ジェローム・ダンブロシオ
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| 基本情報 | ||||
| フルネーム | Jérôme d'Ambrosio | |||
| 略称表記 | DAM | |||
| 国籍 | ||||
| 出身地 | 同・エテルビーク | |||
| 生年月日 | 1985年12月27日(27歳) | |||
| F1での経歴 | ||||
| 活動時期 | 2011-2012 | |||
| 過去の所属チーム | '11 ヴァージン '12 ロータス |
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| 出走回数 | 20 | |||
| 優勝回数 | 0 | |||
| 通算獲得ポイント | 0 | |||
| 表彰台(3位以内)回数 | 0 | |||
| ポールポジション | 0 | |||
| ファステストラップ | 0 | |||
| F1デビュー戦 | 2011年オーストラリアGP | |||
| 最終戦 | 2012年イタリアGP | |||
| タイトル | 0 | |||
ジェローム・ダンブロシオ(Jérôme d'Ambrosio, 1985年12月27日 - )は、ベルギー・ブリュッセル首都圏地域エテルビーク出身のレーシングドライバー。フジテレビF1中継など一部のメディアでは「ダンブロジオ」とも表記されている。又、ラストネームだけを読むならば「アンブロシオ」となる("d'"はミドルネーム)。
目次 |
経歴[編集]
1995年にレーシングカートを始め、モータースポーツの世界に入った。1996年にはミニクラス、2000年にジュニアクラス、2002年フォーミュラAクラスでそれぞれベルギーチャンピオンとなった。
2007年はインターナショナル・フォーミュラ・マスターに参戦。5勝を上げシリーズチャンピオンに輝いた。
2008年、2009年はDAMSよりGP2、GP2アジアシリーズに参戦していた。チームメイトは小林可夢偉。2008年〜2009年シーズンのGP2アジアシリーズでは小林に次ぐシリーズランキング2位の成績を残した。また、GP2では2008年にランキング11位、2009年に9位といずれも小林を上回る成績を残した。
2010年も引き続きDAMSよりGP2に参戦。リバースグリッドによりポールポジションからスタートした第4戦のモナコGP第2レースで、GP2での初優勝を達成した。
F1における経歴[編集]
2010年はルノーのリザーブドライバーとして契約する[1]。ルノーのチーム代表エリック・ブーリエは、ダンブロシオのマネジメントを行うグラビティスポーツマネジメント社の代表でもある。シンガポールGPからブラジルGPの間の3戦ではヴァージンより金曜フリー走行1回目に出走した。最終戦アブダビGP後の若手ドライバーテストではヴァージンとルノーのそれぞれで1日ずつ走行する機会を得た。
2011年はヴァージンにスポンサーを持ち込み、セカンドドライバーとして参戦。開幕戦オーストラリアGPの予選では、107%ルールをギリギリでクリアして22番手から出走し、決勝は4周遅れながらも14位で完走を果たした。第2戦マレーシアGPではリタイアを喫したものの、続く第3戦中国GPでは、予選でチームメイトのティモ・グロックを上回る21番手からスタート。決勝も20位で同じくグロックよりも前で完走した。第5戦スペインGP前には持ち込んだスポンサーの支払いが滞り、シート喪失の可能性があったが、マネジメントを行うグラビティスポーツマネジメントが代金を肩代わりし、この後シーズン終了までシートを脅かされることはなくなった。予選ではチームメイトのグロックに対して4勝15敗と差を付けられるも、決勝ではグロックと遜色ない速さを見せ、ランキングはグロックを上回る24位であった。しかし翌年のシートを確保する資金が足りず、この年限りでヴァージンのシートを失う事になった。
2012年はレギュラーシートを獲得することが出来なかったため、ロータスとサードドライバー契約を結んだ[2]。ロータスは2010年にリザーブドライバーだったルノーが元になったチームであり復帰する形となる。第12戦ベルギーGPで、レギュラードライバーのロマン・グロージャンがスタート直後の複数台が絡むクラッシュの原因となり、次戦イタリアGPの出場停止処分を受けたため[3]、代役としてイタリアGPに出場することになった[4]。結果は予選16位(パストール・マルドナドのグリッド降格により決勝は15番手からスタート)、決勝はKERSの故障もあり13位となった。
2013年はロータスとリザーブドライバーとして契約した。
F1での年度別成績[編集]
| 年 | 所属チーム | シャシー | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | WDC | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2010年 | ヴァージン | VR-01 | BHR | AUS | MAL | CHN | ESP | MON | TUR | CAN | EUR | GBR | GER | HUN | BEL | ITA | SIN TD |
JPN TD |
KOR | BRA TD |
ABU | -位 | - | |
| 2011年 | MVR-02 | AUS 14 |
MAL Ret |
CHN 20 |
TUR 20 |
ESP 23 |
MON 15 |
CAN 14 |
EUR 22 |
GBR 17 |
GER 18 |
HUN 19 |
BEL 17 |
ITA Ret |
SIN 18 |
JPN 21 |
KOR 20 |
IND 16 |
ABU Ret |
BRA 19 |
24位 | 0 | ||
| 2012年 | ロータス | E20 | AUS | MAL | CHN | BHR | ESP | MON | CAN | EUR | GBR | GER | HUN | BEL | ITA 13 |
SIN | JPN | KOR | IND | ABU | USA | BRA | 23位 | 0 |
エピソード[編集]
- 大の甘党であり、イギリスでは定番のプディングであるライスプディングとカスタードが大好物である。それが起因して、英国の有名ブランド「アンブロジア」との連想から、ヴァージンのメカニックに「カスタード」と愛称をつけられた[5]。
脚注[編集]
- ^ “ジェローム・ダンブロシオとホーピン・タン、ルノーとリザーブ契約”. F1-Gate.com. (2010年1月26日) 2012年9月5日閲覧。
- ^ “ジェローム・ダンブロシオ、ロータスのサードドライバーに就任”. F1-Gate.com. (2012年1月25日) 2013年1月29日閲覧。
- ^ “ロマン・グロージャン、1レースの出場停止処分”. F1-Gate.com. (2012年9月3日) 2012年9月5日閲覧。
- ^ “ロータス、ジェローム・ダンブロシオをF1イタリアGPに起用”. F1-Gate.com. (2012年9月5日) 2012年9月5日閲覧。
- ^ “ジェローム・ダンブロオのあだ名は「カスタード」”. F1 Gate.com. (2011年2月9日) 2011年2月10日閲覧。
外部リンク[編集]
- ジェローム・ダンブロシオ公式ウェブサイト
- ジェローム・ダンブロシオ (thereal_jda) - Twitter
- JÉRÔME D'AMBROSIO (Official Fanpage) - Facebook
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