コンパイル (企業)

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株式会社コンパイルとはかつて日本に存在したコンピュータゲームの制作会社である。

目次

[編集] 変遷

仁井谷正充によって1982年広島市南区に設立され、後に広島県佐伯郡大野町(現・廿日市市)を経て埼玉県所沢市に移転したが、2003年に解散している。キャッチコピーは「の~みそ コネコネ コンパイル」だった。

広島電鉄社員であった代表者がコンピューターソフトの開発・情報誌の企画などを行うベンチャー企業として設立、初開発ソフトは業務管理ツール『イタリー亭』。古くはシューティングゲームセガの下請け、ゲーム機への移植作品、MSXディスクステーションで知られ、その技術力には定評があった。1983年に『BEE&FLOWER』を開発した際は「真紅ソフト」という名称を使ったが、以後は使用していない。

1980年代中盤には、『ザナック』『アレスタ』などシューティングゲームで良作を発表した。その独自性や完成度の高さから評価を得て「コンパイルシューティング」と呼ばれた一連の作品群は、1980年代の終わりまでコンシューマSTGの分野で確固たる存在感を放ち続けた。

その後は1992年にアーケード版が発表された『ぷよぷよ』シリーズで一般にも知られる。そのブームが追い風になってゲームに関連したキャラクターグッズや広島名物のもみじ饅頭を基に作った「ぷよまん」などの販売に手を広げ、一世を風靡した。

しかし、グループウェアパワーアクティ』の開発費用が予想よりも増大になった事や、数度の新社屋への移転、企業体力を省みない人材の大量採用、過大な宣伝費など事業拡大路線の不振から経営が破綻、1998年3月18日広島地方裁判所への和議を申請[1]。和議は受理され、就職予定だった新卒者の大量内定取り消し及び大々的な社員の解雇を実施した。

この時、コンパイルから離れたクリエイターは数多く、コンピュータゲーム業界の内外に幅広く散っていった。コンシューマ・アーケードの分野で再起した人物も多いが、一部にはアダルトゲーム同人ゲームの分野で知名度を獲得し、ゲーム業界の表舞台に登場する様になった人物もいる。

和議後のコンパイルは、本社を広島中心部から郊外の食品工場跡地に移転。さらには広島から撤退して埼玉の所沢に移転するなどし、再建の道を歩むかに見えた。また、この和議に際して、『ぷよぷよ』シリーズの商標権等がセガなどに売却されていたが、コンパイルには2002年8月まで使用期限が与えられた。しかし、和議に至るまでの一連の無茶な経営が明らかになった事で社長である仁井谷の対外的信用が失墜しており、また社内システムの建て直しも不首尾に終わった事から往時の力は戻らなかった。結局、『ぷよぷよ』に代わるだけの新しい作品を生み出すことができぬまま、実際には消滅へのカウントダウンを歩んでいた。

2002年8月末で『ぷよぷよ』の商標使用権を失い、関連商品の販売ができなくなる。その後、2003年1月に会社を解散し事実上の活動停止。同年11月6日には東京地方裁判所より破産が宣告された。これと前後して同社のメンバーにより新会社・アイキが設立され、倒産後の『ぷよぷよ』シリーズを除いたコンピューターゲーム関連の知的財産権・営業権は同社に引き継がれ、仁井谷もアイキに合流した。

そのアイキも経営が芳しくなかったのか2007年にWebサイト消滅を経てD4エンタープライズに商標を引き継ぎ、同社の1コーナーであるコンパイルステーションという形で活動している。

[編集] 運営時の問題点など

経営状況の悪化の要因や会社組織としての問題点として、以下のような事柄がいわれている。

  • 不透明な会社経営・会社の私物化
    • 会社の急激な拡大に対して、社内の実情が追いつかず、実態としては仁井谷の個人商店のままアンバランスな発展をしてしまった。
      • 仁井谷は強力なワンマンタイプの創業オーナー社長であり、周囲に諫言できる人物がおらず、会社の私物化とも取れる行動が度々見られた。また、周りを補佐する人材にイエスマンしか置かなかったため、そもそも不満や反対意見等が出てこなかった。その様な状況下で、末端の従業員ともコミュニケーション不足が著しかった。
      • その上、仁井谷に浪費癖があった。例えば『ぷよぷよ通』もしくは『SUN』での販促展開で、実際に社長がコスプレをしていた「サタンさま」の衣装を作成するのに100万円かかっていたと明言している(テレビ東京の深夜番組『ギルガメッシュないと』にて)。
    • 経営方針においてもランチェスターの法則に傾倒、特に弱者戦略を重視し小市場(前述のゲームギアなど)でのシェア獲得を重視したことが、収益性の低下や社員のモチベーション低下を招く一因となった。プレイステーション(PS)・セガサターン(SS)などの「次世代機戦争」時にセガスーパー32Xゲームギアへの注力を表明したことで次世代機への参入が遅れた。そのため、PS・SS版『ぷよぷよ通』は外注製作となった。
    • イベント開催時にも、「多額の使途不明金」を発生させるなど、経理面にしたところで杜撰なものであった。
  • 企業体力を省みない、無計画ともいえる人材の大量採用
    • 現有社員数と同数またはそれ以上の「新入社員の内定」を確定していた年度があり、必要以上に人件費・不動産費・機材費などが増加していた。しかも、それは利益が大幅に増加し続けるならば問題は小さいが、一度売上が鈍るとたちどころに経営を圧迫してしまう程の規模であった。
    • 1996年に開催した自社主催イベント「全日本ぷよマスターズ」では幕張メッセに18000人を集めた。1997年3月期には売上高約69億円を計上。この時期が『ぷよぷよ』人気のピークで、その後も人気はそれなりに持続していたにもかかわらず、その僅か1年後の1998年3月に和議申請に追い込まれている。
  • 常識に欠ける人材育成システム
    • 全盛期の社員教育において「丁稚制度」なるシステムを導入し、一年間は雑務のみ、雑務の合間に先達から技術を盗み研鑽すべしといった徒弟制度を重視し、これを画一的に運用したため、新規採用社員を即戦力として生かすことができなかった。さらには、新規採用社員にピンク一色のジャージの着用を出勤時にまで強制するというパワーハラスメントまがいの事を行ったことで、「丁稚制度」の対象となった者たちに相当のモチベーション低下や短期離職率の上昇があったといわれている。
    • 後に「セクシャルハラスメントに該当する」という指摘を受けて女性社員のみ出勤後の着用義務に変更されたものの、最終的には和議申請時まで全面廃止される事はなかった。
    • 姿が目立つため会社周辺地域から苦情が立った、社員を狙った事件が起きたなどの話もある。
  • 経営状態を省みない過剰な広告展開。
    • 例えばビジネスソフトの宣伝をゲームソフトと同じ方法論で展開、中尾彬川島なお美などのタレントを起用したTVCMを投下し、予定外の広告費を支出することになった。
    • 他にも、「コンパイル・レーシングチーム」というオートバイのチームを持っていたこともある。
  • ビジネスソフトへの開発費の増大と売れ行き不振。
    • ゲームソフト感覚をコンセプトとしたことにより、ビジネスソフトの開発経験者がほとんどいない状態でソフトの開発を強行した結果、開発費が当初予定を大幅に超過。
    • 販売に至っては、一般ユーザ向けでなく中小企業向けにした結果、ソフトがほとんど売れなかった。これがコンパイル倒産の最大要因だといわれている。
    • そもそものところで、これもまた社長の鶴の一声で始まったプロジェクトであったとされる。

[編集] 代表作

対応機種名や販売メーカーの表記は省略する。リンクのある作品・シリーズの詳細はリンク先を参照されたし。

[編集] シューティングゲーム

[編集] ロールプレイングゲーム

  • 魔王ゴルベリアスシリーズ
  • 魔導物語シリーズ

[編集] 落ち物ゲーム

[編集] ディスクマガジン

18禁ブランド・もものきはうすより発売。MSX2向けのアダルトゲームオンリーのディスクマガジン。

[編集] ビジネスソフト

  • POWER ACTY win95 コンパイル CD-ROM ※パーソナルパックと導入パックの2種類有
登録メンバーのスケジュール把握やメンバー同士のメールなど、ビジネスでの効率アップを目的とした、中小零細企業向けのグループウェア。実用一辺倒ではなく、ゲーム会社らしい「あそびごころ」も含まれていた。

[編集] 主な所属したクリエイター

  • 仁井谷正充(MOO仁井谷)
創業者。
営業・作曲・ボーカル。
  • 広野隆行(じぇみに広野)
企画・プログラマー。
  • 石丸忠 (WAO ISEE)
企画・プログラマー。
  • 藤島聡 (PAC)
企画・プログラマー。
  • JANUS寺本
グラフィック。
  • 宮本昌知 (MIYAMO)
サウンドコンポーザー。
  • 迫田 敏明
サウンドコンポーザー。
  • 塚本雅信 (MATS)
サウンドコンポーザー。
  • 吉中圭二
プログラマー。
  • 河野上和廣
営業企画。
イラスト、キャラクターデザイン。
  • 村長さわ
イラスト、キャラクターデザイン。
  • 渡辺孝行(ケロル)
企画・グラフィック・ディレクション。
  • 北野不凡
企画・ディレクション。

[編集] 退社後に著名な活動をしたクリエイター

バロックトレジャーハンターGなどを生み出す。現在は立命館大学映像学部教授。
TYPE-MOON代表。有限会社ノーツ代表取締役

[編集] その他

略称:CSA。
略称:AJPA(あじゃぱ)。
  • 元祖ぷよまん本舗
コンパイル関係(主に『ぷよぷよ』、『魔導物語』)のグッズの販売。通販も可能で「ももも通販」という通販情報掲載の小冊子を発行。
コンパイルに新卒で入社した社員は、研修の一環として一人前と認められるまで「丁稚」と大書きされた白色とピンク色の上下ジャージ(「丁稚ジャージ」と呼ばれた)の着用を義務付けられた。1994年度入社なら「九四式丁稚」と呼ばれた。和議申請以降は廃止され、使わなくなったジャージはファンへ販売された。
レトロゲームの保護・保存から発展したD4エンタープライズのサイトの1コーナー。コンパイルのゲームがPCで遊べる。

[編集] 歴代マスコットキャラクター

[編集] キャラクターグッズ、ノベルティなど

  • ぷよまん(「ぷよぷよ」のキャラクターを模したもみじ饅頭)

[編集] イベント

SS PS N64に分けて大会も開催
1995年から1997年にかけて全国各地と韓国ソウルで開催
  • シルバー大会
大会参加資格は60歳以上の男女のみで開催

[編集] コンパイルに関連性がある企業

コンパイルの所有する『ぷよぷよ』シリーズを除いたコンピューターゲーム関連の知的財産権・営業権を引き継いだ。COMクラブを発行していた。
アイキの所有する知的財産権・営業権を引き継いだ会社。
元グラフィッカーの武内が設立。
元社員の木村拓史により設立された会社。プログラム・企画・音楽・グラフィック担当者も元社員が中核。ぷよぷよフィーバーDS版も制作。
PCエンジン・メガドライブ用シューティングゲームの開発に携わったスタッフの一部が移籍。
アイディアファクトリー株式会社の100%子会社として2006年6月に設立。仁井谷監修のパズルゲーム『のーみそコネコネパズル たころん』等を開発。2006年12月5日に仁井谷との監修契約解除が発表された。

[編集] その他の会社の外部リンク

[編集] 参考文献

[編集] 関連項目

  • アクト・アゲインスト・エイズ - 参加企業。一部ゲームの起動時にロゴが表示され、説明書内にも広告が載せられていた。
  • 畑村洋太郎 - 著書の1つ『起業と倒産の失敗学』(文春文庫)では、「常識を無視した拡大戦略が裏目に」という章でコンパイルの失敗の原因について触れている。
  • そこぬけRPG - コンパイル元社員・佐藤両々による、ゲーム会社が舞台の4コマ漫画作品。劇中のゲーム会社や一部の登場人物が、明らかにコンパイルをモデルとして描かれている。

[編集] 外部リンク