サイト」としてリニューアル。石川祝男のバンダイナムコホールディングス社長就任に伴い、鵜之澤伸が社長に就任。
    • 10月1日 - インターネットを利用したオンラインゲームその他ソフトウェア、サービスの企画・開発・運営の子会社として、株式会社バンダイナムコオンラインを設立。
  • 2010年
    • 2月18日 - 制作ユニット毎に売上責任を負わせることを発表。
    • 4月1日 - 統合後初のグループ連結赤字350億円の大半がゲーム部門であったため、鵜之澤が責任を取り副社長に降格。石川が出戻り、バンダイナムコホールディングス社長と兼務する。ディースリーが新ディースリー・パブリッシャーとして再編しバンダイナムコホールディングス傘下に。
  • 2011年
  • 2012年
    • 1月1日 - ナムコ・テイルズスタジオを吸収合併。
    • 2月29日 - セリウスを解散。
    • 4月2日 - 開発部門(約1000名)を新会社「バンダイナムコスタジオ」に分社。

CMキャッチコピー [編集]

旧ナムコ時代
  • 「オモいカルチャーをオモチャーと言う」
  • 「自宅で遊べるナムコット」

上記2つは、最初期のCMで、1983 - 84年頃のパックマン、ゼビウス等といったファミコンソフト発売時に放映されたもの。なお、CMには細野晴臣が出演していた。

  • 「クーソーは、頭のコヤシです」
  • 「クーソーしてから、寝てください」
  • 「遊びをクリエイトするナムコ」

ちなみにこのキャッチコピーはNBGIが誕生するまでゲームのパッケージにも使われていた。

  • 「21世紀の大人(クリエイター)達へ」
  • 「集まれ前科者」、「大学8年生に届いた採用通知[7]」、「『C』が多くてもいいじゃないか」、「■肉■食は、弱肉強食か、焼肉定食か」(求職者向け会社案内より)

ゲームの特徴 [編集]

バンダイ・ナムコ・バンプレストのゲーム部門を統合する前から各社でゲームソフトの開発が続けられていたため、2006年から2009年3月までは旧バンダイ・旧ナムコ・旧バンプレストのロゴをそれぞれバンダイレーベルナムコレーベルバンプレストレーベルと称し、便宜的な名義(ブランド名)として使用している(アーケードゲームにおいては、2012年11月現在ナムコレーベル、およびメインレーベル・バンダイナムコゲームスレーベルの二つを使用している)。2009年4月以降、公式サイトへのレーベル表示は行っていないがパッケージ表面・ゲームソフト起動時に表示するロゴマークについては、前述の戦場の絆等一部アーケード作品を除き、各レーベルのものを引き続き使い分けている。

バンダイレーベル [編集]

バンダイレーベルは主としてテレビアニメや特撮などのキャラクターを生かしたゲーム化を得意としており、子供からアニメファンまで手広く守備範囲としたゲーム作りが特徴的である[要出典]

また、このレーベルはバンダイお家芸とも言えるメディアミックスの一環としてリリースされるゲームも多く、最大の成功例というべき作品「.hackシリーズ」などは独特の雰囲気による固定ファンも多い[要出典]

なおこのレーベルは、バンダイとの共同開発作品・百獣大戦アニマルカイザーを除き、アーケードゲームにおいては使用されない(バンダイ名義で稼動しているトレーディングカードアーケードゲームは、前述のアニマルカイザー以外は全てバンダイによる開発・発売となっている)。

ナムコレーベル [編集]

(旧)ナムコ創業時から一貫した企業風土として明るく健全なテイストのゲームを多く作り続けており、過激・残虐性の高いゲームは余りリリースされなかった(2007年2月現在、「D 17才以上対象」に該当するソフトはいくつかリリースされているが、「Z 18才以上のみ対象」に該当するソフトまではリリースされていない)。

パックマン』を始めゲームから多くのキャラクターを生み出し、バンダイナムコゲームスとなった現在もなお、あらゆるジャンルのゲームに登場し、『パックマン』はメディアアートとして広く使われている。

アーケードゲーム草創期には『パックマン』以外にも『マッピー』『ドルアーガの塔』等多数、1990年代から2000年代にかけても「ミスタードリラーシリーズ」や体感ゲーム『太鼓の達人』、パズルゲーム『もじぴったん』等可愛いキャラクターを前面に打ち出したゲームクリエイションは近年まで健在であった。

ゼビウス』『スターブレード』などのクールなSFテイストにあふれたゲーム、『ドラゴンスピリット』『ワルキューレシリーズ』『フェリオス』などのファンタジー系、『ポールポジション』『ファイナルラップ』などの定番的レースゲーム、『ギャラクシアン3』といった大型の施設型ゲームなど、各ジャンルに一通り名作と呼ばれるゲームを輩出している。

1990年代からは「鉄拳シリーズ」「ソウルシリーズ」「リッジレーサーシリーズ」など、三次元表現を駆使したゲームの開発に注力、国内だけでなく海外でもミリオンヒットを記録するなど絶大な支持を受けており[要出典]『テイルズ オブ』 シリーズなどのアニメーションデモを主体としたRPG作品も安定した人気がある[要出典]。さらにバンダイの版権である『機動戦士ガンダム』を使って、ナムコの得意とする[要出典]大型筐体を用いてゲーム化した『機動戦士ガンダム戦場の絆』があったりと、統合の強みを出した作品も出している。

ファミスタ』「テイルズ オブ シリーズ」「太鼓の達人シリーズ」に代表される、ソフト間でのコラボレーションや、『ワンダーモモ』と『THE IDOLM@STER』、『ディグダグ』と『ミスタードリラー』など世界観を共有するソフトを多数制作している。そのひとつの象徴として、「UGSF」がある。さらに、「ソウルシリーズ」での初代吉光(「鉄拳シリーズ」より)のように、他のゲームにゲストキャラとして登場したキャラクターが好評を得る例も多い[要出典]

バンプレストレーベル [編集]

バンプレストの初代社長である杉浦幸昌のポピーバンダイにいた頃の幅広い人脈を生かした[8]コンパチヒーローシリーズスーパーロボット大戦シリーズなどのキャラクターゲーム(主にクロスオーバー作品)やサモンナイトシリーズアルトネリコシリーズなどのオリジナル作品を多数販売している。近年、俺の妹がこんなに可愛いわけがないポータブル魔法少女まどか☆マギカポータブルなど深夜アニメ(特にUHFアニメ)を題材としたゲーム化作品のリリースが多い。

レーベルの変更 [編集]

一部のゲームは、移植版や続編が登場する際、レーベルが変更される場合がある。以下がその一例である。

出身者 [編集]

関連会社 [編集]

著作マーク [編集]

経営統合後の同社の各ゲーム作品の著作マークは「(C)NBGI」(家庭用ゲーム機)または「(C)NAMCO BANDAI Games Inc.」(アーケードゲーム機)に統一されている。

ただし、全ての『ガンダムシリーズ』系のゲーム作品には存在しない(『ガンダム』以外のサンライズ制作のゲーム作品を除く)。これは『コンパチヒーローシリーズ』、『スーパーロボット大戦シリーズ[9]』、『Another Century's Episode』シリーズも同様である。

その他 [編集]

  • 同社が経営統合後の2008年4月以前は提供クレジットでは「バンダイ」と「ナムコ」であり、後者のレーベルのみ「バンダイナムコゲームス」の提供クレジットを使用することがあった。同年4月以降「バンプレスト」から移管され、正式に全てのレーベルで「バンダイナムコゲームス」の提供クレジットが表示されるようになった。なお、2009年3月まではバンダイナムコゲームスのマークをCMで使用するのはごく稀であり、通常は、バンダイレーベル・ナムコレーベル・バンプレストレーベルの各社のマークで表示されていたが同年4月以降はレーベル一本化により、前述の戦場の絆等一部のアーケード作品ではバンダイナムコゲームスレーベルを使用している。
  • 本社の未来研究所の元になった旧品川パナソニックビルは、1992年に松下電器産業(現パナソニック)によって建設されたもので、周辺にビルの日陰を作らないように配慮された結果、台形の外観となった。2006年3月に地元の不動産業者に売却された後、現在に至る。
  • 一部の雑誌やネット上などでは「バンダイナムコゲーム」と誤植されることがある。

新規開発事業 [編集]

  • Kid'sきずな事業 - 絵本「みのりちゃんのすてきなおうち」の出版と『きずなstyle』の運営。
  • ハッスル倶楽部 - アーケードゲームをベースとしたリハビリテーション機器の開発・販売。(旧)ナムコの新規開発事業として開始され、2006年のNBGI設立時に一旦(現)ナムコへ移管されたが、2009年に再譲受した。

関連項目 [編集]

  • ラジオはアメリカン - かってスポンサーをしていたラジオ番組
  • NG (ゲーム情報誌)
  • Side-BN
  • 大トロ倶楽部 - ファミコン通信(現ファミ通)で連載されていた片山まさゆきの漫画。バンダイとナムコの社名を合わせて作られた番台菜夢子(ばんだい なむこ)というキャラクターが登場する。同漫画が復刻連載された際のキャラクター紹介で「作者が合併を予期していたかのような名前」と書かれていた。

脚注 [編集]

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  1. ^ Twitterプロフィールより。
  2. ^ 1950〜70年代 バンダイナムコゲームス公式サイト 2012年9月23日閲覧。
  3. ^ 2004-2006年まで用いられた「50周年シンボルマーク」には、木馬がデザインされていた(ナムコ、木馬をデザインした「50周年シンボルマーク」を公開 2012年9月23日閲覧)。
  4. ^ 2008年8月2日建通新聞 [リンク切れ]
  5. ^ バンプレストのゲーム事業を統合 バンダイナムコがグループ再編 - ITmedia News 2012年9月23日閲覧。
  6. ^ “バンダイナムコゲームスとディー・エヌ・エー共同出資による新会社設立のお知らせ”. ディー・エヌ・エー. (2011年8月22日). http://dena.jp/press/2011/08/post-91.php 2011年8月22日閲覧。 
  7. ^ ナムコ代表取締役社長である橘正裕が旧ナムコに入社した時の実話に基づく。
  8. ^ 「アニメ・ビジネスが変わる アニメとキャラクター・ビジネスの真実」1999-06-17 日経BP社刊。
  9. ^ オリジナル作品系では「SRWOG」名記。

外部リンク [編集]