村尾信尚

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
むらお のぶたか
村尾 信尚
生誕 1955年10月1日(56歳)
岐阜県高山市
出身校 一橋大学経済学部
職業 関西学院大学教授、ニュースキャスターコメンテーター
テンプレートを表示

村尾 信尚(むらお のぶたか、1955年10月1日 - )は、日本の財務官僚、ニュースキャスターコメンテーター関西学院大学学長直属教授。大蔵省主計局総務課課長補佐、三重県総務局長、大蔵省主計局主計官等を経て、2003年から現職。

目次

[編集] 略歴

岐阜県高山市出身。実父は郵政省技官を経て高山で製材業を営んでいた。岐阜県立斐太高等学校を経て、1978年一橋大学経済学部卒業。

大学卒業後、大蔵省入省。同期に真砂靖(財務省主計局長)、鈴木正規(環境省自然環境局長)、中尾武彦財務省国際局長)、中村明雄(財務省理財局長)らがいる。

総務部長(後に総務局長)として三重県に出向していた頃、職員によるカラ出張問題が発覚した。この問題への対処を通して、納税者の視点から行政改革を推進していかねばならないという結論に至り、NPO団体の立ち上げや三重県知事選挙に出馬するなどの活動を開始する。

大蔵省主計局総務課長補佐、主計局主計官等を経て、環境省総合環境政策局総務課長を最後に、2002年財務省を退官し、2003年第15回統一地方選挙期間に実施された三重県知事選挙に臨んだものの、県民の支持は広がらず惨敗した(4人中の3位で落選)。その後、関西学院大学教授(東京事務所)に就任し、テレビ等でコメンテーターを務めるかたわら、以前から主張し続けている『納税者の視点に立った行政改革の推進』と『武装護憲論』を提唱している。

2006年10月より、日本テレビ系列「NEWS ZERO」のメインキャスター(アンカーマン)を務めている。同番組では役作りのためメガネを外して出演している。

主な拠点は、関西学院大学東京丸の内キャンパス。

[編集] 職歴

外務省ニュー・ヨーク総領事館領事、大蔵省主計局総務課課長補佐、大蔵省大臣官房企画官、大蔵省主計局主計官(外務、通産、経済協力係担当)、大蔵省理財局資金第二課長、財務省理財局計画官、財務省理財局国債課長、環境省総合環境政策局総務課長等を歴任。

[編集] エピソード

村尾がイギリスからヨーロッパに旅行中に乗った1,000人乗りフェリーが、ドーバー海峡で貨物船と衝突し、貨物船が沈没する事故に遭遇した(貨物船の乗務員は全員救助された)。

そのエピソードを2007年7月22日放送の『行列のできる法律相談所』で、当時の写真を持ち込んで語った。その写真は、村尾と妻が救命胴衣を着てニコニコしているところを撮影したもので、写真を見た島田紳助から「ジェットコースターに乗り込もうとしているカップル」と揶揄された。なお、村尾の話ではすでに救助が決まっていることだから安心していたとのことであった。

2009年11月1日に放送された『驚きの嵐!世紀の実験 学者も予測不可能SP』にゲスト出演した際「塩の船で7kmの海を渡れるか?」という予想を聞かれ、30mももたないと大胆予想したが、結果、本当にわずか30mで沈没してしまった。また、この企画の中心だった櫻井翔とは毎週月曜『NEWS ZERO』で共演している。

[編集] 三重県知事選挙出馬・落選

  • 大蔵省のキャリア官僚であった1995年から3年間、三重県に総務部長として出向した。当時、三重県知事に就任したばかりの北川正恭知事の改革路線に、事務方の先頭に立って辣腕をふるったと言われている。その後、財務省に戻り、環境省総合政策局総務課長等を務めていたが、2002年に北川正恭知事が3期目の知事選への不出馬を表明すると、水面下で民主党関係者から出馬の打診があり、同年12月25日に退職し、三重県知事選挙への出馬を表明した。出馬の経緯から、北川の後継候補として民主党などからの推薦や支援等を得ながら選挙戦を展開するものと見られていたが、「既成政党からの推薦を一切受けない」と本人が表明したことで、既成政党からの不満が続出した。また、三重県総務部長在職中に行った急進改革路線に不満を抱いていた県職員労働組合や教職員組合が支援に難色を示し、連合三重等が当時松阪市長を務めていた野呂昭彦に出馬を打診した。当初は支援すると見られていた三重県選出の岡田克也中川正春等の国会議員等もこれらの動きから支援を断念し、北川正恭も表面だっての支援を行わなかった。
  • 選挙戦では一部の三重県議等からの支援はあったものの、既存の政治団体等からの大きな支援はなく、ボランティアを中心に選挙戦を展開した。従来から親交のあった財部誠一榊原英資神津カンナ福岡政行堂本暁子浅野史郎松島みどり等が応援に入り、独自の選挙戦を展開した。
  • 結果として、当選した野呂昭彦に大敗を喫している。なお、過去に『行列の出来る法律相談所』に最初に出演した際(ZERO選挙2007)の際、紳助に「敗北が近くなるとどんどん報道の取材が減るんですよね」と言っている。

[編集] 選挙結果

三重県知事選挙(2003年)
当落 得票数 候補者 党派 略歴
473,246 野呂昭彦 無所属(民主党・自由党・社民党推薦) 松阪市長、元衆議院議員
  173,433 水谷俊郎 無所属 三重県議会議員
  171,200 村尾信尚 無所属
  48,616 鈴木茂 無所属(共産党推薦)

[編集] 武装護憲論

日本国憲法を昔と変わらぬまま解釈し続ける現在の日本人の行為は、ビジネス面で対中国政策に有利であるという理論。憲法を改正すれば、中国はそれを機に一気に、ビジネス面での日本離れを加速させ、『アジアの経済大国』の座を中国に明け渡す可能性がある、と憲法改正を危惧する内容となっている。

[編集] メディア

[編集] キャスター

[編集] コメンテーター

以上は、『NEWS ZERO』がスタートするまで出演した。

[編集] ゲスト出演

[編集] 著書

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス