ウィル・パワー
| ウィル・パワー Will Power |
|
|---|---|
ウィル・パワー、2009年のインディ500で
|
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 生年月日 | 1981年3月1日(32歳) |
| 出身地 | オーストラリア、クイーンズランド州トゥーンバ |
| 2013年インディカー・シリーズ | |
| デビュー | 2008 |
| 所属 | ペンスキー・レーシング |
| 車番 | 12 |
| 過去所属 | KVレーシング・テクノロジー |
| 出走回数 | 59 |
| 優勝回数 | 14 |
| ポールポジション | 5 |
| ファステストラップ | 0 |
| シリーズ最高順位 | 2nd(2010,2011) |
| ウィル・パワー | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| チャンプカー・ワールド・シリーズ | |
| 活動時期 | 2005-2007 |
| 所属 | ウォーカー・レーシング |
| 出走回数 | 30 |
| 優勝回数 | 3 |
| ポールポジション | 4 |
| シリーズ最高順位 | 4th(2007) |
| 過去参加シリーズ | |
| 1999-2000 2000-01 2002 2002 2003-04 2005 2005/2006 |
クイーンズランド・フォーミュラ・フォード オーストラリアン・フォーミュラ・フォード・チャンピオンシップ オーストラリア・フォーミュラ3選手権 オーストラリアン・ドライバーズ・チャンピオンシップ イギリス・フォーミュラ3選手権 フォーミュラ・ルノー3.5 A1グランプリ |
| 選手権タイトル | |
| 2000 2002 |
クイーンズランド・フォーミュラ・フォード オーストラリアン・ドライバーズ・チャンピオンシップ |
| 受賞 | |
| 2006 | チャンプカー ルーキーオブザイヤー |
ウィル・パワー (Will Power, 1981年3月1日 - ) は、オーストラリアクイーンズランド州トゥーンバ出身のレーシング・ドライバー。現在はインディカー・シリーズにペンスキー・レーシングから参戦している。
目次 |
経歴[編集]
初期[編集]
2000年代に入ってからオーストラリア国内のレースに参加し始める。ウォリックのモーガン・パーク・レースウェイや、スタンソープのカーネル・レースウェイでダットサン1200をドライブした。15歳でプロとしてのキャリアを開始し、オーストラリアン・フォーミュラ・フォード・チャンピオンシップに参戦する。2002年にはオーストラリアン・ドライバーズ・チャンピオンシップ[1]で3度のポールポジション、7勝を挙げシリーズタイトルを獲得した[2]。
2003年にはイギリス・フォーミュラ3選手権に参戦、翌2004年には友人のウィル・デイヴィソンと共にイタリアでミナルディのF1カーをテストした。
2005年はカーリン・モータースポーツからフォーミュラ・ルノー3.5に参戦する。ここで彼は結果を残し、高評価を得ることとなる。彼はシーズンで2勝を挙げ4度表彰台に立つ。また、5度フロントローを獲得した。彼はまた、A1チーム・オーストラリアに選ばれ2005年から2006年のA1グランプリに参戦、開幕戦のブランズ・ハッチで出走し、チームをブラジルに次いで2位に導いた。
チャンプカー[編集]
2005年後半にパワーは「チーム・オーストラリア」(ウォーカー・レーシングが母体)からチャンプカーに参戦、サーファーズ・パラダイスでのレックスマーク・インディ300に出走した。当時フォーミュラ・ルノー3.5のシリーズ途中であったが、そのままチャンプカーに転向し、フォーミュラ・ルノー3.5はシリーズ7位で終えることとなった[3]。このレースでのパワーの走りは力強く、チームメイトのアレックス・タグリアーニと接触しリタイアするまで快走した。サーファーズ・パラダイス戦の後、彼はチームと複数年契約を結び、次戦のメキシコシティでマーカス・マーシャルが「重大な契約違反」のため解雇されるその代役として再び出走した。
2006年はチーム・オーストラリアからフル参戦し、シーズンを通して9度のトップ10フィニッシュ、予選での好結果を挙げた。シーズン最終戦のメキシコでは初の表彰台に上る。彼はルーキーオブザイヤーを獲得し[4]、シーズン6位という成績を達成した。
2008年にはチャンプカーがIRLと統合したことに伴いKVレーシング・テクノロジーに移籍。チャンプカー最後のレースとなったロングビーチ市街地コースを制し、チャンプカー最後の優勝者となった。残りのシーズンは同チームからインディカー・シリーズに参戦。
インディカー[編集]
2009年、ペンスキーに抜擢される。脱税事件の裁判により出場が危ぶまれていたエリオ・カストロネベスに代わるドライバーとしての契約で開幕戦を走ったが、カストロネベスが無罪となり復帰すると、控えドライバーに回り、スポット的な参戦にとどまったが、その中で1勝を記録した。
2010年はペンスキーからフル参戦となり、ロード/ストリートコースで圧倒的な強さを見せ、最終戦までランキングトップを走った。しかしオーバルコースでの成績があだとなり、ベテランダリオ・フランキッティに逆転を許してランキング2位となった。
2011年もペンスキーからフル参戦したパワーは、前年同様ロード/ストリートでの速さを生かしフランキッティと首位争いを見せ、第6戦テキサスではキャリア初となるオーバルコースでの優勝を獲得した。しかしランキング暫定2位で迎えた最終戦ラスベガスで多重クラッシュが発生[5]、レースはキャンセルされたためポイントが与えられず2年連続でランキング2位となった。
2012年もペンスキーから参戦。シーズン前半はアラバマ、ロングビーチ、サンパウロで3連勝を記録しポイントランキング首位を維持した。しかし中盤のオーバルでは不甲斐ない結果に終わり、後半のロード/ストリートでも優勝から遠ざかった。タイトルが懸かった最終戦フォンタナでは55周目に単独スピンでクラッシュ、25位でリタイアすると思われたが、チームがメカニック18人がかりでマシンを修復した。これによりコースに復帰したパワーは周回数を重ね24位に順位を上げた。[6]にしかしランキング2位のライアン・ハンター=レイが4位を獲得したため、3点差のランキング2位に終わった。
レース成績[編集]
ジュニアシリーズ[編集]
(太字はポールポジション)
A1GP[編集]
| シリーズ | 年 | チーム | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | チーム | 順位 | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| A1GP | 2005/06 | AUS |
BRH1 4 |
LAU1 |
EST1 |
ECR1 |
SEP1 |
DUB1 |
DUR1 |
SEN1 |
MON1 |
LAG1 |
SHA1 |
AUS |
13th | 51 |
BRH2 2 |
LAU2 |
EST2 |
ECR2 |
SEP2 |
DUB2 |
DUR2 |
SEN2 |
MON2 |
LAG2 |
SHA2 |
アメリカン・オープンホイール[編集]
| 年 | シリーズ | チーム | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 順位 | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005 | CCWS | ウォーカー・レーシング | LBH |
MTY |
MIL |
POR |
CLE |
TOR |
EDM |
SJO |
DEN |
MTL |
LVG |
SRF Ret |
MXC 10 |
22nd | 17 | ||||||
| 2006 | CCWS | ウォーカー・レーシング | LBH 9 |
HOU 7 |
MTY 11 |
MIL Ret |
POR 18 |
CLE 9 |
TOR 7 |
EDM 6 |
SJO 6 |
DEN 4 |
MTL 5 |
ROA 13 |
SRF 12 |
MXC 3 |
6th | 213 | |||||
| 2007 | CCWS | ウォーカー・レーシング | LVG 1 |
LBH 3 |
HOU 11 |
POR 4 |
CLE 10 |
MTT 3 |
TOR 1 |
EDM Ret |
SJO 4 |
ROA Ret |
ZOL 4 |
ASN 14 |
SRF Ret |
MXC 2 |
4th | 262 | |||||
| 2008 | IndyCar | KVレーシング | HMS Ret |
STP 8 |
MOT1 |
LBH1 1 |
KAN Ret |
INDY 13 |
MIL 14 |
TXS 13 |
IOW 9 |
RIR Ret |
WGL 15 |
NSH 11 |
MDO 4 |
EDM 22 |
KTY Ret |
SNM 25 |
DET 8 |
CHI 5 |
SRF2 Ret |
12th | 331 |
| 2009 | IndyCar | ペンスキー・レーシング | STP 6 |
LBH 2 |
KAN |
INDY 5 |
MIL |
TXS |
IOW |
RIR |
WGL |
TOR 3 |
EDM 1 |
KTY 9 |
MDO |
SNM DNS |
CHI |
MOT |
HMS |
19th | 215 | ||
| 2010 | IndyCar | ペンスキー・レーシング | SAO 1 |
STP 1 |
ALA 4 |
LBH 3 |
KAN 12 |
INDY 8 |
TXS 14 |
IOW 5 |
WGL 1 |
TOR 1 |
EDM 2 |
MDO 2 |
SNM 1 |
CHI 16 |
KTY 8 |
MOT 3 |
HMS 25 |
2nd | 597 | ||
| 2011 | IndyCar | ペンスキー・レーシング | STP 2 |
ALA 1 |
LBH 10 |
SAO 1 |
INDY 14 |
TXS1 3 |
TXS2 1 |
MIL 4 |
IOW 21 |
TOR 24 |
EDM 1 |
MDO 14 |
NHM 5 |
SNM 1 |
BAL 1 |
MOT 2 |
KTY 19 |
LVS C |
2nd | 555 |
- * 現在進行中
- 1 同日開催
- 2 エキシビション・レースのためポイント無し
| 年 | チーム | レース | ポールポジション | 勝利数 | 入賞数 (Non-win) |
トップ10 (Non-podium) |
インディ500 勝利数 |
シリーズタイトル |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 4 | 2 | 59 | 5 | 14 | 22 | 37 | 0 | 0 |
インディ500 成績[編集]
| 年 | シャシー | エンジン | スタート | フィニッシュ | チーム | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2008 | ダラーラ | ホンダ | 23 | 13 | KVレーシング | 完走 |
| 2009 | ダラーラ | ホンダ | 9 | 5 | ペンスキー・レーシング | 完走 |
| 2010 | ダラーラ | ホンダ | 2 | 8 | ペンスキー・レーシング | 完走 |
| 2011 | ダラーラ | ホンダ | 5 | 14 | ペンスキー・レーシング | 完走 |
総成績[編集]
| シリーズ | シーズン | 出走レース数 | ポールポジション | 優勝数 | 入賞数 (Non-win) |
ポイント獲得 (Non-podium) |
チーム | 総ポイント | シリーズタイトル | 最高成績 (シリーズ年度) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| フォーミュラ・フォード | 2 | 28 | 0 | 4 | 5 | 9 | 1 | 304 | 0 | 2nd (2001) |
| フォーミュラ・ホールデン | 1 | 11 | 5 | 7 | 3 | 0 | 1 | 197 | 1 | 1st (2002) |
| オーストラリア・フォーミュラ3選手権 | 1 | 12 | unk | 6 | 4 | 2 | 1 | 204 | 0 | 2nd (2002) |
| V8スーパーカー | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 82 | 0 | 46th (2002) |
| イギリス・フォーミュラ3選手権 | 2 | 42 | 0 | 0 | 6 | 14 | 3 | 151 | 0 | 9th (2004) |
| フォーミュラ・ルノー3.5 | 1 | 15 | 3 | 2 | 2 | 4 | 1 | 64 | 0 | 7th (2005) |
| A1GP | 1 | 2 | 0 | 0 | 1 | 1 | 1 | 16 | 0 | 13th (2005/06) |
| CCWS | 3 | 30 | 4 | 2 | 4 | 24 | 1 | 492 | 0 | 4th (2007) |
| インディカー・シリーズ | 4 | 59 | 5 | 14 | 22 | 37 | 2 | 1698 | 0 | 2nd (2010) |
Complete through 2011.
参照[編集]
- ^ CAMS Online Manual of Motor Sport
- ^ The Series - The Cars Australian Formula 4000 Championship
- ^ 2005 Formula Renault 3.5 World Series Complete Qualifying and Race Results SpeedSport Magazine
- ^ 2006 Roshfrans Rookie Of The Year Standings Champ Car World Series
- ^ パワー自身もこの事故に巻き込まれ軽傷を負ったため、病院に検査入院しその日のうちに退院した。
- ^ 25位でレースを終えた場合の獲得ポイントは10点だが、24位に上がれば12点になる。リタイアした時点でハンター=レイがタイトルを獲得するための条件は6位以上だったが、パワーが24位上がったことでハンター=レイは5位以上でフィニッシュしなければならなくなった。
外部リンク[編集]
| スポーツのタイトル | ||
|---|---|---|
| 先代: ティモ・グロック |
チャンプカー ルーキーオブザイヤー 2006 |
次代: ロバート・ドーンボス |
| 先代: リック・ケリー |
オーストラリアン・ドライバーズ・チャンピオンシップ 2002年 |
次代: ダニエル・ガウント |