ニコ・ヒュルケンベルグ

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ニコ・ヒュルケンベルグ
2011 Spanish GP Hulkenberg cropped.jpg
基本情報
フルネーム Nicolas Hülkenberg
略称表記 HUL
国籍 ドイツの旗 ドイツ
出身地 同・ノルトライン=ヴェストファーレン州クレーフェ郡エメリッヒ
生年月日 1987年8月19日(27歳)
F1での経歴
車番 27
所属チーム フォース・インディア '14-
活動時期 2010,2012-
過去の所属チーム '10 ウィリアムズ
'12 フォース・インディア
'13 ザウバー
出走回数 77
優勝回数 0
通算獲得ポイント 232
表彰台(3位以内)回数 0
ポールポジション 1
ファステストラップ 1
初戦 2010年バーレーンGP
2014年順位 9位 (96ポイント)
タイトル 0
(記録は2014年最終戦アブダビGP終了時)
テンプレートを表示

ニコラス・ヒュルケンベルグNicolas "Nico" Hülkenberg1987年8月19日 - )は、ドイツノルトライン=ヴェストファーレン州クレーフェ郡エメリッヒ出身のF1ドライバー。ニコ・ヒュルケンバーグとも表記されることもある。ニックネームはハルク[1]。フジテレビF1中継でのニックネームは「皇帝チルドレン」。身長184cm[2]

初期の経歴[編集]

カート[編集]

1997年、10歳でカートレースデビューし2002年にドイツ・ジュニア・カート選手権に出場し翌2003年、チャンピオンを獲得。2004年も参戦していた[3]

フォーミュラ・BMW[編集]

2005年にドイツ・フォーミュラ・BMWジョセフ・カウフマン・レーシング(Josef Kaufmann Racing)から参戦しシリーズ・チャンピオンを獲得。しかし、このチャンピオンはセバスチャン・ブエミがブレーキテストをしたとしてシーズン終了後に裁定によりペナルティを受けた為、獲得したチャンピオンであった[3]

フォーミュラ3(ドイツF3とユーロF3)[編集]

2006年、ドイツF3にジョセフ・カウフマン・レーシング(Josef Kaufmann Racing)から参戦して5位(1勝)で終えて、2007年からユーロF3ASM・フォーミュラ3(ASM Formule 3 ※現在のART Grand Prix)から参戦し第3戦ノリスリンクではグリッド18番目から優勝し、第6戦ザントフォールトでは雨のレース、第7戦ニュルブルクリンクで優勝しシーズン3位に終えた[4]。また同年のマスターズF3で優勝をしている[5]

2008年もユーロ・F3のARTグランプリ(ART Grand Prix)から参戦しチャンピオンに輝いた。

A1グランプリ[編集]

ウィリアムズをテスト走行するヒュルケンベルグ(2008年6月カタルーニャ

2006-2007A1グランプリにA1チーム・ドイツからクリスチャン・ベトリスと共に参戦し、ヒュルケンベルグは20レース中9勝をあげドイツチームに128ポイントを獲得し2位との差35ポイントをつけドイツチームに優勝をもたらした[3]

ヒュルケンベルグはミハエル・シューマッハなどのマネージャであるウィリー・ウェーバーのマネージメントをこのころから受けることになった。これは2006年末にA1のドイツチームを運営していたウェーバーが初戦のドライバーとしてオファーしたのが切っ掛けだった。

GP2[編集]

ARTグランプリからGP2に出走する。(2009年5月モナコ

2009年はARTグランプリからGP2の本シリーズから出場する予定だったが急遽、アジアシリーズに第3戦目、第4戦目の2戦4レースのみ出場し2回のポールポジション、1回の優勝をした。

GP2本シリーズでも活躍を見せ、母国レースとなったニュルブルクリンクではネルソン・ピケJr.以来GP2史上2人目となるフルポイントレース(第1レースでポールポジションファステストラップ、優勝を独占し、リバースグリッドでのスタートとなる第2レースでも優勝とファステストラップを獲得。GP2では20ポイント獲得できる)を達成した。そして第9戦モンツァでGP2チャンピオンを獲得した。最終戦を残してのチャンピオン獲得はGP2史上初めてとなる。

F1[編集]

ウィリアムズ[編集]

ウィリアムズ・FW32をドライブするヒュルケンベルグ。(2010年6月カナダGP

マネージャーのウィリー・ウェーバーはF1でのテストドライブを行うためにルノーF1フラビオ・ブリアトーレに接触していたが、2007年12月4日ヘレスウィリアムズからテストする機会を得て[6]、2007年12月13日にウィリアムズのテストドライバーとなることが発表された[7]。これにより、2008年及び2009年はF3やGP2と平行してウィリアムズのテストドライバーを務めた。

2010年より同チームのレギュラードライバーに昇格し、ルーベンス・バリチェロをチームメイトに参戦することが発表された[8]。第3戦マレーシアGPでは10位入賞を果たし、F1で初ポイントを獲得した。その後はしばらく入賞がなかったが、第10戦イギリスGPで10位入賞を果たすと、第12戦ハンガリーGPでは自己ベストの6位でフィニッシュした。さらに、第18戦ブラジルGPにて自身初のポールポジションを獲得した。尚、所属するウィリアムズにとっては2005年ヨーロッパGP以来5年ぶり、ルーキードライバーのPP獲得は2007年ルイス・ハミルトン以来3年振りの快挙である。レースではトップチームのドライバーを抑えることは出来ず、トップ4チームの後ろで8位に入賞するに留まった。

8月下旬ごろから、2010年シーズンいっぱいでウィリアムズから放出されるのではないか、という報道がなされるようになった[9][10][11]。ウィリアムズは2010年末で複数の主要スポンサーの撤退が重なり2011年シーズンの資金が不足していた[12]。その為、最終的には持ち込み資金が豊富なパストール・マルドナドにシートを奪われる形になり、2010年限りでウィリアムズを離脱することを11月15日に発表した[13]

フォース・インディア(第一期)[編集]

2011年シーズンに所属するチームとして、フォース・インディアフェラーリなどが噂になった[14][15]。また、ウェバーがヴァージンから接触があったことを明らかにした[16]。最終的に、フォース・インディアにリザーブドライバーとして加入し[17]、シーズンを通して金曜フリー走行1回目に出走した(ベルギーGPはフリー走行2回目に出走。モナコ、シンガポール、韓国、インド、アブダビの各GPでは出走無し)。 またこの年はF3時代からマネージャーだったウィリー・ウェーバーとの契約を終了し、今後は自身でマネジメントを行うことになった[18]

2012年シーズンエイドリアン・スーティルがチームから離脱し、レギュラードライバーに昇格した[19] 。 開幕戦オーストラリアGPでQ3に進出し、速さが健在であることをアピールするもののシーズン序盤はややパフォーマンスが伸び悩む。母国であるドイツGPでは予選4番手につける活躍をみせると、次第に頭角を現しベルギーGPでは4位に入り自己最高位で完走。後半戦には安定して上位に進出するようになる。最終戦ブラジルGPでは、2年前にポールポジションを獲得した思い出の舞台で好走。難しい路面コンディションに翻弄されるドライバー達の中で、ドライタイヤで走り続けることを選択すると、ジェンソン・バトンと共に争いながら3位以下のドライバーを一時は40秒近くも引き離す。SC導入によりリードを失ってしまうものの、レース再開後も高いレーススキルを発揮しトップを快走した。しかしレース終盤に濡れた路面に足を掬われルイス・ハミルトンと接触、リタイアに追い込んでしまい、ドライブスルーペナルティを受けたことで優勝争いから脱落。最終的に5位でチェッカーを受けた。だがこの結果もあって、ランキングはディ・レスタを上回る11位を記録した。

ザウバー[編集]

ザウバー・C32をドライブするヒュルケンベルグ(2013年ドイツGP)

2013年シーズンにはフェラーリへの移籍話なども挙がっていたが、最終的にザウバーから参戦した。

ザウバーは前年の好調から一転して、前半戦はマシンの不調により成績が低迷。また、チームの財政難によって給料未払いが発生するなど、移籍の決断が正しかったのか問われる状況になった。しかし成績に関しては後半戦は安定して上位に進出出来るようになり、イタリアGPは予選3位、韓国GPでは決勝4位という成績を残すなどコンスタントに上位進出を果たした。ただしチームの資金不足は深刻なままであり、前年のフォースインディアに続いて所属チームが資金難となってしまった。

フォース・インディア(第二期)[編集]

フェリペ・マッサの後釜としてフェラーリのドライバー候補になったものの、最終的にキミ・ライコネンがシートを得た[20]。次にロータスと契約間近といわれながら、チームと投資家との交渉が難航して交渉が進展しない状況が続いた。最終的にはフォース・インディアに戻ることになった[21]

レース戦績[編集]

カテゴリ チーム名 レース数 ポール 勝利数 ポイント 総合順位
2005年 フォーミュラ・BMW・ADAC ジョセフ・カウフマン・レーシング 20 8 9 287 1位
2006年 ドイツ・F3 ジョセフ・カウフマン・レーシング 18 3 1 78 5位
2006-07年 A1グランプリ ドイツ・チーム 20 3 9 126 1位
2007年 ユーロ・F3 ASM・フォーミュラ3 20 2 4 72 3位
2007年 マスターズF3 ASM・フォーミュラ3 1 0 1 N/A 1位
2008年 ユーロ・F3 ARTグランプリ 20 6 7 85 1位
2008-09年 GP2アジアシリーズ ARTグランプリ 4 2 1 27 6位
2009年 GP2 ARTグランプリ 20 3 5 100 1位
2010年 フォーミュラ1 ウィリアムズF1 19 1 0 22 14位
2012年 フォーミュラ1 フォース・インディア 20 0 0 63 11位
2013年 フォーミュラ1 ザウバー 19 0 0 51 10位
2014年 フォーミュラ1 フォース・インディア 19 - - - -

GP2[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 総合順位 ポイント
2009年 ARTグランプリ ESP
FEA

9
ESP
SPR

4
MON
FEA

5
MON
SPR

3
TUR
FEA

5
TUR
SPR

4
GBR
FEA

3
GBR
SPR

5
GER
FEA

1
GER
SPR

1
HUN
FEA

1
HUN
SPR

7
EUR
FEA

2
EUR
SPR

1
BEL
FEA

2
BEL
SPR

Ret
ITA
FEA

6
ITA
SPR

3
POR
FEA

1
POR
SPR

16
1位 100

F1[編集]

所属チーム シャシー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 WDC ポイント
2010年 ウィリアムズ FW32 BHR
14
AUS
Ret
MAL
10
CHN
15
ESP
16
MON
Ret
TUR
17
CAN
13
EUR
Ret
GBR
10
GER
13
HUN
6
BEL
14
ITA
7
SIN
10
JPN
ret
KOR
10
BRA
8
ABU
16
14位 22
2011年 フォース・インディア VJM04 AUS
TD
MAL
TD
CHN
TD
TUR
TD
ESP
TD
MON CAN
TD
EUR
TD
GBR
TD
GER
TD
HUN
TD
BEL
TD
ITA
TD
SIN
JPN
TD
KOR
IND
ABU
BRA
TD
- -
2012年 VJM05 AUS
Ret
MAL
9
CHN
15
BHR
12
ESP
10
MON
8
CAN
12
EUR
5
GBR
12
GER
9
HUN
11
BEL
4
ITA
21
SIN
14
JPN
7
KOR
6
IND
8
ABU
Ret
USA
8
BRA
5
11位 63
2013年 ザウバー C32 AUS
DNS
MAL
8
CHN
10
BHR
12
ESP
15
MON
11
CAN
Ret
GBR
10
GER
10
HUN
11
BEL
13
ITA
5
SIN
9
KOR
4
JPN
6
IND
19
ABU
14
USA
6
BRA
8
10位 51
2014年 フォース・インディア VJM07 AUS
6
MAL
5
BHR
5
CHN
6
ESP
10
MON
5
CAN
5
AUT
9
GBR
8
GER
7
HUN
Ret
BEL
10
ITA
12
SIN
9
JPN
8
RUS
12
USA
Ret
BRA
8
ABU
6
9位 96
2015年 - AUS
-
MAL
-
BHR
-
CHN
-
ESP
-
MON
-
CAN
-
AUT
-
GBR
-
GER
-
HUN
-
BEL
-
ITA
-
SIN
-
JPN
-
RUS
-
USA
-
MEX
-
BRA
-
ABU
-
- -

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ "バトンが望む2013年のチームメートとは". TopNews.(2012年9月23日)2013年11月28日閲覧。
  2. ^ Nico Hulkenberg Sauber Formula 1 Driver - Yahoo! Eurosport UK
  3. ^ a b c Meet the rookies: Nico Hülkenberg”. F1Fanatic.co.uk (2007年). 2007年8月16日閲覧。
  4. ^ F3 Euro Zandvoort 2: Hülkenberg wins in wet”. MaximumMotorsport.co.uk (2007年). 2007年8月16日閲覧。
  5. ^ Hülkenberg wins F3 Masters as Grosjean stalls”. MaximumMotorsport.co.uk (2007年). 2007年8月16日閲覧。
  6. ^ Hulkenberg to test for Williams at Jerez(autosport.com 2007年12月3日記事)
  7. ^ Williams sign Hulkenberg as test driver(autosport.com 2007年12月13日記事)
  8. ^ Williams set for 2010 with Barrichello and Hulkenberg(Motorsport.com 2009年11月2日記事)
  9. ^ “ニコ・ヒュルケンベルグ、ウィリアムズとの2011年の交渉はまだ”. F1-Gate.com. (2010年8月27日). http://f1-gate.com/hulkenberg/f1_8874.html 2011年1月27日閲覧。 
  10. ^ “ニコ・ヒュルケンベルグ、シート喪失の危機”. F1-Gate.com. (2010年10月8日). http://f1-gate.com/hulkenberg/f1_9430.html 2011年1月27日閲覧。 
  11. ^ “ウィリアムズ、ニコ・ヒュルケンベルグの放出を検討”. F1-Gate.com. (2010年10月19日). http://f1-gate.com/williams/f1_9585.html 2011年1月27日閲覧。 
  12. ^ ウィリアムズ、上場でスポンサー減少か - ESPN F1・2011年2月10日
  13. ^ “ニコ・ヒュルケンベルグ、ウィリアムズ離脱を発表”. F1-Gate.com. (2010年11月15日). http://f1-gate.com/hulkenberg/f1_10016.html 2011年1月27日閲覧。 
  14. ^ “ニコ・ヒュルケンベルグ、フェリペ・マッサに代わってフェラーリ加入?”. F1-Gate.com. (2010年11月17日). http://f1-gate.com/hulkenberg/f1_10037.html 2011年1月27日閲覧。 
  15. ^ “ニコ・ヒュルケンベルグ、フォース・インディアでF1残留を目指す”. F1-Gate.com. (2010年11月16日). http://f1-gate.com/hulkenberg/f1_10024.html 2011年1月27日閲覧。 
  16. ^ “ニコ・ヒュルケンベルグ、ヴァージンからのオファーを蹴る”. F1-Gate.com. (2010年11月19日). http://f1-gate.com/hulkenberg/f1_10447.html 2011年1月27日閲覧。 
  17. ^ “ニコ・ヒュルケンベルグ、フォース・インディアとリザーブドライバー契約”. F1-Gate.com. (2011年1月27日). http://f1-gate.com/hulkenberg/f1_10501.html 2011年1月27日閲覧。 
  18. ^ . F1-Gate.com. (2010年5月14日). http://f1-gate.com/hulkenberg/f1_11706.html =ニコ・ヒュルケンベルグ、ウィリー・ウェバーと決別 2011年12月30日閲覧。 
  19. ^ “フォース・インディア、2012年はヒュルケンベルグとディ・レスタ”. F1-Gate.com. (2011年12月15日). http://f1-gate.com/forceindia/f1_13885.html 2011年12月30日閲覧。 
  20. ^ “ヒュルケンベルグのマネジャー、フェラーリの断り方に不満”. TopNews. (2013年9月13日). http://www.topnews.jp/2013/09/13/news/f1/drivers/nico-hulkenberg/96087.html 2013年11月28日閲覧。 
  21. ^ “フォース・インディア、ニコ・ヒュルケンベルグの起用を正式発表”. F1-Gate.com. (2013年12月4日). http://f1-gate.com/forceindia/f1_21892.html 2013年12月6日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]