ダン・ガーニー
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| 基本情報 | ||||
| フルネーム | ダニエル・セクストン・ガーニー | |||
| 国籍 | ||||
| 生年月日 | 1931年4月13日(82歳) | |||
| F1での経歴 | ||||
| 所属チーム | フェラーリ, BRM, ポルシェ, ロータス, ブラバム, イーグル, マクラーレン |
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| 活動時期 | 1959 - 1970 | |||
| 出走回数 | 86 | |||
| 優勝回数 | 4 | |||
| 通算獲得ポイント | 133 | |||
| 表彰台(3位以内)回数 | 19 | |||
| ポールポジション | 3 | |||
| ファステストラップ | 6 | |||
| F1デビュー戦 | 1959年フランスGP | |||
| 初勝利 | 1962年フランスGP | |||
| 最終勝利 | 1967年ベルギーGP | |||
| 最終戦 | 1970年イギリスGP | |||
| タイトル | 0 | |||
ダン・ガーニー(Dan Gurney 、1931年4月13日 - )はアメリカ合衆国のレーシングドライバー。本名はダニエル・セクストン・ガーニー(Daniel Sexton Gurney )。
目次 |
人物紹介 [編集]
オペラ歌手の家庭に生まれたが、1955年にカリフォルニア州南部でトライアンフ・TR2に乗りレースキャリアをスタートした。
同年代のドライバーの中でも名を広く知られた1人で、F1、インディカー・シリーズ、NASCAR、ル・マン24時間レース等フォーミュラ・ハコを問わず様々なレースで優勝を飾っている。特にNASCARでは、1963年から1966年にかけてリバーサイド500マイルで4連覇を記録した。
F1 [編集]
F1へは、スポーツカーレースでの縁がきっかけとなり、1959年にフェラーリからデビュー。参戦した4戦中デビュー戦はリタイヤとなったが残る3戦で入賞し、そのうち2度表彰台に上がっている。
1960年はBRMで不本意な成績に終わったが1961年はポルシェに移籍。3度の2位などでランキング3位となった。1962年にはポルシェ・804に乗り第4戦フランスGPにて初優勝、これはポルシェチームにとっても初優勝であり、結果的にポルシェF1唯一の優勝となった。
1963年より新鋭チームのブラバムに移籍。2年目の1964年には第2戦オランダGPで初のポール・ポジションを獲得。第4戦フランスGPでは移籍後初勝利を挙げ、チームに初優勝をもたらした。最終戦のメキシコGPでも、シーズン2勝目を挙げている。
1966年より自らが立ち上げたイーグルに在籍。2年目の1967年に第4戦ベルギーGPで優勝、チーム初勝利となる。その後様々なチームから散発的な参戦を行うも1970年をもってドライバー業そのものを終えることとなった。
ル・マン [編集]
1967年のル・マン24時間レースにおいてA.J.フォイトとともにフォード・GT40Mk.IVに乗り総合優勝している。
エピソード [編集]
- ガーニーフラップは、ガーニーが開発したことに由来し命名されたものである。
- レーサーでは唯一アメリカ大統領候補になった経験を持っている。
- フォード・GT40の室内高は非常に低く、ガーニーが乗車するとヘルメットの頭頂部が天井にぶつかってしまった。そこで、ヘルメットがぶつからないように天井に小さな凹み(ガーニーバブル)が設けられるという措置が取られた。
関連項目 [編集]
| 先代: ブルース・マクラーレン クリス・エイモン |
ル・マン24時間優勝 1967 with: A.J.フォイト |
次代: ペドロ・ロドリゲス ルシアン・ビアンキ |
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