マーティン・ウィットマーシュ

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マーティン・ウィットマーシュ
2006年バーレーングランプリ

マーティン・ウィットマーシュMartin Whitmarsh, 1958年4月29日 -)イギリス出身のモータースポーツ関係者。F1チームマクラーレンの元チーム代表。また、フォーミュラ・ワン・チームズ・アソシエーション (FOTA) の2代目代表を務めた。

経歴[編集]

1980年機械工学専攻した大学を卒業し、構造的な分析技術者としてブリティッシュ・エアロスペース(BAe)(現・BAEシステムズ)のHamble-le-Rice施設にて働きはじめた[1]。その後、ウィットマーシュは複合構造研究開発の役割に昇進して、BAeのウェイブリッジ施設に転勤になった。1988年に、彼はマニファクチャリング・ディレクターとしてホークHarrier Jump Jet機体の生産を担当していた[2]1989年にオペレーション部長(Head of Operations)としてマクラーレンへ転職しBAeを退社した。

1997年に、ウィットマーシュはマネージング・ディレクターとして昇進しF1のオペレーション、パートナー及びスポンサーを管理する役割りだった。2004年4月にF1チームのマクラーレンのCEOに任命され、2005年にはマクラーレン・グループのCOOに任命された。

2009年にチーム代表の座を退くロン・デニスの後任として、3月1日よりマクラーレンのチーム代表に昇格した。

2008年に設立されたFOTAではスポーティング・レギュレーション・ワーキンググループの責任者を務め、2009年末に初代FOTA代表ルカ・ディ・モンテゼーモロが退任した後、2010年よりFOTA代表に就任した[3]

2012年には市販車部門を含むマクラーレン・グループ全体のCEOの座をロン・デニスから引き継ぎ、名実ともにマクラーレン・グループのトップとなったが、2013年シーズンのF1における大不振などの責任を取らされる形で2014年1月にCEOを辞任(後任にはデニスが復帰した)[4]。その後の処遇は明らかではないが、同年3月現在マクラーレンのWebサイトに掲載されている首脳陣リストから名前が消えており、既にチームを去ったものと見られている。

脚注[編集]

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外部リンク[編集]