ダニエル・リチャルド
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| 基本情報 | ||||
| フルネーム | Daniel Ricciardo | |||
| 略称表記 | RIC | |||
| 国籍 | ||||
| 出身地 | オーストラリア パース | |||
| 生年月日 | 1989年7月1日(23歳) | |||
| F1での経歴 | ||||
| 車番 | 19 | |||
| 所属チーム | トロ・ロッソ '12- | |||
| 活動時期 | 2011- | |||
| 過去の所属チーム | '11 HRT | |||
| 出走回数 | 36 | |||
| 優勝回数 | 0 | |||
| 通算獲得ポイント | 17 | |||
| 表彰台(3位以内)回数 | 0 | |||
| ポールポジション | 0 | |||
| ファステストラップ | 0 | |||
| F1デビュー戦 | 2011年イギリスGP | |||
| 2013年順位 | 12位(7ポイント) | |||
| タイトル | 0 | |||
| (記録は2013年第5戦スペインGP終了時) | ||||
ダニエル・リチャルド(Daniel Ricciardo, 1989年7月1日 - )はオーストラリア・パース出身のレーシングドライバー。フジテレビF1中継など一部のメディアでは「ダニエル・リカルド」と表記されている。
目次 |
来歴 [編集]
9歳でカートを始め、数多くのイベントで経験を積む。2005年、Van Diemen社製の古いマシンで西オーストラリア・フォーミュラ・フォード選手権に参戦し、総合8位。
2006年、Eurasia Motorsportチームからフォーミュラ・BMW・アジア選手権に参加できるスカラシップを獲得。2勝と1ポールポジションを挙げ、総合3位でデビューシーズンを終える。同年8月にはMotaworld Racingチームからフォーミュラ・BMWの1ラウンドに参加する権利を得て、第1レースはリタイアしたものの第2レースで8位入賞。年の終わりにFortec Motorsportチームからフォーミュラ・BMW・ワールド・ファイナルと呼ばれる一戦に参加し、5位入賞。
2007年、Rp Motorsportチームからフォーミュラ・ルノーのユーロカップ、イタリアという2つの選手権に参加。主には後者に力を入れ、前者には14戦中4戦のみの出走となった。イタリアの選手権を表彰台1回、総合7位で終えたが、ユーロカップではポイントを獲得できなかった。
2008年も同シリーズに留まり、その中のユーロカップおよびウエスト・ヨーロッパ・カップに参戦。後者シリーズの初代王者となり、前者でもバルテリ・ボータスに続く総合2位。また、シーズン中盤にはSG Formula's Formula Three Euroseries teamからユーロF3の1ラウンドにスポット参戦。乗って間もないマシンで予選8位のタイムを叩き出す。
2009年、カーリン・モータースポーツからイギリスF3に参戦。6勝し、2位に87ポイントの大差をつけてチャンピオンとなった。オーストラリア人が同選手権を制するのは1989年のデビッド・ブラバム以来である。マカオGPへもここで共に戦ったカーリンのドライバーとして参加。予選レースで6位となるも、決勝ではウォールに接触し1周目でリタイアとなった。またF3のシーズン中、テック1レーシングチームからフォーミュラ・ルノー3.5の1ラウンドにスポット出走。F3を終えた後の10月30日、このテック1レーシングと契約し、フォーミュラ・ルノー3.5への翌年の参戦を決めた。チームメイトはブレンドン・ハートレイ。一方12月初旬、フォーミュラ1の若手ドライバーテストに参加。ヘレス・サーキットで行われた3日間の日程の最終日にレッドブル・レーシングから出走し、他ドライバーに1秒以上の差でトップタイムを記録[1]。翌年1月、レッドブル・レーシングとスクーデリア・トロ・ロッソのリザーブドライバーの座をブレンドン・ハートレイとシェアすることとなった[2]。
2010年はテック1レーシングよりワールドシリーズ・バイ・ルノーに参戦。4勝したが2ポイント差でランキング2位となる。また、リザーブドライバーとしてF1の各グランプリに帯同した。シーズン後のF1若手ドライバーテストではチャンピオンマシンのレッドブルに乗りトップタイムをマークし注目を集めた。
F1参戦 [編集]
2011年はトロ・ロッソのリザーブドライバーとなり、各グランプリに金曜フリー走行1回目に出走したが、イギリスGPからはHRT F1チームのナレイン・カーティケヤンのシートを得て、F1デビューを飾ることになった。レッドブル及びトロ・ロッソのどちらのチームのシートにも空きがないため、レッドブルがシートを買った形である。デビュー直後は苦労したものの、シーズン後半にはチームメイトのヴィタントニオ・リウッツィと遜色ないスピードを発揮するようになった。
2012年はトロ・ロッソのレギュラードライバーとして参戦[3]。チームメイトは同じく初のフル参戦となるジャン=エリック・ベルニュ。レースパフォーマンス自体は比較的安定しており、予選でもベルニュを上回るものがほとんどだったが、最終的な獲得ポイント、リザルトでは共にベルニュを下回り、ドライバーズランキングは18位(ポイントを獲得したドライバーの最下位)に終わった。
また、2013年もトロ・ロッソに残留となり、同チームからの参戦が決定した[4]。
F1での年度別成績 [編集]
| 年 | チーム | シャーシ | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | WDC | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2011年 | トロ・ロッソ | STR6 | AUS TD |
MAL TD |
CHN TD |
TUR TD |
ESP TD |
MON TD |
CAN TD |
EUR TD |
27位 | 0 | ||||||||||||
| HRT | F111 | GBR 19 |
GER 19 |
HUN 18 |
BEL Ret |
ITA NC |
SIN 19 |
JPN 22 |
KOR 19 |
IND 18 |
ABU Ret |
BRA 20 |
||||||||||||
| 2012年 | トロ・ロッソ | STR7 | AUS 9 |
MAL 12 |
CHN 17 |
BHR 15 |
ESP 13 |
MON Ret |
CAN 14 |
EUR 11 |
GBR 13 |
GER 13 |
HUN 15 |
BEL 9 |
ITA 12 |
SIN 9 |
JPN 10 |
KOR 9 |
IND 13 |
ABU 10 |
USA 12 |
BRA 13 |
18位 | 10 |
| 2013年 | STR8 | AUS Ret |
MAL 18 |
CHN 7 |
BHR 16 |
ESP 10 |
MON |
CAN |
GBR |
GER |
HUN |
BEL |
ITA |
SIN |
KOR |
JPN |
IND |
ABU |
USA |
BRA |
12位 | 7 |
脚注 [編集]
- ^ Jerez day three - Ricciardo on top as test ends - Formula1.com・2009年12月3日
- ^ レッドブルのリザーブドライバーにハートレーとリチャルド - Response.jp・2010年1月28日
- ^ “トロ・ロッソ、2012年のリチャルド&ベルニュの起用を発表!”. F1 Gate.com. (2011年12月15日) 2012年12月2日閲覧。
- ^ “トロ・ロッソ、リチャルドとベルニュの2013年の残留を発表”. F1 Gate.com. (2012年11月1日) 2012年12月2日閲覧。
外部リンク [編集]
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