エルマノス・ロドリゲス・サーキット

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Autódromo Hermanos Rodríguez
Autódromo Hermanos Rodríguez
所在地 メキシコ・メキシコシティ
標準時 GMT-6
主なイベント メキシコグランプリ
A1グランプリ
グランプリサーキット
路面 アスファルト
コース長 4.438 km (2.774 マイル)
コーナー数 17
レコードタイム 1:16.788 (ナイジェル・マンセル, ウィリアムズ ルノー FW14, 1991年, FIA フォーミュラ1)
NASCARサーキット
路面 アスファルト
コース長 4.052 km (2.518 マイル)
コーナー数 16
レコードタイム 1:27.458 (スコット・プルエット, チップ・ガナッシ・レーシング, 2007年, NASCAR ネイションワイド・シリーズ)
オーバル
路面 アスファルト
コース長 1.609 km (1.000 マイル)
コーナー数 4
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アウトドローモ・エルマノス・ロドリゲス西: Autódromo Hermanos Rodríguez, エルマノス・ロドリゲス・サーキット)は、メキシコの首都メキシコシティにあるサーキット。標高約2300mの高地にある。

概要[編集]

1962年に完成し、1963年から1970年1986年から1992年までF1メキシコGPが開催された。他にはCARTNASCARA1グランプリの開催地になっている。

敷地はメキシコシティ国際空港近くの市立公園内にある。この一帯にはスポーツ施設が集まっており、サーキットの最終コーナー内側にはフォロ・ソルという野球場がある。その向こう側にはフェリックス・キャンデラが設計し、1968年メキシコシティオリンピックの室内競技場となったパラシオ・デ・ロス・デポルテス(スポーツパレス)の屋根が見える。

サーキット名称はメキシコの誇ったレーサーペドロ・ロドリゲスリカルド・ロドリゲスのロドリゲス兄弟から名付けられている。弟のリカルドは当地で非選手権として開催された1962年のメキシコGP予選中に事故死し、「リカルド・ロドリゲス・サーキット」と命名された。のちに兄ペドロもレース中に他界し、コース名も「エルマノス・ロドリゲス(ロドリゲス兄弟)サーキット」に改められた。

コースは路面舗装が荒く、非常にバンピーであることで知られている。標高の影響で空気が薄く、エンジンパワー、ダウンフォース量ともにダウンするため、通常のコースとは異なる特殊なセッティングが求められる。

1965年にはホンダリッチー・ギンサーのドライブによって、この地でF1初優勝を遂げている。またこれはグッドイヤータイヤのF1における初勝利でもあった。

2011年にはメキシコGP復活の可能性が報道され、国際自動車連盟 (FIA) 会長ジャン・トッドが当地の視察に訪れた[1]。サーキットを管理するエンターテインメント企業CIEは、FIA議員のカルロス・スリム・ドミット[2]とともにこの動きに関与している[1]。 2013年には2014年度の暫定カレンダーに登録されたが、正式カレンダーからは漏れ、2015年度からの復活開催を予定している。

コースレイアウト[編集]

ホームストレートは1km以上と長いものの、前述のエンジンパワーの問題からストレートスピードは300km/h程度に抑えられる。S字状の1〜3コーナーを抜けるとまた直線があり、4コーナーから先はくねくねと左右に低速コーナーが連続するインフィールドセクションとなる。路面が凸凹でマシンの挙動が乱れやすく、サスペンションセッティングが重要となる。

インフィールド後半は徐々に通過スピードが増し、直線をへてペラルターダ (Pelartada) と呼ばれる最終コーナーに進入する。イン側にバンク角のついた高速180度コーナーで、ここでは1988年フィリップ・アリオー1991年アイルトン・セナがマシンを横転させるほどの大クラッシュを演じるなど重大事故が多かった事もあり、入口が90度コーナー2つのシケインに改修され、このレイアウトがメインで使われる事が多い。A1GPや2007年のチャンプカーにおいてはペラルターダの直前にタイトなシケインを設置し、進入速度を低下させている。

NASCARでは、ホームストレートの途中にシケインが設けられている上、通常とは逆の左回りで周回する。ショートカットルートや選択式シケインが多数あることから、様々なレイアウトが利用できる形となっている。

脚注[編集]

  1. ^ a b “F1メキシコGP復活の可能性”. F1トップニュース. (2011年8月10日). http://www.topnews.jp/2011/08/10/news/f1/41060.html 2012年1月5日閲覧。 
  2. ^ メキシコシティ出身の実業家カルロス・スリム・ヘルの長男で、ザウバーのスポンサーであるテルメックスの会長。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]