バーレーングランプリ
バーレーングランプリ(バーレーンGP, Bahrain Grand Prix)は2004年のF1世界選手権からバーレーン王国南部のサクヒールにあるバーレーンインターナショナルサーキットで行われているF1世界選手権のレースの1つ。
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歴史 [編集]
当初は、シーズン終盤の時期に開催される予定だったが、イスラム教の断食月ラマダーンと重なることからこれを避けるため、シーズン序盤開催となった。そのため、2003年まで3月後半から4月初めに開催されることの多かったブラジルGPはシーズン終盤開催に変更となった。またイスラム教では飲酒が禁じられているため、表彰式の後のシャンパンファイトではシャンパンではなく、ノンアルコールのローズウォーターが用いられた。
2006年は、過去10年連続で開幕戦として開催されてきたオーストラリアGPが、コモンウェルスゲームズ(英連邦大会)開催の関係で4月に移動したことから、バーレーンGPが開幕戦となった。
2010年からはコースレイアウト変更により、1周の長さが従来の5,411mから6,299mに延長され、現行のF1が開催されるサーキットの中ではスパ・フランコルシャンに次ぎ2番目に長いサーキットとなった[1]。しかしこのレイアウトはこの年限りで翌2011年からは元のレイアウトに戻されることになった[2]。また、同年より再びバーレーンが開幕戦となった。
2011年も開幕戦として3月11~13日に予定されていたが、同国の反政府デモによる混乱(2011年バーレーン騒乱)のため安全が確保できないと判断され中止となった[3](後に10月30日への延期が発表されたが、開催決定に大きな批判が集まり、FOTAはFIAに対して正式に反対の意思を表明、6月9日に開催を断念する旨の声明を発表した)。
批判 [編集]
以前から、バーレーンでは「F1開催はシェイク・サルマン・ビン・ハマド・アール・ハリーファ皇太子の個人的趣味」「(バーレーン王家の)ハリーファ家の権力を誇示する手段に過ぎない」として、バーレーン国民の多数を占めるイスラム教シーア派の一部からは「F1開催そのものを行うべきではない」との批判があった。2011年の騒動においても、F1開催中止問題が浮上した途端にサルマン皇太子が民衆への対話を呼びかけ始めたことから、民衆側からは「皇太子にとっては国民が血を流している惨事より、F1の方が大事なのだろう」「国民の要求よりも自身の夢のほうが大切だなんて、本当に悲しくなってくる」などとして、F1開催の方法を模索するバーレーン政府サイドの動きに対する不満が続出している[4]。
過去のレース結果 [編集]
| 年 | 決勝日 | ラウンド | サーキット | 勝者 | 所属チーム | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2004 | 4月4日 | 3 | バーレーン・インターナショナル | ミハエル・シューマッハ | フェラーリ | 詳細 |
| 2005 | 4月3日 | 3 | バーレーン・インターナショナル | フェルナンド・アロンソ | ルノー | 詳細 |
| 2006 | 3月12日 | 1 | バーレーン・インターナショナル | フェルナンド・アロンソ | ルノー | 詳細 |
| 2007 | 4月15日 | 3 | バーレーン・インターナショナル | フェリペ・マッサ | フェラーリ | 詳細 |
| 2008 | 4月6日 | 3 | バーレーン・インターナショナル | フェリペ・マッサ | フェラーリ | 詳細 |
| 2009 | 4月26日 | 4 | バーレーン・インターナショナル | ジェンソン・バトン | ブラウン | 詳細 |
| 2010 | 3月14日 | 1 | バーレーン・インターナショナル | フェルナンド・アロンソ | フェラーリ | 詳細 |
| 2011 | 中止 | 詳細 | ||||
| 2012 | 4月22日 | 4 | バーレーン・インターナショナル | セバスチャン・ベッテル | レッドブル | 詳細 |
| 2013 | 4月21日 | 4 | バーレーン・インターナショナル | セバスチャン・ベッテル | レッドブル | 詳細 |
関連項目 [編集]
脚注 [編集]
- ^ 東京中日スポーツ・2010年1月27日付 17面
- ^ “F1バーレーンGP、2011年は以前のレイアウトで開催”. f1-gate.com. (2010年8月17日) 2010年9月8日閲覧。
- ^ “F1バーレーンGP、中止が決定”. F1-Gate.com. (2011年2月22日) 2011年2月22日閲覧。
- ^ 東京中日スポーツ・2011年2月22日付 23面
外部リンク [編集]
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