ロータスF1チーム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ロータス
エントリー名 Lotus F1 Team
チーム国籍 イギリスの旗 イギリス
チーム本拠地 イギリスの旗 イギリス オックスフォードシャー州エンストン Chipping Norton,OX7 4EE, Whiteways Technical Center
チーム代表者 ジェラール・ロペス (経営者)
テクニカルディレクター ジェームス・アリソン
2014年のF1世界選手権
ドライバー 8.フランスの旗 ロマン・グロージャン
13.ベネズエラの旗 パストール・マルドナド
テストドライバー シャルル・ピック
シャーシ ロータス・E22
エンジン ルノー・エナジー F1-2014
タイヤ ピレリ
F1世界選手権におけるチーム履歴
参戦年度 2012 -
出走回数 39 (78台)
コンストラクターズ
タイトル
0
ドライバーズ
タイトル
0
優勝回数 2
通算獲得ポイント 618
表彰台(3位以内)回数 24
ポールポジション 0
ファステストラップ 5
F1デビュー戦 2012年オーストラリアGP
初勝利 2012年アブダビGP
2013年順位 4位 (315pts)
( ※ : 記録は2013年ブラジルグランプリ終了時 )
テンプレートを表示

ロータスF1チーム (Lotus F1 Team) は、2012年よりF1世界選手権に参戦するイギリスのレーシングチーム。ルノーを前身とし、2011年ロータス・ルノーGPの名で参戦していた。

概要[編集]

イギリスオックスフォードシャー州エンストン(en)に本拠地を置くこのチームは、遡ればトールマン(1981 - 1985年)、ベネトン(1986 - 2001年)、ルノー(2002 - 2010年)という歴史を持つ。2009年シーズンに発覚したクラッシュゲートのスキャンダルによりフラビオ・ブリアトーレパット・シモンズら幹部がチームを去り、ルノーがジニー・キャピタル(en)に株式の大半を売却。2010年よりエリック・ブーリエを代表とする新体制で再出発を図った。同年末にはプロトン傘下のグループ・ロータスが命名権を取得し、新たに「ロータス」のブランドを背負うことになった。

2011年はチーム名をロータス・ルノーGPに変更。コンコルド協定の都合上、コンストラクター名は依然「ルノー」のままだが、ルノーのカスタマーエンジンを搭載するという関係のみとなった(ルノーエンジンのワークス待遇は実質的にレッドブルとなった)。

2011年はマレーシアロータス・レーシングチーム・ロータスを名乗ることになり、「ロータス」の名を持つふたつのチームが参戦する事態となった。「ロータス」の名称使用を巡る訴訟が結審したのち、双方は国際自動車連盟にチーム名変更を申請し、2012年よりチーム・ロータスはケータハムF1チーム(コンストラクター名「ケータハム」)、ロータス・ルノーGPはロータスF1チーム(コンストラクター名「ロータス」)として参戦することになった[1]

2012年4月にはグループ・ロータスとの契約内容を変更し、資金的支援は終了するが、チーム名に関しては少なくとも2017年まではロータスの名を使用することになった[2]

シーズン[編集]

2012年[編集]

ドライバーは2007年のF1チャンピオンであるキミ・ライコネンと、GP2現役チャンピオンのロマン・グロージャンという前年からドライバーを入れ替えたランナップになった。ライコネンは2010年から2011年は世界ラリー選手権に参戦、グロージャンはルノー時代に2009年後半戦を走って以来であり、2人とも2年ぶりのF1復帰となった。ジェローム・ダンブロシオがサードドライバーとして契約した。ラリー参戦中の事故のため2011年シーズンを欠場したロバート・クビサとは関係が終了した[3]

ライコネンの復帰で大きな注目を集めたが、前年から大きく躍進したシーズンとなり、アブダビGPではライコネンがチームの初優勝を上げるなど、2人のドライバーで8回表彰台に上がった。またライコネンは全20戦すべて完走しそのうち19戦でポイントを獲得した結果、ドライバーズランキング3位に入る活躍を見せた。この年のE20はタイヤにやさしく決勝でのタイヤの持ちが良く、その特性を活かし上位入賞を果たしたレースも多かったが、予選一発の速さには欠けていた。またこの年は悪い意味でも注目を集めた。グロージャンが他のドライバーと絡んでのクラッシュを開幕直後から度々起こしていたが、ベルギーGPではスタート直後の大クラッシュの原因となり、次戦イタリアGPの欠場と罰金が科せられた。これを起因として他のドライバーやマスコミからもバッシングを受けるようになってしまった。グロージャンが欠場したイタリアGPではダンブロシオが出走した。

2013年[編集]

ドライバーはキミ・ライコネンとロマン・グロージャンのコンビが前年から継続。マシンも2014年からの大幅変更を鑑み前年度の進化版で挑むこととなった。タイヤにやさしい特性はそのままだったのが幸いし、開幕戦であるオーストラリアGPはライコネンがチームとしては初の開幕戦勝利を挙げた。 ライコネンは1勝を上げたほか表彰台を7回獲得。前年同様予選ではやや一発の速さは劣るがそれでも決勝はタイヤにやさしいマシン特性とドライビングを活用し、一時はレッドブルベッテルとチャンピオンシップ首位争いを繰り広げた。第11戦ベルギーGPでリタイアするまで30戦連続完走、27戦連続入賞を記録し、いずれもミハエル・シューマッハを抜き最多記録を塗り替えた。しかしシンガポールGPで古傷である背中の痛みが再発し、手術のため第18戦アブダビGPと最終戦ブラジルGPの欠場を余儀なくされてしまった。 ライコネンの欠場した2レースでは、代わりにケータハムのリザーブドライバーだったヘイキ・コバライネンが出走した。 また前年「クラッシュキング」「問題児」等と呼ばれ、非難にさらされたグロージャンだったが第5戦モナコGPでトロ・ロッソリカルド相手に派手なクラッシュをしてしまった以降は自身が原因のクラッシュはみられなくなっていく。シーズン前半はあまり速さは見せられなかったが、ピレリタイヤが変更されたシーズン後半は調子を上げていき、第14戦韓国GPから16戦インドGPまで3戦連続で3位表彰台、さらに18戦アメリカGPでは終盤までトップのベッテルを追い詰め自己最高の2位表彰台に上がり、前年とは変わり別人のような安定感を見せた。

2014年[編集]

チーム代表エリック・ブーリエがロータスを辞職し、新しいチーム代表としてジェラール・ロペス (経営者)が就く事が発表された [4] [5]。 ドライバーはチームに貢献してきたライコネンが去り、代わってウィリアムズからパストール・マルドナドが加入[6]してグロージャンとコンビを組むことになった。

変遷表[編集]

エントリー名 車体型番 タイヤ エンジン 燃料・オイル ドライバー ランキング 優勝数
2012年 ロータスF1チーム E20 P ルノーRS27-2012 トタル キミ・ライコネン
ロマン・グロージャン
ジェローム・ダンブロシオ
4 (303pts) 1
2013年 ロータスF1チーム E21 P ルノーRS27-2013 トタル キミ・ライコネン
ヘイキ・コバライネン
ロマン・グロージャン
4 (315pts) 1

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]