セバスチャン・ブエミ
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|---|---|---|---|---|
| 基本情報 | ||||
| フルネーム | セバスチャン・オリビエ・ブエミ | |||
| 国籍 | ||||
| 出身地 | 同・ヴォー州エーグル | |||
| 生年月日 | 1988年10月31日(24歳) | |||
| F1での経歴 | ||||
| 活動時期 | 2009-2011 | |||
| 過去の所属チーム | '09-'11 トロ・ロッソ | |||
| 出走回数 | 55 | |||
| 優勝回数 | 0 | |||
| 通算獲得ポイント | 29 | |||
| 表彰台(3位以内)回数 | 0 | |||
| ポールポジション | 0 | |||
| ファステストラップ | 0 | |||
| F1デビュー戦 | 2009年オーストラリアGP | |||
| 最終戦 | 2011年ブラジルGP | |||
| タイトル | 0 | |||
セバスチャン・オリビエ・ブエミ(Sébastien Olivier Buemi, 1988年10月31日 - )スイス出身のF1ドライバー。
目次 |
経歴 [編集]
- フォーミュラ・BMW
カートを卒業した後に、ブエミは2004年と2005年をドイツフォーミュラ・BMWに出場した。2005年シーズン終了時は総合1位であったが、シーズン終了後にレース中のブレーキテストについてペナルティを課されたためにチャンピオンを失った。
| 年 | 順位 |
| 2004年 | 3位 |
| 2005年 | 2位 |
- フォーミュラ・F3
2005年にスペイン・フォーミュラ3に参戦。翌年2006年にはフォーミュラ3・ユーロシリーズに参戦しランキング12位であった。2007年も同シリーズに継続参戦した。また、マカオグランプリとマスターズF3にも出場した。
- A1グランプリ
2006-2007A1グランプリにニール・ジャニとマーセル・ファスラーと共にA1チーム・スイスより参戦し、チームランキング総合8位の成績を残した。
- GP2
2007年のGP2にARTグランプリのレッドブルサポート枠で参戦していたミハエル・アメルミューラーが開幕戦で負傷したため、第2戦から代役として出場した(ユーロF3とのダブルエントリー)。
2008年はアーデン・インターナショナルからGP2シリーズ及びGP2アジアシリーズに参戦した[1]。
| 年 | カテゴリ | チーム名 | カーナンバー | レース数 | ポール | 勝利数 | ポイント | 総合順位 |
| 2007年 | GP2 | ARTグランプリ | 01 | 11 | 0 | 0 | 6 | 21位 |
| 2008年 | GP2アジア | アーデン・インターナショナル | 12 | 10 | 0 | 1 | 37 | 2位 |
| 2008年 | GP2 | アーデン・インターナショナル | 14 | 20 | 0 | 2 | 50 | 6位 |
- F1
2007年はレッドブルのリザーブ&テストドライバーであったミハエル・アメルミューラーが負傷したため、GP2のシートを引き継ぐとともにF1の仕事でも代役を努めることとなった。
2008年も引き続き、レッドブルのリザーブ&テストドライバーとして起用された[2]。
2009年はトロ・ロッソのレギュラーシートを得てF1にデビューした。スイス国籍のF1ドライバーは1994年および1995年にスポット参戦したジャン=ドゥニ・ドゥレトラーズ以来14年ぶりの誕生となる。
デビュー戦となった開幕戦のオーストラリアGPでは荒れたレース展開の中で7位入賞を果たし幸先の良いスタートを切った。第3戦の中国GPでは予選で初のQ3進出(10位)を果たすと、雨のレースとなった決勝ではチャンピオン経験者でもあるキミ・ライコネンを追い回すなどのパフォーマンスを見せた。セーフティーカー出動中にレッドブルのセバスチャン・ベッテルに追突しフロントウイングを破損する場面もあったが、速さを見せ8位入賞を果たした。その後はなかなか入賞できなかったものの、第16戦のブラジルGPでは予選で自己ベストの6位につけ、決勝でも7位に入賞した。最終戦のアブダビGPでも8位に入賞し、ドライバーズランキング16位でシーズンを終えた。
2010年もトロロッソからF1に参戦。カナダGPでは自身初のラップリードを記録した。この年からポイントシステムの変更で10位までが入賞になったこともあり4回の入賞を記録し、前年と同じランキング16位でシーズンを終えた。
2011年も過去2年に引き続きトロロッソからF1に参戦。開幕戦のオーストラリアGPでは、予選で2009年アブダビGP以来のQ3進出を果たすと、決勝でも10位でフィニッシュし、更に前でゴールしたザウバーの2台がリアウィングの車両規定違反で失格になったことで8位に繰り上がった。シーズン終盤にはマシントラブルによるリタイアが増えてしまった事も影響してか、この年はチームメイトのハイメ・アルグエルスアリにドライバーズ選手権順位で上回られてしまった。また、シーズン終了後にはレッドブルの決定により、トロ・ロッソのシートを失うことになった。
2012年はトロ・ロッソのシートは失ったもののレッドブルとの関係は継続し、レッドブル・レーシングのリザーブ&テストドライバー、及びトロ・ロッソのリザーブドライバーに起用された。
F1での成績 [編集]
| 年 | 所属チーム | 車番 | ランキング | 獲得ポイント | 決勝最高位・回数 | 表彰台回数 | 予選最高位・回数 | FL記録回数 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2009年 | トロ・ロッソ | 12 | 16位 | 6 | 7位・2回 | 0回 | 6位・1回 | 0回 |
| 2010年 | 16 | 16位 | 8 | 8位・1回 | 0回 | 11位・1回 | 0回 | |
| 2011年 | 18 | 15位 | 15 | 8位・2回 | 0回 | 9位・1回 | 0回 |
| 年 | チーム | シャシー | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | WDC | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2009 | トロ・ロッソ | STR4 | AUS 7 |
MAL 16 |
CHN 8 |
BHR 17 |
ESP Ret |
MON Ret |
TUR 15 |
GBR 18 |
GER 16 |
HUN 16 |
EUR Ret |
BEL 12 |
ITA 13 |
SIN Ret |
JPN Ret |
BRA 7 |
ABU 8 |
16位 | 6 | ||
| 2010 | STR5 | BHR 16 |
AUS Ret |
MAL 11 |
CHN Ret |
ESP Ret |
MON 10 |
TUR 16 |
CAN 8 |
EUR 9 |
GBR 12 |
GER Ret |
HUN 12 |
BEL 12 |
ITA 11 |
SIN 14 |
JPN 10 |
KOR Ret |
ABU 13 |
BRA 15 |
16位 | 8 | |
| 2011 | STR6 | AUS 8 |
MAL 13 |
CHN 14 |
TUR 9 |
ESP 14 |
MON 10 |
CAN 10 |
EUR 13 |
GBR Ret |
GER 15 |
HUN 8 |
BEL Ret |
ITA 10 |
SIN 12 |
JPN Ret |
KOR 9 |
IND Ret |
ABU Ret |
BRA 12 |
15位 | 15 |
脚注 [編集]
- ^ Arden target return to form in 2008(autosport.com2008年1月10日記事)
- ^ Buemi confirmed as Red Bull reserve(autosport.com2008年1月16日記事)
関連項目 [編集]
- ナターシャ・ガシュナン ブエミのいとこ。2008年はスペインF3に参戦、2009年は新しく始まるFIA F2選手権に参戦が決定している。
外部リンク [編集]
- セバスチャン・ブエミ公式サイト
- @Sebastien_buemi (sebastien_buemi) - Twitter
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