ラーダ (自動車)

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ウラジーミル・プーチンとラーダ・グランタ

ラーダ英語: Lada, ロシア語: ЛАДА)は、ロシア自動車メーカーであるアフトヴァースが製造・販売を行っている自動車ブランドである。元々は海外向けのブランドで、旧ソビエト連邦では「ジグリ」 (Zhiguli) 名で販売されていたが、現在は内外問わず「ラーダ」ブランドで販売されている。

概要[編集]

ラーダ・2101
ラーダ・2103
ラーダ・2107

1977年に発売されたクロスカントリータイプの「ニーヴァ」は、1980年代から日本にも輸入されていたことがあり、根強いファンがいる。

新型のラーダは西欧乗用車に見劣りしないデザインとなっているが、東側諸国ではソ連製品への嫌悪から、相変わらず「悪い車」の代名詞になってしまっている。しかしながら、価格の安さと整備性(構造が単純なため、壊れてもすぐ直せる)によって、現在も非常に多くの新・旧ラーダが旧ソ連構成国や東欧で使用されている。

なお、ラーダシリーズには旧ソ連時代にロータリーエンジンを製造して市販車両に搭載された車両が存在した事が近年になって知られるようになった。1974年から2002年までロータリーエンジンを搭載したラーダが販売されていたが、冷戦時代にNSUマツダへのライセンス料を支払わずに生産を行っていた関係で、現在アフトヴァーズも表立ってロータリーエンジンの存在をアピールしておらず、ロシア語の言語の壁もあり西側英語圏諸国も含めて、ロシア国外へは未だにその全容が十分に伝わってきていないのが現状である。

2008年、アフトヴァースは販売不振などによりルノーから出資を受けた。今後登場するラーダ車はルノーおよび日産の技術をベースにした車が登場する予定である。2010年にはロシア人F1レーサー、ヴィタリー・ペトロフとの繋がりもありルノーF1とパートナー契約を結んだ。

2012年4月17日、需要の急減を理由にイジェフスク自動車工場 (IzhAvto) での2107の製造を終了した。フィアット・124をベースとする「クラシック」シリーズは42年の歴史に幕を閉じた(ただし、エジプト工場向けに組立キットの製造・供給は引き続き行われる)。なお、IzhAvtoでは8月からグランタの製造を開始する予定である[1][2]


車種一覧[編集]

ラーダ・カリーナ
現行生産車種
過去の製造車種
  • VAZ-2101、VAZ-2102 - フィアット・124ライセンス生産車。
  • VAZ-2103、VAZ-2101の高級版で、フィアット・124スペシャルがベース。
  • VAZ-2104、VAZ-2105、VAZ-2106、VAZ-2107 - VAZ-2101の改良版。海外ではリーヴァ (Riva)、ノヴァ (Nova)、シグネット (Signet)、ライカ (Laika) などの車名で販売された。
  • ラーダ・110111112
  • オカ (Oka, VAZ-1111)

モータースポーツ[編集]

2009年のWTCC日本ラウンドでのラーダ・プリオラ

1975年から80年代中ごろまでの世界ラリー選手権やオンロードカテゴリにおいて先進国車に入り混じりポーランド・ラリーや1000湖・ラリーへスポット参戦しており、近世代においては断続的にWTCCやBTCCで時折活躍を見る事が出来た。

WRC[編集]

ラーダ2105VFTS Gr.B

1975年から78年の1000湖ラリーへ1300、1500。1979年のアクロポリス・ラリーからは21011が投入される。この頃はスポット参戦ながらもポイント圏内にコンスタントに入っており、シリーズフル参戦組の中堅クラスをおびやかす存在でもあった。 1984年から1986年のアークティク・ラリーではグループBへ2105 VFTS、グループAには2105を投入するも周りのマシン性能が飛躍的に上がってきた事もありポイント圏内に入るには至らなかったが各地プライベータの参戦も点在していた。[3]

参照[編集]

  1. ^ С КОНВЕЙЕРА ИЖЕВСКОГО АВТОЗАВОДА СОШЛА ПОСЛЕДНЯЯ "СЕМЕРКА"”. 5 Колесо (2012年4月17日). 2012年5月3日閲覧。
  2. ^ В ЕГИПТЕ ПРОДОЛЖАЮТ СОБИРАТЬ LADA 2107”. 5 Колесо (2012年5月2日). 2012年5月3日閲覧。
  3. ^ Rally Base.nl World Rally Championship Classifications Lada2011年5月3日参照。

外部リンク[編集]