フランツ・トスト

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フランツ・トストFranz Tost, 1956年1月20日 - )は、F1に参戦しているトロ・ロッソチームのチームプリンシパル兼チーム代表である。オーストリア出身。

経歴[編集]

若い時分にはドライバーとして、フォーミュラ・フォードF3に参戦していた過去を持つ。同郷のローランド・ラッツェンバーガーとは親友で、ともに寝泊りしながらサーキットを転戦していた。

その後はスポーツ科学、スポーツ経営について学び、ウォルター・レクナー・レーシングスクールでチームマネージャーとして働いた。

1993年にウィリー・ウェーバーのマネージメント会社に加入し、ウェバーが所有し、かつてはミハエル・シューマッハが所属していたことでも知られるWTSレーシングチームを任され、ドイツF3選手権を戦った。

その後、ラルフ・シューマッハのマネージメントを任され、1996年にはフォーミュラ・ニッポンに参戦するラルフと共に日本へと向かった。

翌1997年、ラルフがF1へとステップアップしたため、トスト自身もF1の世界へと入る。ラルフがウィリアムズチームに移籍することとなると、そのウィリアムズと組んで2000年にF1に復帰することを計画していたBMWと合流し、レースやテストに必要な機材を運ぶトランスポーターの旅程などを決めるトラックオペレーションのマネージメントを任された。以後、2005年の末まで、裏方だが重要なこの仕事を担った。

過去にチームマネージャーとしての実績もあることから、レッドブルにより2006年からトロ・ロッソチームの代表を任され、その後にチームの株式半分を取得したゲルハルト・ベルガーと共にチームの二枚看板として活躍している。

エピソード[編集]

  • ある時、トストはホンダのモーターホームで朝食をとっていた佐藤琢磨に声をかけた。ともにコーヒーを飲みながら談笑していると、佐藤から「あなたの名前は?」と問われた。「フランツ・トストだ。トロ・ロッソでチームプリンシパルをやっているんだが…」。佐藤はトロ・ロッソのチーム代表の顔と名前を知らなかった。
  • 2007年、チームのレギュラードライバーであるスコット・スピードとの確執が噂された。ヨーロッパGPで自身の判断でマシンを止めて、リタイヤ理由の報告を求めるもこれを果たさずに挑発的な態度でその場を立ち去ろうとしたスピードに激昂し、拳を振り上げるという事態に陥った。スピードは直後に解雇され、噂は公の事実となった。

関連項目[編集]