ダニエル・リチャルド

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ダニエル・リチャルド
Daniel Ricciardo.JPG
基本情報
フルネーム Daniel Ricciardo
略称表記 RIC
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
出身地 同・西オーストラリア州パース
生年月日 1989年7月1日(24歳)
F1での経歴
車番 3
所属チーム レッドブル '14-
活動時期 2011-
過去の所属チーム '11 HRT
'12-'13 トロ・ロッソ
出走回数 53
優勝回数 0
通算獲得ポイント 42
表彰台(3位以内)回数 0
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
初戦 2011年イギリスGP
2014年順位 10位 (12ポイント)
タイトル 0
(記録は2014年第3戦バーレーンGP終了時)
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ダニエル・リチャルドDaniel Ricciardo, 1989年7月1日 - )は、オーストラリア西オーストラリア州パース出身のレーシングドライバー。「ダニエル・リカルド」とも表記される。姓の実際の英語発音では「リキャード(もしくはリキヤード)」に近い発音となり、F1ジャーナリストの川井一仁フジテレビのF1中継などにおいて稀に「リキャード」と発音することがある。

来歴[編集]

9歳でカートを始め、数多くのイベントで経験を積む。2005年、Van Diemen社製の古いマシンで西オーストラリア・フォーミュラ・フォード選手権に参戦し総合8位。

2006年、Eurasia Motorsportチームからフォーミュラ・BMW・アジア選手権に参加できるスカラシップを獲得。2勝と1ポールポジションを挙げ、総合3位でデビューシーズンを終える。同年8月にはMotaworld Racingチームからフォーミュラ・BMWの1ラウンドに参加する権利を得て、第1レースはリタイアしたものの第2レースで8位入賞。年の終わりにFortec Motorsportチームからフォーミュラ・BMW・ワールド・ファイナルと呼ばれる一戦に参加し5位入賞。

2007年、Rp Motorsportチームからフォーミュラ・ルノーユーロカップイタリアという2つの選手権に参加。主には後者に力を入れ、前者には14戦中4戦のみの出走となった。イタリアの選手権を表彰台1回、総合7位で終えたが、ユーロカップではポイントを獲得できなかった。

2008年も同シリーズに留まり、その中のユーロカップおよびウエスト・ヨーロッパ・カップに参戦。後者シリーズの初代王者となり、前者でもバルテッリ・ボッタスに続く総合2位。また、シーズン中盤にはSG Formula's Formula Three Euroseries teamからユーロF3の1ラウンドにスポット参戦。乗って間もないマシンで予選8位のタイムを叩き出す。

2009年カーリン・モータースポーツからイギリスF3に参戦。6勝し、2位に87ポイントの大差をつけてチャンピオンとなった。オーストラリア人が同選手権を制するのは1989年のデビッド・ブラバム以来である。マカオグランプリへもここで共に戦ったカーリンのドライバーとして参加。予選レースで6位となるも、決勝ではウォールに接触し1周目でリタイアとなった。またF3のシーズン中、テック1レーシングチームからフォーミュラ・ルノー3.5の1ラウンドにスポット出走。F3を終えた後の10月30日、このテック1レーシングと契約し、フォーミュラ・ルノー3.5への翌年の参戦を決めた。チームメイトはブレンドン・ハートレイ。一方12月初旬、フォーミュラ1の若手ドライバーテストに参加。ヘレス・サーキットで行われた3日間の日程の最終日にレッドブル・レーシングから出走し、他ドライバーに1秒以上の差でトップタイムを記録[1]。翌年1月、レッドブル・レーシングスクーデリア・トロ・ロッソのリザーブドライバーの座をブレンドン・ハートレイとシェアすることとなった[2]

2010年はテック1レーシングよりワールドシリーズ・バイ・ルノーに参戦。4勝したが2ポイント差でランキング2位となる。また、リザーブドライバーとしてF1の各グランプリに帯同した。シーズン後のF1若手ドライバーテストではチャンピオンマシンのレッドブルに乗りトップタイムをマークし注目を集めた。

F1参戦[編集]

2011年はトロ・ロッソのリザーブドライバーとなり、各グランプリに金曜フリー走行1回目に出走したが、イギリスGPからはHRT F1チームナレイン・カーティケヤンのシートを得て、F1デビューを飾ることになった。レッドブル及びトロ・ロッソのどちらのチームのシートにも空きがないため、レッドブルがシートを買った形である。デビュー直後は苦労したものの、シーズン後半にはチームメイトのヴィタントニオ・リウッツィと遜色ないスピードを発揮するようになった。

2012年はトロ・ロッソのレギュラードライバーとして参戦[3]。チームメイトは同じく初のフル参戦となるジャン=エリック・ベルニュ。レースパフォーマンス自体は比較的安定しており、予選でもベルニュを上回るものがほとんどだったが、最終的な獲得ポイント、リザルトでは共にベルニュを下回り、ドライバーズランキングは18位(ポイントを獲得したドライバーの最下位)に終わった。

2013年もトロ・ロッソに残留となり、同チームからの参戦が決定した[4]

マーク・ウェバーの引退に伴い2014年よりレッドブルへの昇格が決定した[5]

F1での年度別成績[編集]

チーム シャーシ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 WDC ポイント
2011年 トロ・ロッソ STR6 AUS
TD
MAL
TD
CHN
TD
TUR
TD
ESP
TD
MON
TD
CAN
TD
EUR
TD
27位 0
HRT F111 GBR
19
GER
19
HUN
18
BEL
Ret
ITA
NC
SIN
19
JPN
22
KOR
19
IND
18
ABU
Ret
BRA
20
2012年 トロ・ロッソ STR7 AUS
9
MAL
12
CHN
17
BHR
15
ESP
13
MON
Ret
CAN
14
EUR
11
GBR
13
GER
13
HUN
15
BEL
9
ITA
12
SIN
9
JPN
10
KOR
9
IND
13
ABU
10
USA
12
BRA
13
18位 10
2013年 STR8 AUS
Ret
MAL
18
CHN
7
BHR
16
ESP
10
MON
Ret
CAN
15
GBR
8
GER
12
HUN
13
BEL
10
ITA
7
SIN
Ret
KOR
19†
JPN
13
IND
10
ABU
16
USA
11
BRA
10
14位 20
2014年 レッドブル RB10 AUS
DSQ
MAL
Ret
BHR
4
CHN
-
ESP
-
MON
-
CAN
-
AUT
-
GBR
-
GER
-
HUN
-
BEL
-
ITA
-
SIN
-
JPN
-
RUS
-
USA
-
BRA
-
ABU
-
10位 12

脚注[編集]

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外部リンク[編集]