高橋名人
| 高橋 利幸 たかはし としゆき |
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| 生誕 | 1959年5月23日(53歳) |
| 職業 | 会社員 (MAGES.社員、ゲーム名人、ゲームプレゼンテーター) |
高橋名人(たかはしめいじん、本名:高橋 利幸(たかはし としゆき)、1959年5月23日 - )は、日本国内で一世を風靡したファミコン名人の先駆けとして1985年 - 1990年頃にかけて活躍。2011年5月31日までハドソン(現:コナミデジタルエンタテインメント)の社員であったが[1]、2011年6月1日付けでゲッチャ・コミュニケーションズに入社し[2]、2012年10月1日よりMAGES.に入社。「名人」としての役職で様々な活動を行っている。所属事務所はBe.Brave Group、アミュレート。
北海道札幌市西区出身。なお、「高橋名人」はハドソンが商標登録(第4994766号)している[3]が、新しい勤め先であるゲッチャ・コミュニケーションズとも既に交渉済みで、ハドソン退社後も役職として名人を使用する事になっている。身長163cm、体重68kg。 2011年12月9日夜、自身がMCとして出演するニコニコ生放送の番組『ゲッチャ』で、同日入籍したことを発表した。
目次 |
人物 [編集]
ハドソン入社 [編集]
札幌市西区に生まれ(同区内の札幌市立琴似小学校に通学していた事は漫画等でよく知られている)、東海大学付属第四高等学校卒業後に北海道自動車短期大学に進学する。アルバイトで始めたスーパーマーケット「札幌フードセンター」での勤務に熱中して入学から3ヶ月で短大を退学、そのままフードセンター社に入社する。商品在庫の管理関係からパソコンが職場に導入されることになり、これを切っ掛けにコンピューター業界に興味を持ったという。
1982年、地元札幌に本社を置くゲームソフト開発の有限会社(当時)であるハドソンの存在を知って転職を決意、平岸に設置されていたハドソン本社営業部に配属された。ゲームソフトの宣伝・営業に取り組む一方、バグチェックや修正など開発部にも駆り出されるなど当時は零細企業であったハドソン社で様々な仕事に取り組んだ。そんな中でゲームソフト宣伝の一環として「ゲームの名人」という役柄を演じなければならない時があった。
1985年、東京・銀座の百貨店での販促イベントで唯一の営業要員として派遣されていたことから、会社から強引にステージに立たされた(本人曰く「何かやれ」とだけ言われたとのこと)。このイベントが大成功に終わった事で以降、ハドソンは同様の販促イベントで高橋を司会役に送るようになり、それが結果的に「高橋名人」という会社の広告キャラクターを生み出す流れを生んだ。
名人時代 [編集]
名人については工藤裕司社長曰く「ハドソンの広告塔として」「名人ってというのは、ほら、将棋の名人みたいなやつだから」「一番スター的な顔の高橋君にやってもらう」とのことだったが、高橋自身は初めてステージに出てくるまでは「そんなの出来ないっすよ」と泣いていたという。
特技としてゲーム機のコントローラのボタンを1秒間に16回押すという16連打があり、日本で初めて『チャンピオンシップロードランナー』を全面クリアした実績を持つ。当時のファミリーコンピュータに夢中になっていた子供たちからの人気は高く、1986年にはライバルである毛利名人との対決を描いた映画『GAME KING 高橋名人VS毛利名人 激突!大決戦』に主演。「月刊コロコロコミック」には『高橋名人物語』という漫画(河合一慶作)も連載された。主人公キャラとなった『高橋名人の冒険島』というゲームも発売された(ゲームキャラクターとしての高橋名人を参照)。
歌が上手いことで知られ、1986年に「Runner」で歌手デビューも果たしている。2002年以降、高橋名人が出演するライブイベント「高橋名人のBugってナイト」が何度か開催されている。また、2005年10月14日にはNHK『ポップジャム』に「project430 meets 高橋名人」として出演した。
ほか、1986年11月1日にはTBSのクイズ番組『クイズダービー』にも5枠でゲスト出演した。
高橋名人物語 [編集]
河合一慶による、高橋名人の半生を描いた漫画。「月刊コロコロコミック」に連載された。彼の家族・兄弟や、母校である札幌市の母校の小学校での伝説や、少年時代の高橋の武勇伝などがギャグを交えて描かれている。
- オシッコにはウンコだ!という発想から、 自らの大便をセミに投げ捕獲する方法「サッポロ取り」を確立。
- 名人がタイムスリップして戦国時代にワープ、服部半蔵に忍術や「サッポロ取り」を教えた。
- 小学校時代の校長が『水戸黄門』のごとく印籠ならぬ手帳を手に「わしが校長であーる!!」とやっている。
- 高橋の通っていた小学校で起きた「UFO事件」(その後、高橋らの卒業の年に学校に記念として鳥小屋を贈った)。
- 中学校時代では陸上部に入部したものの、砲丸投で力が入りすぎて校舎に命中してしまい、校舎が全壊、野外授業になった。
- 不死鳥の血をめぐって悪党と対決する。
- にらめっこの時、目と鼻を口に吸い込む「顔面ケツの穴」を披露した。
- 幽霊を北海道から追い出し、その後、幽霊たちは恐山に住むようになった。
- 生まれて来る時、へその緒で首が絞まって呼吸困難に陥ったが、自力で引きちぎって産声を上げた。
- トカゲソ(トカゲのしっぽ)を食べると筋肉隆々になり一時的にパワーアップする。
- ゴキブリと意思疎通ができ、幻の料理「ブリバーグ」を伝授される。ブリバーグとはクマの糞、ウシのヨダレ、毛ガニのワキ毛、ウサギの耳垢といった汚物をこねくり合わせて焼いたものである。
本作品はあくまで高橋名人をモデルにして面白おかしく話を膨らませたフィクションであるが、本気にした子供も多かった。特に「サッポロ取り」は後の著書1986年8月10日発行の『ファミコン戦士に告ぐ 名人はキミだ! オレの秘技をまるごと初公開』(祥伝社)の99ページにて「オレの名誉のために、ここで訂正しておく」と、フィクションであることを記している。へその緒を自ら引きちぎったのはフィクションだが、首に巻きついていたのは実話である。
なお、同時期に同誌に連載された『熱血!ファミコン少年団』ではこのマンガとは対照的に至って真面目なキャラクターとして描かれている。
16連打 [編集]
16連打とは、毎秒16回の速さでボタンなどを押すこと。高橋名人の特技として、1980年代半ばにファミコン少年の間で話題となった。
ハドソンが連射速度測定玩具『シュウォッチ』を発売したり、同社のゲーム『迷宮組曲』に連射速度測定機能が搭載されるなど、一種の連打ブームが起こった。夏休みのイベントとして行われたシューティングキャラバンでは、『スターソルジャー』を基に連打回数の測定のみを目的としたソフトも登場した(ただし展示のみであり、市販はされていない)。
高橋名人が登場する映画『GAME KING 高橋名人VS毛利名人 激突!大決戦』では、16連打でスイカを割るシーンが登場するが、製作側が試行錯誤をこらしてやったトリック(『16SHOT RADIO』での名人本人の言葉)であるとのこと。
本人によると現在は体力の衰えもあり、13連打が限度とのことである。また、全盛期でも短い時間だけ16連打ができただけであり、プレイ中常に16連打を継続していたわけではない。なお、全盛期には『シュウォッチ』でスコア174(17.4連打/秒)の記録を出したことがある[4]。当初から瞬間速度では16連打以上も可能だったが、語呂の良さや仕事柄16進数に親しみがあったなどの理由から16連打ということにした、と後に語っている。
2005年12月8日にテレビ朝日の深夜番組『やぐちひとり』に出演した際に、連打の速度を計ってみたところ12連打/秒であった。その後「あぁ…全然駄目だ恥ずかしい」との発言を残している。のちの2006年8月にPodcastによるインターネットラジオ内で行った10秒間の連打数計測では、1回目が127回、2回目は125回(12.5 - 12.7連打/秒)の記録であった。また、2008年3月28日にWiiウェアで配信された『スターソルジャーR』の記念イベントで連打に挑戦し、12.3連打/秒を記録している。2011年7月4日にニコニコ生放送内でシュウォッチで計測した際には121回(12.1連打/秒)であった。
なお、現在メディアに露出する際に「16連射」と紹介されるが、これは現在は「連射」と言う呼び名が一般的なためだと推測される。
「ゲームは1日1時間」 [編集]
ファミコンブームの1985年 - 1987年頃、「勉強でも何でもやりすぎは良くない、ゲームにだけ夢中にならず、いろいろなことを経験しよう」という意味を込めて高橋名人が放っていたメッセージ。このメッセージが最初に放たれたのは1985年7月26日、福岡のダイエー香椎店にて行われたゲーム大会「ゲームキャラバン」で、高橋名人がアドリブで放った言葉である。
その直後、「ゲーム会社の人間がゲームをするなとは何事か」とハドソンで役員会が開かれるほどの物議を醸したが、下記のように会社の標語として推進していくことで解決している[5]。
それ以後、ハドソン製ゲームソフトのマニュアルや、「コロコロコミック」などでもこのメッセージが掲載されていたが、ロールプレイングゲームなどプレイ時間が長時間になるゲームが流行してきたこともあり、次第に使われなくなった。
なお、メッセージはテレビゲーム文化がすぐに飽きられ一時的な流行で終わってしまうこと(当時のゲーム機の記憶容量の関係上、1日に何時間も遊ばれるとすぐに終わってしまうゲームが多かったため)への危惧から出たものだったことを、ハドソンデジタルエクスプレスのインタビューで明かしている。[6]。 また、近年、名人主催のトークイベントにおいて「子供って長時間ゲームやるべ?そうすると親が怒って次のゲームを買って貰えなくなるべ?だけど1時間とか時間を決めてプレイすれば親も怒らないっしょ?(笑)」と、ゲームメーカー側としての戦略でもあったかのようなことを話す姿が見受けられる。
他に以下のようなメッセージを発表している。
- 「外で遊ぼう元気良く」
- 「僕らの仕事はもちろん勉強」
- 「成績上がればゲームも楽しい」
- 「僕らは未来の社会人!」
これらはあくまで子供向けの標語であり、自己管理の出来る大人に関しては何時間ゲームしていても自己責任であるという見解である。
高橋名人逮捕説 [編集]
高橋名人の人気絶頂期であった1986年から1987年頃、子供達を中心に「高橋名人が警察に逮捕された」といった類の噂(都市伝説)が流れた[要出典]。ゲームのコントローラーのボタンにバネを仕込んで連射速度をごまかし、公の場で嘘をついたのが罪状だ、と当時の子供たちの間でささやかれた。
当時高橋名人に警視庁からの牛込警察署の一日署長の依頼があった(一日署長自体はスケジュールの都合で実現しなかったと、後にmixiの日記などで語っている)。それが子供達を中心に誤った内容で伝聞され(「一日署長をするために警察に行く」→「警察に呼ばれた」→「捕まった」)、「高橋名人逮捕」という情報になり、日本の広範囲に広まったといわれている。他にも「バネを仕込んだコントローラは1回押すと4回押したことになる」などの細かいディテールや、「捕まった理由は脱税」、「非合法なクスリで手首を痙攣させていたのが逮捕の理由」、「そのクスリのせいで死んだ」などのバリエーションもあったといわれる。「月刊コロコロコミック」連載の『熱血!ファミコン少年団』(さいとうはるお)では、この伝説をモチーフとした話も描かれた。
この噂が流れた当時、ハドソン本社・営業所に業務に支障が出るほど問い合わせの電話が殺到し、「変な噂のせいで仕事にならない」と副社長に怒られたという[7]。なお、この噂は21日で日本中に広まったとラジオにて語っている他、巡り巡って名人本人の耳に入った時「そりゃいいやと思って実際にコントローラのボタンにバネを仕込んでみたが、バネの厚みでボタンが押せなくなった」と後に述懐している。
ファミコンブーム後 [編集]
1987年、ハドソンはファミコンのライバルマシンとしてPCエンジンをNECホームエレクトロニクスと共同開発し発売。これに伴いハドソン社はPCエンジン広報に注力することになり、営業部に所属する高橋もファミコンブームの顔であった名人としてメディアに露出ができなくなった。その為、これを契機にして本来の宣伝・営業業務に専念する事になったが、これが死亡説などの都市伝説を生む結果となった。だが実際には順調に古くから会社に貢献してきたベテラン社員として後進の指導などにあたり、1998年から2000年にかけてハドソンの子会社「未来蜂歌留多商会」へ営業部部長として出向、トレーディングカードの制作販売を監督する。2000年、ハドソン大阪支社を経て、ハドソンがコナミの子会社になって自社流通事業から撤退したのを機に東京支社へと戻る。2007年8月時点でコンシューマコンテンツ事業本部宣伝部部長という重職を務めるなど、営業畑を歩む。
ところがファミコン生誕20周年などでレトロゲームが注目されるようになった2003年ごろから、『ゲームセンターCX』へのゲスト出演など高橋名人としてメディアで再び取りざたされるようになった。なお、その際後述の髪型変化を見たパーソナリティの有野晋哉(よゐこ)は「名人だったのが仙人みたいになっている」とコメントしている。これを受けて2006年11月1日付けの人事発令により、社内での正式な役職名が「名人」となった[8]。とはいえ社内での名人は部長職と同待遇で業務も従来通りの業務であるので、宣伝部の長という基本的な立場に変わりはない。東京ゲームショウのハドソンブースにプレゼンターとして毎年出演し、ゲーム関係の雑誌などには頻繁にメッセージやコラム、インタビューが掲載されている。
その他ファンとの交流として、mixi(SNS)の活動が挙げられ、
- 日記を登録者以外が読めるように別の場所にもアップロードしている。
- マイミクシィ(相互リンクのようなもの)が1,000人しか設定出来ないので、順番待ち専用のコミュニティ(BBS)を設定している(2008年9月、mixi公認となり1000人以上も可能となった[9])。
- 仕事で地方に行く時は場所と日時を公表し、ファンと直接会える時間を作っている。
など、現在も当時のファンへの対応を非常に大事にしている。
風貌については全盛期の髪型から総髪を後ろで束ねた髪型を経て、現在はスキンヘッドの姿となっている。本人の日記によると趣味であるツーリング時にスキンヘッドの方が便利だからとの記述がある。
街頭インタビュー [編集]
2006年9月6日朝、銀座数寄屋橋付近(出勤のため、有楽町駅から築地のハドソンへ向かう途中であった)の街頭で、秋篠宮妃紀子の出産についてテレビ東京から街頭インタビューを受け、11時6分頃、その模様が同局の番組『NEWS MARKET 11』内で放映された。これは「喜びに沸く街の声」としての扱いであり、全くの偶然の出来事であった。かつてテレビ東京に多く出演していたのにもかかわらず、テレビ東京のスタッフは全く気づいていなかった様子である。また同日の『速ホゥ!』でもこの映像は使用された。
放映前の時点で、既に本人のブログにインタビューを受けたことが書かれており、「そっくりさん」ではなかったことが初めから証明されていたため、このインタビューの放映直後から、2ちゃんねるやブログなどのインターネットコミュニティ上では爆発的な話題となった。また、放送されていたインタビュー画面を取り込んだ画像や動画が第三者により公開され、そこから飛び火してハドソン本社に問い合わせや「インタビューを受けたことに関しての取材」の申し込みが殺到したり、「東京スポーツ」の記事として取り上げられたりするほどであった。
なお、この日は大阪で商談があったため、私服である普段とは違い、偶然にもスーツ姿で出勤していた。
ハドソン退社 [編集]
2011年5月23日、会社ホームページ内のブログでハドソンを5月31日付けで退社する事を発表し、6月1日にゲッチャ・コミュニケーションズに入社した。ハドソン退社の理由として、ハドソンのラインナップからコンシューマーゲームが消えたことを挙げているほか、個人ブログでは自らを「リストラ組」と称している。今後はすでにレギュラーを勤めているゲッチャの番組に出演する予定で、ハドソンとの交渉により「高橋名人」の名も引き続き使用できることになった[10][11]。
ゲッチャ・コミュニケーションズの買収に伴い、2012年10月に株式会社MAGES.に移籍。
エピソード [編集]
- 『ズームイン!!朝!』の放送中、日本テレビのマイスタジオにいつも並んでいたという。
- ハドソンが元々札幌にあり歓楽街であるススキノも近かったことから、夜の街へ繰り出すのも好きだったが、人気絶頂の名人時代は変な風評が立たないようにと禁止されており辛かったという。
- また、全く面識のないアイドルが「高橋名人にファミコンを教えてもらいました」と発言しているのを聞いて仰天したこともあるという。
- 『夕やけニャンニャン』のゲーム紹介コーナーに出演した際にそのコーナーが終了してもまだゲームを続けていたため、 シブがき隊の薬丸裕英に「うるせーよ!!バーカ!!」と言われていた。
- これ以後、テレビ・ラジオ等で薬丸は高橋名人のことを「あのバーカ」などと発言していた。
- 好物は激辛料理。普通の人では食べられないほどの激辛カレーも平気で食べることができる。
- 実弟は北海道警察の警察官である。
- 猫が大好き。しかし居住するマンションはペット禁止のため、飼えずにいる。
- オーディオが趣味。オートバイのツーリングも趣味の一つであるが、一時期会社から乗らない様に言われていたことがあったと、ミスターバイク誌のインタビューで答えている。
- 現在の愛車はホンダゴールドウイング1800。
- かつては、オーディオを装着した逆輸入車のパンヨーロピアンに乗っていたが、ゴールドウィングには純正のオーディオが付いているため乗り換えた。
- 『高橋名人の冒険島シリーズ』でも出てくるくらいなすは苦手。
- 正確にはなすの食感やこすれあう時の音が苦手なだけであって、食べられないわけではない(むしろ好きな食材のひとつ)。ゲーム中でキャラがなすをとるとダメージを受ける場面が出てくるが、当時ゲームをしている子供の親から「子供がナスを食べなくなった」と苦情が来たことがある。
- ちなみに同ゲームで取るとバイタリティが大回復する「ミルク」については、お腹を壊すため実際には飲むことができない(ラクターゼがない体質だと思われる)。
- ファミコン時代のみならず、今でも数多く存在する「裏技」というものを高橋名人が命名したという話が8月19日のニコニコ動画の「ゲームのじかん」内においてされた。ファミコン最盛期は数多くのファミコンソフトが開発、発売されたが、不具合やバグが多かった。しかし、中にはその不具合がゲームの進行の意外な手助けになる事があり、必ずしもマイナス効果のみではなかった。その後、ニコニコ動画「ゲッチャ」内で「ロードランナーのバグについてコロコロコミックに相談したところ、表の技ではなく裏の技という事で紹介してみては」という提案に乗ったのが真相で自分が言い出したのではないと本人が語っている[12]。
- いわゆる弾幕系シューティングに対して否定的である(「避けゲー」、「シューティングゲームとはジャンルをわけてほしい」等)
- 右手の握力が80キロ以上あり、リンゴを片手で握りつぶす事ができる[15]。
音楽作品 [編集]
シングル(メジャー) [編集]
- RUNNER B面:FIGHTER
- 1986年4月18日に発売されたデビュー曲。アニメ映画『RUNNING BOY-スターソルジャーの秘密-』主題歌と挿入歌。
- スターソルジャーのテーマ B面:青春惑星
- 1986年7月発売。『RUNNING BOY-スターソルジャーの秘密-』挿入歌とエンディング。
- ホの字のゲーム B面:高橋名人のシンクロナイズド冒険島
- Fun Houseに移籍。それに伴いアーティスト表記を「高橋名人」から「高橋利幸(高橋名人)」に変更。
- 1986年9月発売。『高橋名人の冒険島』主題歌。
- 愛はメリーゴーランド B面:Bugってハニー
- 1986年11月発売。アニメ『Bugってハニー』の初代エンディングとオープニング。
- A面は「高橋利幸&はるな友香」名義。A面・B面共に小林亜星作曲。
- 友だちよ B面:青春惑星
- 1987年発売。映画『はっちゃき先生の東京ゲーム』主題歌。
- グレートキャラバン'87
- 1987年9月5日発売。ゲーム『ヘクター'87』のキャンペーンソング。
- B面は荘真由美歌唱の「私と踊ってくれませんか」(アニメ『Bugってハニー』の2代目エンディング)。
- お魚のうた はいだしょうこ&高橋名人
- 2008年4月22日発売。ゲーム『めざせ!!釣りマスターDS』のオープニングソング。
- A面はコーラス担当で、B面の「高橋名人のお魚のうた」でメインを担当。
アルバム [編集]
- RUNNING BOY スターソルジャーの秘密
- 1986年7月発売。
- Bugってハニー
- 1986年12月発売。
- 高橋名人ソングコレクション〜16連射 20TH ANNIVERSARY〜
- 初のベストアルバム。2005年10月5日発売。
- 高橋名人伝説 -魂の16連射-
- ハドソンのインディーズレーベルBeat Shake Recordsからリリースされた。
- 2010年1月27日発売。
他アーティストとのコラボ [編集]
- ハートに16連射
- 高橋名人としては13年ぶりに発表された新曲。2001年発表。「宇宙ヤングwith高橋名人」名義。
- ファミってオールナイト!〜黄金の指伝説〜
- 2003年発表。ファミコン生誕20周年記念公式ソング。「宇宙ヤングwith高橋名人」名義。
- ロッケンロール・ランデブー featuring 高橋名人
- 2005年発売のYMCKのセカンドアルバム『ファミリーレーシング』収録曲へのゲスト参加
出演 [編集]
テレビ番組 [編集]
レギュラー出演 [編集]
- おはようスタジオ(テレビ東京、1985年 - 1986年ごろ)
- サニーサイド7(日本テレビ、1986年)
- 高橋名人の面白ランド(テレビ東京、1986年10月7日~1987年9月29日)
- DOKI DOKI DO!(日本テレビ、1987年)
- 冒険!テレビ遊び塾(テレビ東京、1988年4月5日~9月27日)
- さきどり!PC遊び塾(テレビ東京、1988年10月4日~1989年3月21日)
ゲスト出演 [編集]
- クイズダービー(TBS、1986年)
- 文珍なぞなぞランド(ABC、1986年)
- ニュースステーション(テレビ朝日、2003年)誕生20年で生産中止に さらばファミコン
- ゲームセンター「CX」(フジテレビ721、2004年)
- ゲームセンター「CX」ボーナスステージ1(フジテレビ2004年12月25日)
- ゲームセンターCXレジェンド(フジテレビ721、2005年)
- ポップジャム(NHK総合、2005年)
- やぐちひとり(テレビ朝日、2005年)
- 日めくりタイムトラベル昭和62年編(NHK-BS 2007年)
- カルチャーSHOwQ〜21世紀テレビ検定〜 (テレビ神奈川他、2007年4月2日)
- 宇宙一せまい授業!(あっ!とおどろく放送局 2007年10月14日)
- ブギウギ専務(札幌テレビ 2008年2月)[16]
- アグレッシブですけど、何か?(広島ホームテレビ他 2008年5月31日)[17]
- 大胆MAP(テレビ朝日 2009年1月11日)-タカアンドトシのトシと連射対決を行った。十秒間の対決の結果、トシが103連射、高橋名人が121連射で勝利した。しかし伝説の「16連射」には及ばなかった。
- ゲーム☆バンザイ(MONDO21)
- 夜遊び三姉妹「犯人はヤス」(日本テレビ、2010年7月31日)
写真のみ出演他 [編集]
- 速ホゥ!(テレビ東京、2006年9月6日)-前述したように、テレビ東京の取材スタッフに一般人と間違えられる。
- ラジかるッ(日本テレビ、2006年9月7日)-上記のテレビ東京の映像写真を、翌日になって「高橋名人が一般人としてインタビューされた」というニュースとして放送。
- やりすぎコージー(テレビ東京、2007年10月20日(21日))-Wiiソフトの『めざせ釣りマスター』の告知でケンドーコバヤシが「高橋名人は宇宙人である」という都市伝説を言っていた際、本人の写真を使う。
映画 [編集]
- GAME KING 高橋名人VS毛利名人 激突!大決戦
- 毛利名人と対決。「東京国際ファンタスティック映画祭2003」でも上映。高橋名人の舞台挨拶、トークショーも開催された。会場は「万雷の拍手」であったと言われている。
- はっちゃき先生の東京ゲーム
- 内容は北海道、ニセコの分校を舞台にした心温まるストーリーである。ヒロイン役には、公開時にデビューして間もない頃の鈴木保奈美が出演していた。このことは、当時彼女がまだ無名の女優であった為に一般にはあまり知られていない。
- ピョコタン・プロファイル
- 元ハドソンで部下だった梶野竜太郎初長編デビュー作。もんじゃ屋の客役で登場
テレビドラマ [編集]
テレビアニメ [編集]
CM [編集]
- ハドソン-スターソルジャー、高橋名人の冒険島、遊々人生、シュウォッチなど、本人が所属する自社のCM
- 明治製菓-同社から発売されていたチョコスナック「ハイスコア」のCM。高橋名人が1秒間に16個食べて16連射を披露した。スナックには高橋名人の似顔絵マークがプリントされていた。
- 月星シューズ-同社から発売されていた子供用シューズのCM。高橋名人の顔がポイントとして印刷されていた。
- シャープ-ツインファミコン-他社のCMだったが高橋本人が出演し、ゲーム画面もハドソンの迷宮組曲が使用されていた。
- NECホームエレクトロニクス-PCエンジン
動画 [編集]
- 高橋名人のケータイゲッチャ!(ニコニコ動画、2011年4月20日~)
書籍 [編集]
- ファミコン戦士に告ぐ 名人はキミだ! オレの秘技をまるごと初公開(祥伝社)ISBN 4-396-62002-0
- 宇宙一せまい授業!(北本かつらと共著)(東邦出版)ISBN 978-4-8094-0694-2
ゲームキャラクターとしての高橋名人 [編集]
ゲーム『高橋名人の冒険島』シリーズでは、彼をモデルにした同名の原人姿のキャラクターが登場する。果物で体力回復し、ミルクで体力全回復する。しかし、本人も果物は好きであるが、ミルクはお腹を壊してしまうため飲めないそうである。ちなみに、パワーダウンアイテムに設定されているナスは平気で食べられるとのこと(「こすり合わせたときの音が嫌い」と言われる)。この原人姿の高橋名人が、テレビアニメ『Bugってハニー』登場の高橋原人のモデルにもなった。後に、『サターンボンバーマン』や『ドリームミックスTV ワールドファイターズ』(声は高橋本人である)など、ハドソンの他のゲームへも登場した(一方、同社の看板商品である桃太郎電鉄シリーズ各種には1度も出演していない)。なお、『デゼニワールド』の主人公・デゼニマンは高橋名人ではなく、実は別の人がモデルになっていると高橋名人自身が語っている。
なお、『高橋名人の冒険島』はもともと別キャラクターが主人公となる予定だった(もともとはセガのアーケードゲーム『ワンダーボーイ』をそのまま移植していた)が、ハドソン副社長の「名人を主人公にしたほうが面白い」という一言で開発中のゲームの主人公キャラクターを高橋名人にすりかえられることになったため、本人の特徴とは必ずしも一致しない設定となった。アメリカでは、キャラクターの高橋名人(原人)は「Master Higgins」(マスター・ヒギンズ)という名前に変更されている。
関係する人物 [編集]
- はるな友香 - 1986年に行われた「高橋名人の妹コンテスト」でグランプリに輝き、芸能界デビュー。高橋とともにレコーディングやテレビ番組出演、イベント出演を精力的にこなした。現在、うちやえゆか名義で歌手として活動中。
- 川田名人 - 1986年『高橋塾』の第1期生から誕生した名人。『第2回TDK全国キャラバンファミコン大会』と、『第3回TDK全国ツインファミコン大会 ザ・グレートキャラバン』では南キャラバンを担当した。同時期に放映されていたテレビアニメ『Bugってハニー』では、「カワダチュー」というキャラクターのモデルにもなっている。後に『スーパースターソルジャー』など、ハドソン製のゲームの企画・製作・監修なども務めるようになった。
- 桜田名人 - 川田名人と同じく1986年『高橋塾』の第1期生から合格、新たに誕生したファミコン名人。『第2回TDK全国キャラバンファミコン大会』では北キャラバンを担当。尚、桜田と川田の両名は高橋名人の弟子という設定であった。
- 島田名人 - 1987年に開催の『第3回TDK全国ツインファミコン大会 ザ・グレートキャラバン』にて、新名人として桜田名人に代わり北キャラバンを担当した。
- 毛利名人 - 高橋名人と同時期に活躍、『TDK全国キャラバンファミコン大会』では北キャラバンを担当した。ライバルとして映画『GAME KING』でも対決した。
- 橋本名人 - 高橋名人と同時期に活躍。赤い縁のメガネが特徴的。現在はスクウェア・エニックスHD専務執行役員。
- 井上明子 - テレビ『高橋名人の面白ランド』でパートナーを務めた。
- 田中秀幸 - アニメ映画『RUNNING BOY』(「GAME KING〜」と同時上映)で高橋名人の声を務めた声優。
- 水島裕 - テレビアニメ『Bugってハニー』で、高橋名人をモデルにした「高橋原人」というキャラの声を務めた声優。
- 悠仁親王 - 誕生したときにテレビ東京より街頭インタビューを受けた。ネット上で話題になり東京スポーツでも記事になる。
- 遠藤雅伸 - 同い年ということもあって親交が深い。
- 有野晋哉(よゐこ) - 有野が出演するTV番組『ゲームセンターCX』の第1シーズンの第5回にて、高橋名人よりスターフォースのラリオス攻略法を直伝された。
- 志倉千代丸 - 株式会社MAGES.の代表取締役社長であり、高橋名人の上司に当たる。
関連項目 [編集]
脚注 [編集]
- ^ “高橋名人、ハドソンを退社”. ITmedia (2011年5月23日). 2011年5月23日閲覧。
- ^ プレスリリース ー ゲッチャ・コミュニケーションズ株式会社-高橋名人(高橋利幸)の入社についてのお知らせ
- ^ “商標出願・登録情報検索(詳細画面)”. 独立行政法人 工業所有権情報・研修館. 2011年5月23日閲覧。
- ^ 2007年8月19日、サッポロファクトリーアトリウムにおけるハドソン札幌キャラバン1日目に本人の口より
- ^ 16連射、ゲームは1日1時間の裏側——高橋利幸氏、ファミコンブームを振り返る(後編)
- ^ 当時のゲームの難易度が全体的に高めだった事も同様の理由で、「ゲームセンターのゲームをファミコン等に移植しようとしても容量が足りない為に内容が一部少なくなり、その少ない内容で長く遊んでもらう為に高難易度化していたのではないか?」また、「このぐらい難しくしないと簡単にクリアされてしまうのではないかという脅迫概念みたいなのがあったかもしれない(当時はゲームという文化がまだまだ出たばかりだったので、開発陣もどの程度の難易度が適当なのかわからず不安だったのではないか)」と2011年3月1日のmixiの日記で語っている。
- ^ 2013年1月18日(17日深夜)放送分の夜遊び三姉妹にて、本人が発言。
- ^ “ハドソンの高橋名人、役職も正式に“名人”に就任”. ITmedia. (2006年11月6日) 2011年5月23日閲覧。 - 名刺の画像が見られる。
- ^ “公認”. 高橋名人公式ブログ 16連射のつぶやき (2008年9月2日). 2011年5月23日閲覧。
- ^ “高橋名人はいつまでも“名人”です――転職してみてどうですか?”. ITmedia (2011年6月1日). 2011年6月9日閲覧。
- ^ 高橋名人 (2012年1月18日). “高橋名人オフィシャルブログ「16連射のつぶやき」”. 26日は、うちやえゆかさんがゲストです. 2012年1月21日閲覧。
- ^ ニコニコ動画「ゲッチャ」2010年12月22日放送分、11分頃から
- ^ 「16連射、ゲームは1日1時間の裏側――高橋利幸氏、ファミコンブームを振り返る(後編)」
- ^ 「Shooting Game Side Vol.01」内インタビュー
- ^ 2011年8月18日ニコニコ生放送内にて本人談
- ^ 番組のマスコットキャラクター「わくちん」(の着ぐるみ、中の人はアナウンサー横井健一)とWiiで対決し、名人は2連敗してしまった。その後、札幌のスタジオに登場しFC「忍者ハットリくん」の裏技を披露した。
- ^ 「アグレッシブであいましょう」という憧れの人と対面する企画で小坊師秀暁(あかぼし☆こぼし)が会いに行った。
- ^ “STAFF&CAST”. BTOOOM!公式サイト. 2012年10月20日18:16閲覧。
外部リンク [編集]
- 高橋名人オフィシャルサイト「16SHOT」
- 高橋名人オフィシャルブログ「16連射のつぶやき」Powered by Ameba
- Be.Brave Groupによるプロフィール
- アミュレートによるプロフィール
- テレビゲームとともに〜高橋名人の25年〜
- 映画「ファミ通 東京国際ファンタスティック映画祭2003」
- 名人が語るレトロゲーム秘話「高橋名人世代」
- ドッキドキ!TVゲーム大逆転(月1回レギュラー出演)
- 高橋名人 (meijin_16shot) - Twitter
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