ジャン=エリック・ベルニュ
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| 基本情報 | ||||
| フルネーム | Jean-Éric Serge Raymond Vergne | |||
| 略称表記 | VER | |||
| 国籍 | ||||
| 出身地 | フランス, ヴァル=ドワーズ県ポントワーズ | |||
| 生年月日 | 1990年4月25日(23歳) | |||
| F1での経歴 | ||||
| 車番 | 18 | |||
| 所属チーム | トロ・ロッソ '12- | |||
| 活動時期 | 2012- | |||
| 出走回数 | 25 | |||
| 優勝回数 | 0 | |||
| 通算獲得ポイント | 17 | |||
| 表彰台(3位以内)回数 | 0 | |||
| ポールポジション | 0 | |||
| ファステストラップ | 0 | |||
| F1デビュー戦 | 2012年オーストラリアGP | |||
| 2013年順位 | 15位(1ポイント) | |||
| タイトル | 0 | |||
| (記録は2013年第5戦スペインGP終了時) | ||||
ジャン=エリック・セルジュ・レイモンド・ベルニュ (Jean-Éric Serge Raymond Vergne, 1990年4月25日 - )は、フランス出身のレーシングドライバー。
目次 |
来歴 [編集]
ベルニュが10歳の時にレースに参加し、2001年よりカートを始める。同年フランスで開催されたカートの地区大会でチャンピオンを獲得。翌年は連覇はならなかったものの準優勝を果たした。2004年にはフランスのロータックスマックスの125ccジュニアカテゴリで準優勝を果たす。 選手権で次点となった。 2005年にはカートのヨーロッパ選手権・ICAクラスにて準優勝を獲得した。 2006年にはレーシングカート競技の最高峰であるKF1世界選手権ではランキング7位であった。この年限りでベルニュはカートから卒業し、フォーミュラ・ルノーにステップアップする。
2007年より、国内で開催される下位クラスのフォーミュラ・ルノー・キャンパスに出場。10回の表彰台中6度の優勝を果たしチャンピオンを獲得した。この活躍によってレッドブルのジュニアチームに所属するようになり、フランス自動車競技連盟(Fédération Française du Sport Automobile)にも所属することになった。
2008年はフランス国内のフォーミュラ・ルノー 2.0にて6度の優勝を果たしチャンピオンを獲得。また、ウェストヨーロッパカップでも3度の表彰台でランキング4位となった。 2009年も、フォーミュラ・ルノー2.0のヨーロッパ選手権に出場し19度の表彰台と9回の優勝を果たしたもののアルベルト・コスタに競り負け、ランキング2位に終わった。
2010年にイギリスF3にカーリン・モータースポーツから出場。11回のPPと20度の表彰台中11回の優勝を果たしチャンピオンとなった。また、フォーミュラ・ルノー3.5にも6戦出場。4度の表彰台中1回の優勝を果たした。 これらの功績が認められて、レッドブルのF1マシンシミュレーターと、トロ・ロッソのジュニアドライバーテストに2日間参加する権利が与えられた。
2011年はフォーミュラ・ルノー3.5にフル参戦し、4回のPP獲得と9度の表彰台中5回の優勝を獲得しランキング2位となった。フォーミュラ・ルノー3.5の2011年シリーズ終了後、ダニエル・リチャルドが移籍して空いたF1のトロ・ロッソのテストドライバーに就任。韓国GP、アブダビGP、ブラジルGPの金曜フリー走行1回目にを出走し、レギュラードライバーであったセバスチャン・ブエミやハイメ・アルグエルスアリらと遜色ないタイムで走行した。 11月にはレッドブルが日本GPでチャンピオンを獲得した車両であるレッドブル・RB7を運転する機会をアブダビのヤングドライバーテストで与えられ、フェラーリのジュール・ビアンキやマクラーレンのゲイリー・パフェットらを抑え3日すべてファステストラップを記録し、ヤス・マリーナ・サーキットを1:40.188で周回した。
12月14日、同じくレッドブルのサポートを受けているダニエル・リチャルドと共に2012年のF1世界選手権においてレギュラードライバーに昇格した事が発表された[1]。
F1 [編集]
2012年 [編集]
トロ・ロッソの育成プログラムとして、リチャルドとともに参戦。だがこの年のトロ・ロッソのマシンは競争力に欠け、新人のベルニュにとっては厳しい展開が続いた。開幕戦オーストラリアGP11位、第2戦マレーシアGPでは8位初ポイントとまずまずの出だしを見せるも、その後は特に予選でのパフォーマンス不足が目立ち、Q1落ちも多かった。第8戦ヨーロッパGPではケータハムのヘイキ・コバライネンと不用意な幅寄せで接触しただけでなく、傷を負ったマシンで走行を続けパーツをコースに撒いた揚句リタイアに終わり、次戦イギリスGPでの10グリッド降格及び2万5,000ユーロ(約250万円)の罰金という厳罰が科せられた。
シーズン途中、2013年もトロ・ロッソから参戦することが決定した。[2]
F1での年度別成績 [編集]
| 年 | 所属チーム | シャシー | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | WDC | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2011年 | トロ・ロッソ | STR6 | AUS | MAL | CHN | TUR | ESP | MON | CAN | EUR | GBR | GER | HUN | BEL | ITA | SIN | JPN | KOR TD |
IND | ABU TD |
BRA TD |
- | - | |
| 2012年 | STR7 | AUS 11 |
MAL 8 |
CHN 16 |
BHR 14 |
ESP 12 |
MON 12 |
CAN 15 |
EUR Ret |
GBR 14 |
GER 14 |
HUN 16 |
BEL 8 |
ITA Ret |
SIN Ret |
JPN 13 |
KOR 8 |
IND 15 |
ABU 12 |
USA Ret |
BRA 8 |
17位 | 16 | |
| 2013年 | STR8 | AUS 12 |
MAL 10 |
CHN 12 |
BHR Ret |
ESP Ret |
MON |
CAN |
GBR |
GER |
HUN |
BEL |
ITA |
SIN |
KOR |
JPN |
IND |
ABU |
USA |
BRA |
15位 | 1 |
脚注 [編集]
- ^ “ジャン・エリック・ベルニュ 「今年はクリスマスが早めにやってきた!」”. F1 Gate.com. (2011年12月15日) 2011年12月16日閲覧。
- ^ “トロ・ロッソ、リチャルドとベルニュの2013年の残留を発表”. F1-Gate.com. (2012年11月1日) 2013年1月11日閲覧。
外部リンク [編集]
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