2006年のF1世界選手権
| 2006年のFIAフォーミュラ1 世界選手権 |
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| 前年: 2005年 | 翌年: 2007年 |
| 一覧: 開催国 | 開催レース | |
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2006年のF1世界選手権は、FIAフォーミュラ1世界選手権の第57回大会となる。2006年3月12日にバーレーンで開幕し、10月22日にブラジルで開催された最終戦まで、全18戦で争われた。
目次 |
[編集] 前年度からの変化
[編集] レギュレーション
[編集] エンジン
2006年のエンジンレギュレーションには前年以前に対して抜本的な変更が加えられた。近年の急激なエンジン出力レベル向上への対策として、排気量が3000cc(3.0リッター)から2400cc(2.4リッター)に引き下げられ、エンジンシリンダーの数も従来の10個から8個へと削減された。また、エンジン重量に95kg以上という最低重量の制限が設けられたほか、重心位置が定められた。これらは、各メーカーのエンジンの性能差をより小さなものにするための措置である。しかしながら、これはエンジンメーカーに大きな変更を強いるものでもあるため、資金力に乏しくエンジン調達が困難な弱小チームのための特例救済措置として、2006年と2007年については従来の3.0リッター・V10エンジンにレブリミッターを付け使用することも許可された(この措置は2005年にミナルディチームから出された嘆願を容れてのものである)
この変更の影響としては、エンジンの小型化は必ずしもパワーの低下を意味せず、とりわけエンジン回転数において2005年型のV10エンジンが記録していた19,000回転を2006年型のV8エンジンが上回ることは比較的容易であると開幕以前から予想されており、2005年から2006年のテストシーズンの初期において、V8エンジン搭載車は従来型V10エンジン搭載車に対して1ラップ1分20秒のコースでおよそ6秒の遅れを取っていたが、この差は2006年の開幕からシーズン序盤までには劇的に短縮されるものと考えられていた。
[編集] タイヤ
前年度は禁止となっていた、レース中のタイヤ交換が再び許可された。
1GPにつき、各ドライバーは最大でドライタイヤ7セット、ウェットタイヤ4セット、エクストリームウェザータイヤ3セットの計14セットまで、タイヤの使用が認められる。
[編集] 予選
予選方式は前年度までの方式が、きわめて不評であったため、2006年は大きな変更が加えられ、以下の手順で行われた。
- セッション最初の15分間。全車22台が任意の燃料を積んだ(極めて軽い)状態で走り、ラップタイムを記録。下位の6台は次のセッションに進めず、タイム順に17番手から22番手までのグリッドを埋める。
- 5分の休憩をはさみ、その次の15分間のセッションを残りの全車が任意の燃料を積んだ(極めて軽い)状態で走行する。ここでも下位の6台は次のセッションに進めず、タイム順に11番手から16番手までのグリッドを埋める。
- ここまでで脱落した12名については、この時点で、自らの車をピットまで戻し、セッティングに変更を加えることが許される。
- 残った10台は決勝で予定している量まで燃料を給油し、その燃料搭載量をFIAに申告し、5分の休憩をはさんで後に行われる20分間の最終セッションに挑むことができる。このセッションに参加する10台は決勝スタート時の搭載量まで燃料が給油されているため重い。決勝のレース戦略によって各車の燃料搭載量は異なるので、全車が燃料を抜いて実質的に同じ重量で走る最初の2回のセッションと異なり、各競争者の重量には差が生じ、これが順位に少なからぬ影響を及ぼすこととなる。このセッションでのタイム順に従い上位の10グリッドが決定となり、決勝グリッドを全て確定する。
- 予選終了後、22台の各車両は事前に申告した量まで給油された上で、翌日までパルクフェルメ(車両保管庫)に封印される。
予選は土曜日の一度のみである。
今後この方式が2007年以降継続された場合に、仮に12チームが参戦した場合、1.と2.で各7台ずつが脱落することとなる。
[編集] 批判
開幕前の時点では、この手順について、最終セッションで、事前に燃料搭載量を重めに申告しておいて、セッション中になんらかの方法を用いて燃料を抜くチームが現れるのではないかと懸念されていた。仮に密かに燃料を減じることに成功した場合、その車は予選を重量が軽い状態で走ることにより極めて有利になるばかりでなく、セッション後に給油できるため、決勝においてもなんらデメリットを負うことがなく、この点はルールの抜け穴になり得ると考えられていた。
新予選方式の発表直後から指摘されていたこの抜け穴について、FIAは燃料消費量は計算によって把握できるので、それとセッション後の給油量を比較すれば問題ないと述べているが、2006年シーズンからは従来の3.0リッターV10とは燃費が異なる2.4リッターV8エンジンに変更されることもあり、元々やっかいな燃費計算を正確にできるのか、などと疑義が呈され、シーズン中に修正を余儀なくされるのではないかとする声があがったものの、この点についてはほぼ滞りなく機能した。
実際にこの予選方式が開始されると、20分かけて行われる最終セッションの前半は各車が燃料消費のために費やすことになる為、退屈なものとなった。第11戦フランスGPからは、こうした批判に応えた修正が加えられ、最終セッションの時間は20分から15分に短縮された。同時に、各セッションについてQ1・Q2・Q3と呼ぶことになり、Q1・Q2において、それまではセッション終了までに記録したタイムが有効とされていたものが、セッション終了後最初にコントロールライン通過したラップまでが有効なタイムとされるようになった。
[編集] フリー走行
土曜日のセッションについて、従来は45分のセッションを2回としていたが、1回のみ行われる1時間のセッションに変更された。このセッションは、原則として11時から12時までの間に行われる。
[編集] 各ドライバーとチーム
- 前年、タイトルを争ったルノーとマクラーレンについて、レギュラー陣に変更はなかったが、テストドライバーはそれぞれルノーはフランク・モンタニーからヘイキ・コバライネンに、マクラーレンの1人はアレクサンダー・ヴルツからゲイリー・パフェットに変更となった。また、マクラーレンは長年テクニカル・ディレクターを務めてきたエイドリアン・ニューウェイが離脱、フランスGP以降はファン・パブロ・モントーヤに代わり、ペドロ・デ・ラ・ロサがドライブした。
- フェラーリは2000年以来6年間在籍してきたルーベンス・バリチェロが離脱し、同郷のフェリペ・マッサが新たに加入した。マッサは2003年にテストドライバーを務めて以来のフェラーリ復帰となった。イタリアGP決勝後の公式会見において、ミハエル・シューマッハが2006年限りでの引退を発表した。
- トヨタは前年度から体制面での変更は特になかったが、設立初期にチームを支えたグスタフ・ブルナーがチームを離脱。タイヤはミシュランからブリヂストンに変更した。また、前年度ランキング4位で終えたため、金曜日にサードカーを走らせる権利を失った。4月にはテクニカルディレクターのマイク・ガスコインが技術的な意見の相違からチームを離脱した。
- ウィリアムズは近年では最も多くの変更があった。エンジンはBMWの離脱に伴いコスワースに、タイヤもミシュランからブリヂストンに変更(これは供給チーム数をより少なくしたかったミシュランの「依頼」による)。ドライバーは、ニック・ハイドフェルドに代わって、1982年に同チームでチャンピオンを獲得したケケ・ロズベルグの息子であり、2005年にGP2チャンピオンを獲得した新人ニコ・ロズベルグが加入。テストドライバー兼3rdドライバーについては、アントニオ・ピッツォニアに代わってアレクサンダー・ヴルツが加入した。また、第2テストドライバーとしてナレイン・カーティケヤンが加入した。
- B・A・Rの体制を引き継いだホンダは佐藤琢磨に代えてルーベンス・バリチェロを起用。エースナンバーとなるカーナンバー11は、本来ならジェンソン・バトンにその権利があると思われていたが、これをバリチェロがつけるのは、この車番がバリチェロのラッキーナンバーであることを知ったバトンにより「プレゼント」されたためである。
- レッドブルは前年度のコスワースに代わってフェラーリエンジンを使用。前年末にマクラーレンからエイドリアン・ニューウェイを獲得を発表し、年頭に加入。2006年の車体設計は2004年加入のマーク・スミスの手になった。第16戦中国GPからは、クリスチャン・クリエンに代わり、ロバート・ドーンボスがドライブした。それに伴い、サード兼テストドライバーにミハエル・アメルミューラーが起用された。
- 先に述べたB・A・Rを含め、ザウバー、ジョーダン、ミナルディと、実に4つのチームがその名を消した。
- BMWザウバーについては、「ザウバー」の名前は残ったものの、チームはBMWによる完全な所有下におかれ、前オーナーのペーター・ザウバーは第一線を退いた。
- ミッドランド社により買収されたジョーダンはMF1として新たなスタートを切ったが、イタリアGPの際にオランダの自動車メーカー、スパイカー・カーズによる買収が発表され、エントリー名も「スパイカーMF1レーシング」に変更された。
- ミナルディはレッドブル傘下となり、スクーデリア・トロ・ロッソとして生まれ変わり、ドライバーラインナップは一新された。
- 元F1ドライバーの鈴木亜久里によるチーム、スーパーアグリF1チームが新規参戦。佐藤琢磨と井出有治の日本人コンビというドライバーラインアップ、またエンジンはホンダ、タイヤはブリヂストンという純日本チーム体制で臨むことになったが、紆余曲折を経て、セカンド・ドライバーはヨーロッパGPからはフランク・モンタニー、ドイツGPからは山本左近に変更されることとなった。
- タイヤメーカーを変更したチーム
- ブリヂストン→ミシュラン
- トロ・ロッソ(2005年はミナルディ)
- ミシュラン→ブリヂストン
- トヨタ、ウィリアムズ
- ブリヂストン→ミシュラン
[編集] その他の動き
[編集] コスト削減
今後の長期的な展望の下、FIA(国際自動車連盟)はF1カーに搭載されるエレクトロニクスデバイス(電子機器)、タイヤ、ブレーキの標準化をはかる方針であり、年内にもこれらについてなんらかのテストを開始する見込みである。これは、自動車メーカーの参戦などで高騰を続けているF1参戦のコストを下げ、より多くのプライベートチームを呼び込む目論見による。
[編集] タイヤ戦争の終焉
2005年12月、ブリヂストンとともにF1にタイヤを供給している2社のひとつであるミシュランが、2006年限りでF1から撤退することを発表した。これは、2005年のアメリカGPにおいて、ミシュランタイヤユーザの7チームが安全性の問題から、フォーメーションラップのみでレースから「撤退」するという事態から生じた、ミシュランとFIAの政治的対立、および2008年から導入される予定であった、タイヤワンメイク化というルールへの反発が遠因としてあったといわれている。
[編集] ベルギーGPの中止
当初、FIAが発表していた開催カレンダーには決勝日9月17日開催として第16戦にベルギーGPが組み込まれていたが、ベルギーのナショナル・スポーツ・オーソリティ(RACB)からFIAに開催を辞退する旨の通知が提出されFIAもこれを受理したため、開幕戦までわずか1ヶ月余りを残した2月8日、開催の中止が発表された。開催辞退の理由としてはスパ・フランコルシャンサーキットの大改修の必要が挙げられているが、ベルギーGPは資金難が以前からささやかれていたため、辞退の申請がある以前から開催を危ぶむ声は多かった。
[編集] トピック
[編集] ロシアチームとドイツチーム
MF1の参戦によりF1史上で初となるロシア国籍のチームが誕生した。また、BMWザウバーの参戦により、1989年のザクスピード、リアル以来、17年振りにドイツ国籍のF1チームが参戦。
[編集] 日本チーム
前年以前から参戦しているトヨタに加えてチームとしての復帰となるホンダと新規参戦のスーパーアグリが参戦したことで、日本国籍のチーム数が過去最多の3チームなった。従来、日本国籍のチームが複数エントリーしたF1グランプリは、マキとコジマの2チームがエントリーした1976年F1世界選手権イン・ジャパンのみである。このグランプリではマキが予選不通過となり決勝で走っていなかったため、3チームが決勝で走った開幕戦バーレーンGPは、史上初めてF1の決勝で日本国籍のチームが複数走ったレースとなった。
[編集] スーパーアグリ
鈴木亜久里が設立したスーパーアグリがこの年の開幕戦から参戦。日本国籍のプライベーター(自動車メーカーの直営によらないチーム)の参戦としては1977年の日本GPにスポット参戦したコジマ以来29年振りであると同時に、日本人の元F1ドライバーが設立したチームがF1に参戦することは初めてであり、車体を構成する主要部分であるエンジン、タイヤともに日本の企業の物を使う日本国籍のF1チームというのは、この年のトヨタとともにスーパーアグリが史上初であった。
ドライバーとして佐藤琢磨、井出有治の2名を起用したことで、F1史上初めて、同一チームのレギュラードライバーとして2人の日本人が同時に出走した。
車体製造者、エンジン製造者、タイヤ供給者、ドライバー、いずれもが日本国籍で占められることから、スーパーアグリは「純日本チーム」を標榜して参戦している。主要な部分が全て同一国籍で占められたこうした参戦例はF1の歴史においても数例しかない稀なことであり、日本国籍によるものとしては初の例であった。
[編集] 開催地及び勝者
- 過去10年連続で開幕戦として開催されてきたオーストラリアGPが、コモンウェルスゲームズ(イギリス連邦大会)との重複を避ける為、バーレーンGPと入れ替わる形になった。
- ドイツで開催される、サッカーW杯(6月9日 - 7月9日)との重複を避ける為、7月以降のヨーロッパラウンドが2005年に比べ1週間繰下がり(イギリスGPは1ヶ月前倒し)、北米ラウンドが間を埋める形となった。
- 当初は9月17日開催の第16戦としてベルギーGPが予定されていたが、中止となった(前述)。代替グランプリとして、ブラジルのジャカレパグア、スペインのバレンシア・サーキットなどの名が挙がったが、FIAによってそれらの案は退けられ、2006年は全18戦で開催された。
[編集] 参戦チーム・ドライバー
[編集] ドライバー変更
[編集] レギュラードライバー
- マクラーレン: モントーヤ(第1 - 10戦)、デ・ラ・ロサ(第11 - 18戦)
- レッドブル: クリエン(第1 - 15戦)、ドーンボス(第16 - 18戦)
- BMWザウバー: ヴィルヌーヴ(第1 - 12戦)、クビサ(第13 - 18戦)
- スーパーアグリ: 井出(第1 - 4戦)、モンタニー(第5 - 11戦)、山本(第12 - 18戦)
[編集] 第3ドライバー
- レッドブル: ドーンボス(第1 - 15戦)、アメルミューラー(第16 - 18戦)
- BMWザウバー: クビサ(第1 - 12戦)、ベッテル(第14 - 18戦)
- MF1レーシング: ヴィンケルホック(第1 , 3 , 12 , 13戦)、モンディーニ(第2 , 4 , 6 - 10 , 14 , 15戦)、スーティル(第5 , 11 , 17戦)、プレマ(第16戦)、ヴィソ(第18戦)
- スーパーアグリ: 山本(第8 - 11戦)、モンタニー(第14 - 18戦)
[編集] 2006年のドライバーズランキング
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太字:ポールポジション |
† リタイアしたがレース距離の90%以上を走行していたため完走扱い
[編集] 2006年のコンストラクターズランキング
| 順位 | コンストラクター | 車番 | BHR |
MAL |
AUS |
SMR |
EUR |
ESP |
MON |
GBR |
CAN |
USA |
FRA |
GER |
HUN |
TUR |
ITA |
CHN |
JPN |
BRA |
ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1 | 1 | 2 | 1 | 2 | 2 | 1 | 1 | 1 | 1 | 5 | 2 | 5 | Ret | 2 | Ret | 2 | 1 | 2 | 206 | |
| 2 | Ret | 1 | 5 | 8 | 6 | 3 | 6 | 4 | 4 | 3 | 6 | 6 | Ret | 6 | 4 | 3 | 3 | 6 | |||
| 2 | 5 | 2 | 6 | Ret | 1 | 1 | 2 | 5 | 2 | 2 | 1 | 1 | 1 | 8 | 3 | 1 | 1 | Ret | 4 | 201 | |
| 6 | 9 | 5 | Ret | 4 | 3 | 4 | 9 | 5 | 5 | 2 | 3 | 2 | 7 | 1 | 9 | Ret | 2 | 1 | |||
| 3 | 3 | 3 | Ret | 2 | 5 | 4 | 5 | Ret | 3 | 3 | Ret | 5 | 3 | Ret | Ret | 2 | Ret | 5 | 5 | 110 | |
| 4 | 5 | 4 | Ret | 3 | Ret | Ret | 2 | 6 | Ret | Ret | 7 | Ret | 2 | 5 | Ret | 5 | 11 | 8 | |||
| 4 | 11 | 15 | 10 | 7 | 10 | 5 | 7 | 4 | 10 | Ret | 6 | Ret | Ret | 4 | 8 | 6 | 6 | 12 | 7 | 86 | |
| 12 | 4 | 3 | 10 | 7 | Ret | 6 | 11 | Ret | 9 | Ret | Ret | 4 | 1 | 4 | 5 | 4 | 4 | 3 | |||
| 5 | 16 | 12 | Ret | 4 | 13 | 10 | 8 | 7 | 7 | 7 | Ret | 8 | Ret | 3 | 14 | 8 | 7 | 8 | 17 | 36 | |
| 17 | Ret | 7 | 6 | 12 | 8 | 12 | 14 | 8 | Ret | Ret | 11 | Ret | DSQ | 12 | 3 | 13 | 9 | 9 | |||
| 6 | 7 | 14 | 8 | 3 | 9 | Ret | Ret | 8 | Ret | Ret | Ret | 4 | 9 | 6 | 7 | 15 | Ret | 7 | Ret | 35 | |
| 8 | 16 | 9 | Ret | Ret | 9 | 10 | 17 | 11 | 6 | 4 | Ret | 7 | 12 | 9 | 7 | Ret | 6 | Ret | |||
| 7 | 14 | 10 | Ret | 8 | Ret | Ret | 14 | 3 | 12 | 8 | 7 | 9 | 11 | 5 | 15 | 12 | 9 | Ret | Ret | 16 | |
| 15 | 8 | Ret | Ret | Ret | Ret | 13 | Ret | 14 | 11 | Ret | 12 | 8 | Ret | 11 | 11 | 12 | 13 | 12 | |||
| 8 | 9 | 6 | Ret | Ret | 6 | Ret | 9 | Ret | Ret | 12 | Ret | Ret | Ret | Ret | 10 | 10 | 8 | Ret | Ret | 11 | |
| 10 | 7 | Ret | Ret | 11 | 7 | 11 | Ret | 9 | Ret | 9 | 14 | Ret | Ret | Ret | Ret | 11 | 10 | Ret | |||
| 9 | 20 | 11 | 11 | Ret | 14 | Ret | 15 | 10 | 13 | 13 | 8 | 13 | 10 | Ret | Ret | 14 | 10 | 14 | 13 | 1 | |
| 21 | 13 | Ret | 9 | 15 | 11 | Ret | 13 | Ret | 10 | Ret | 10 | 12 | 11 | 13 | 13 | 14 | 18 | 11 | |||
| 10 | 18 | 17 | 13 | Ret | 16 | 12 | 16 | 15 | 16 | 14 | Ret | Ret | DSQ | 9 | Ret | Ret | Ret | 16 | 15 | 0 | |
| 19 | Ret | 12 | 11 | Ret | 13 | Ret | 12 | 15 | Ret | Ret | 15 | DSQ | 10 | Ret | 17 | 15 | Ret | 14 | |||
| 11 | 22 | 18 | 14 | 12 | Ret | Ret | 17 | Ret | 17 | 15 | Ret | Ret | Ret | 13 | NC | 16 | DSQ | 15 | 10 | 0 | |
| 23 | Ret | Ret | 13 | Ret | Ret | Ret | 16 | 18 | Ret | Ret | 16 | Ret | Ret | Ret | Ret | 16 | 17 | 16 | |||
| 順位 | コンストラクター | 車番 | BHR |
MAL |
AUS |
SMR |
EUR |
ESP |
MON |
GBR |
CAN |
USA |
FRA |
GER |
HUN |
TUR |
ITA |
CHN |
JPN |
BRA |
ポイント |
[編集] 外部リンク
- formula1.com - 2006 official driver standings
- formula1.com - 2006 official team standings
- 2006 season at FIA.com
- 2006 season at ManipeF1.com
- 2006 season at GrandPrix.com
- 2006 season at Chicanef1.com
- iCal-Calendar with all races
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