ジェフ・ウィリス

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ジェフリー・ジェフ・ウィリスGeoffrey Geoff Willis1959年12月23日 - )はF1に関する技術者。 イギリスサウサンプトン出身。

経歴[編集]

ケンブリッジ大学機械工学を専攻した後、ミドルセックス州テディントンにある国立物理研究所に勤務し、流体力学(主に水理学)をもとにした多くのイギリスの国防プロジェクトに携わった[1]。この時期にウィリスはエクセター大学にて流体力学博士号を取得した。

1987年にイギリスのアメリカスカップに参加するデザインチームに加わり、サンディエゴで3年間過ごし、コンピュータによる流体力学シミュレーションを手がけた。

1990年代前半にレイトンハウスに技術者としてエイドリアン・ニューウェイと一時共に働き、初期のコンピュータを利用する流体力学の技術者として活動した。

その後、ウィリアムズに移籍し先に移籍していたニューウェイ、エグバル・ハミディと共に流体力学の技術者として働きFW14Bなどのマシンに関わった。1996年にニューウェイが離脱したことに伴い、1997年にエアロダイナミストに昇格し、チーフデザイナーに同じく昇格したギャビン・フィッシャーと共にウィリアムズの技術部門で重要な役割を果たした。

2001年B・A・Rにテクニカルディレクターとして移籍しB・A・R 005B・A・R 006B・A・R 007の設計をした。その後、ホンダがB・A・Rを買収し、2006年6月22日中本修平をシニア・テクニカルディレクターに任命したことで、ウィリスの立場が不明確になった。チームは流体力学を重視するため、ウィリスを流体力学研究グループの長に据えてレースに同行することを止めるように言ったが、ウィリスはそれを不服とし1年後にチームを離脱した。

2007年7月17日レッドブル・レーシングに移籍しニューウェイの下、テクニカルディレクターとして活躍した。[2]

2009年7月10日、レッドブル・レーシングより離脱。

2010年3月4日ヒスパニア・レーシング・F1チームの体制発表会でジェフ・ウィリスの加入が正式発表された。

2011年9月、メルセデス・グランプリのテクノロジー・ディレクターに就任することが決定した[3]

脚注[編集]

  1. ^ テディントンにはマクラーレン風洞実験施設があるが、ウィリスとは無関係である。
  2. ^ Geoff Willis joins Red Bull Technology(Grandprix.com 2007年7月17日記事)
  3. ^ メルセデスGP、アルド・コスタとジェフ・ウィリスの加入を発表 F1-Gate.com 2011年9月30日付

外部リンク[編集]