ダラーラ

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ダラーラ・またはダッラーラ(Dallara)は、イタリアレーシングカーコンストラクター。

概要[編集]

2000年代のダラーラのマシンF305。車体はレッドブルカラーに塗られている。F3の世界ではその殆んどがダラーラのマシンである。

オーナーのジャンパオロ・ダラーラ(Gian Paolo Dallara)は1936年11月16日生まれで、1959年航空力学の学位を得てフェラーリマセラッティランボルギーニデ・トマソで設計を担当する。

1972年に独立して「ダラーラ・アウトモビッリ」を設立。

現在では世界のF3の大半が、ダラーラのワンメイクレースと言っても過言ではない状態が続いている。

シャシーの命名方法においては、多くのコンストラクターが自社の中で法則を持たせているのに対し、ダラーラはそれぞれのカテゴリに合わせて専用の名前を設定するのが特徴である。

なお、2009年よりF1ザウバーチームのトラック・エンジニアリング責任者を務めるジャンパオロ・ダラーラ(Giampaolo Dall'Ara)は別人である。(ザウバーチームHPによると同氏は1968年生まれ)

車体を供給しているシリーズ[編集]

インディカー・シリーズのダラーラのマシン(パンサー・レーシング。2006年

など

ブルーノ・セナがドライブするダラーラF304(F3マシン)

GP2、ワールドシリーズ・バイ・ルノー、インディカー・シリーズ、インディ・プロシリーズはダラーラのワンメイクシリーズとなっている。

F3では2010年現在、他にライトスピード(en:Litespeed F3イギリスF3)などがシャシーを供給しているが、ダラーラが圧倒的なシェアを占めており、全日本F3ユーロF3では事実上のワンメイクとなっている。過去には童夢(全日本)、ローラ(ユーロ)、ラルト(イギリス)、トムス(イギリス・全日本)などもライバルとして立ちはだかったが、それらをことごとく打ち破っている。

インディカー・シリーズではライバルメーカーとしてパノスがあったが、2006年シーズン中盤以降ほぼダラーラのワンメイク状態になり、2012年シーズンからはシャシーの変更に伴い完全なダラーラのワンメイクである。[1]

2010年から新たに開催されるGP3にもシャーシを供給している[2]2014年からは日本のスーパーフォーミュラにも専用シャシーとしてSF14の供給を開始する予定[3]。2014年よりシリーズを開始する予定のフォーミュラEにおいても、専用マシンの「SRT_01E」のシャシー供給を担当する。

F1におけるダラーラ[編集]

1991年のマシン「ダラーラ・BMS191」。このマシンでJ・J・レートは3位表彰台を獲得した。

F1においてもダラーラはマシンの製造に携わってきたが、1992年を最後にF1でのレースから退いていた。但し、その後もホンダミッドランドとの関係もあった為に幾度となくダラーラがF1へ復帰するという話題が上った。2010年よりヒスパニア・レーシング・F1チームとの技術提携によりF1マシンの製造を行った。これによりダラーラのマシンが18年振りにF1レースの桧舞台に返り咲いた事になる。

スクーデリア・イタリア[編集]

1988年スクーデリア・イタリアと提携する形で参入(- 1992年)。初戦となるブラジルGPではF1マシンの製作・供給が間に合わなかったので、前年に作られて使用されていたF3000用のマシンをF1用に改造を施した「F3087」で参戦した。しかも仮にトラブル無しで決勝を走ったとしても、F1の走行距離を走りきれるだけのガソリンタンク容量を持っていなかったため(当時のレギュレーションでは燃料の途中給油は不可であった)、完走は出来ないマシンであった。1989年カナダGPアンドレア・デ・チェザリス1991年サンマリノGPJ.J.レートがそれぞれ3位表彰台に上がった。1992年はフェラーリエンジンを搭載したマシン「ダラーラ・BMS192」を製作した。しかしエンジンの戦闘力不足に加えてシャーシの性能不足により良い成績を残すことが出来ず、チームは翌年のマシン製作契約を結ばなかった。

ホンダF1[編集]

その後は1998年まではF1の製作を行っていなかったが、1999年ホンダの第3期F1参戦に向けたテストシャーシ「RA099」の製造を担当した。設計はホンダが行い、ダラーラはあくまで製作のみを担当。

MF1レーシング[編集]

18年振りにF1へ帰ってきたダラーラのマシン「F110」。開幕戦までに全くマシンテストが出来なかった為に、実質的なシェイクダウンを開幕戦バーレーンGPで行われた。(写真はブルーノ・セナ

2004年から2005年にかけてMF1レーシング(ミッドランド)と車体の共同開発を進めるものの、2005年半ばには計画が頓挫した。

カンポス(ヒスパニア・レーシング・F1チーム)[編集]

2009年より、2010年のF1選手権に新規参戦を目指していたカンポス・グランプリ(後にヒスパニア・レーシング・F1チーム)と技術提携で合意をした[4]。マシンの製造を行っていたが当時のチームオーナーであったエイドリアン・カンポスが予定していたよりも資金調達が難航して資金不足に陥った為にダラーラ側へ約束していた支払いを滞納させてしまった。その為に一時的に製造を止めていたがホセ・ラモン・カラバンテがチームを買収して「ヒスパニア・レーシング・F1チーム」として再建を果たし、滞納していた支払いもダラーラ側へ支払われ、マシン製造は再開された。それにより開幕戦バーレーンGPまでに製造は急ピッチで行われ、開幕直前の3月4日の発表会にF1マシン「F110」がお披露目された。開幕戦こそ両ドライバーリタイアに終わったものの、第2戦オーストラリアGPではカルン・チャンドックが14位で完走を果たした。その後も完走を続けたものの、ヒスパニア・レーシング側が求めるような満足した結果が無かったなどの諸々の問題もあって5月26日に契約解消されたことが正式にリリースされた[5]。但し、2010年シーズンについては現行通りF110でレース参戦した。

耐久レースにおけるダラーラ[編集]

ロールセントレ・レーシングのダラーラ・SP1(2005年のル・マン耐久シリーズスパ1000kmにて)

耐久レース用スポーツカー車体の供給としてのダラーラも広く活躍している。1980年代初め頃からダラーラは、ランチアLC1(グループ6・プロトタイプ)、LC2(グループCカー)等の製作を担当した。その後、1993年からWSCというIMSAの新カテゴリの為にフェラーリ・333SPのシャシー製作を担当した。この333SPは、同社のフェラーリ・F40等の製造をしたイタリアので行われ、1994年に登場し北米とヨーロッパの両方のレースで多くの勝利を獲得した。その後、フェラーリはダラーラに対してフェラーリ・F50のレースバージョンを開発を依頼するが、このプロジェクトは1998年に中止された。

デイトナ・プロトタイプのダラーラ・DP-01(2008年)

これが起因して、ダラーラはレースに参加する他の自動車メーカーとの契約を確保した。 主なシャシーとしてはトヨタ・GT-Oneアウディ・R8、そしてオレカクライスラーのダラーラ・SP1などである。 これら全ての車はプロトタイプスポーツカーレースにおける競争力、特にアウディ・R8においては、現代の24時間耐久レースにおける最も支配的なシャーシとなり、アメリカン・ル・マン・シリーズ等で大いに活躍した。

上記の通り、アメリカ国内においても非常に支持が高いシャシー製造者であり、特に耐久レースにおいては最も成功している車体製造メーカーの1つといっても過言ではない。

その他[編集]

  • F3000
1987年に「ダラーラ3087」を国際F3000選手権向けに供給。この年が参戦初年度だったフォルティ・コルセと、ユーロベンチュリーニの2チームが使用したが、後者所属のマルコ・アピチェラが一度だけ5位入賞を果たしたに留まり、満足な結果は残せなかった。このマシンが前述のF1初戦に投入されることになる。
  • その他
上記の他に自動車メーカーからの依頼で車体の開発・制作を行った例としては、マセラティ・MC12等も挙げられる。このMC12もGTレース用のシャシーとして開発された。また、KTMの2人乗りスポーツカー、クロスボウの開発にも協力している。

脚注[編集]

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  1. ^ 他のメーカーは、2013年より"エアロパーツ開発"というかたちで参戦する。
  2. ^ “Dallara to supply GP3 chassis in 2010”. racecar-engineering.com. (2009年5月4日). http://www.racecar-engineering.com/news/cars/339980/dallara-to-supply-gp3-chassis-in-2010.html 2009年6月13日閲覧。 
  3. ^ JRP、2014年からの新シャシーをダラーラに決定 - オートスポーツ・2012年9月22日
  4. ^ “カンポス・グランプリとは”. F1-Gate.com. (2009年6月13日). http://f1-gate.com/campos/f1_3849.html 2009年6月13日閲覧。 
  5. ^ “ヒスパニア・レーシング、ダラーラとの提携解消を正式発表”. F1-Gate.com. (2010年5月26日). http://f1-gate.com/hispania/f1_7690.html 2010年5月26日閲覧。 

外部リンク[編集]