ルーカス・ディ・グラッシ

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ルーカス・ディ・グラッシ
Lucas Di Grassi 2010 Malaysia.jpg
基本情報
フルネーム ルーカス・ツッチ・ディ・グラッシ
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
出身地 ブラジルサンパウロ
生年月日 1984年8月11日(30歳)
F1での経歴
活動時期 2010
過去の所属チーム '10 ヴァージン
出走回数 19
優勝回数 0
通算獲得ポイント 0
表彰台(3位以内)回数 0
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
F1デビュー戦 2010年バーレーンGP
最終戦 2010年アブダビGP
タイトル 0
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ルーカス・ツッチ・ディ・グラッシLucas Tucci di Grassi , 1984年8月11日 - )ブラジル・サンパウロ出身のF1ドライバー。 身長179cm、体重74kg。

経歴[編集]

カート

1997年から2001年は世界各国のカート選手権に参戦。パンアメリカン選手権チャンピオン、南米選手権チャンピオン、ブラジル選手権チャンピオンと、完全制覇する。

ブラジルフォーミュラルノー

2002年はブラジルフォーミュラルノーで2位。

南米F3

2003年は南米F3に参戦。選手権2位。

イギリスF3

2004はイギリスF3に参戦。選手権8位。この年からルノー・ドライバー・ディベロップメント・プログラムに入る。

ユーロF3

2005年はユーロF3に参戦して選手権3位。その後、マカオグランプリに参戦して総合優勝を果たす。

GP2

2006年からGP2に参戦。2006年はデュランゴチームより参戦。初年度はランキング16位で終える。2007年はARTグランプリから参戦。この年急成長しランキング2位に入る。2008年は第4戦からバルワインターナショナル・カンポスチームから参戦し、初め3戦を欠場していたのにもかかわらずランキング3位となる。この年ついにルノーF1チームのサードドライバーになる。2009年は、レーシング・エンジニアリングから参戦しランキング3位となる。

F1

2008年にルノーのサードドライバーになり、2008年のオフシーズンにホンダのテストに参加。しかしホンダが撤退したためレギュラードライバーのシートは得られず。2009年はGP2に参戦していたが、シーズン中にネルソン・ピケがチームを離脱、サードドライバーのロマン・グロージャンがレギュラードライバーに昇格したためサードドライバーに復帰した。

2009年12月15日、ヴァージン・レーシングと契約したことを発表。2010年のF1世界選手権に参戦することになった。開幕2戦はマシントラブルでリタイアに終わった。第3戦マレーシアGPでは、マシンの燃料タンクの設計にミスがあったために終盤ペースを落としての走行ではあったが自身初となる完走(14位)を果たした。第9戦ヨーロッパGPでは予選で初めてチームメイトのティモ・グロックより前のグリッドを獲得すると、決勝でもグロックより前の17位でフィニッシュした。第16戦日本GPでは久しぶりに予選でグロックの前につけたものの、決勝スタート前のレコンサンスラップ中にクラッシュしスタートできずに終わった。

2011年は本人曰く「スポンサー不足が理由」でヴァージンのシートをジェローム・ダンブロシオに奪われてしまったとのこと[1]。他チームのシートを得ることは出来なかったが、ピレリのテストドライバーに就任した。

フォーミュラE

2013年には、翌年よりシリーズ発足が予定されているフォーミュラEの開発ドライバーに就任し、初年度のワンメイクマシンである「SRT_01E」のテストを担当している[2]

2014年から開幕したFIA フォーミュラE選手権に、アウディ・スポーツ・アプト・フォーミュラEチームから参戦。初戦の北京戦では最終25周目の最後のコーナーで前を走っていた2車がクラッシュした隙にトップでゴール、フォーミュラE初めての勝者となる。

エピソード[編集]

  • 同じブラジル出身のブルーノ・セナとは親友で、ともにトライアスロンに参加したこともある。そのときのチーム名は2人のニックネームを合わせた"Ribs Fat"(あばらの脂肪)。セナがゴーカートで肋骨をすべて骨折したことがあり、グラッソがイタリア語で脂肪の意味であることから、そのようになったらしい[3]

レース戦績[編集]

GP2[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 総合順位 ポイント
2006 デュランゴ VAL
FEA

17
VAL
SPR

16
SMR
FEA

Ret
SMR
SPR

Ret
EUR
FEA

18
EUR
SPR

13
ESP
FEA

12
ESP
SPR

9
MON
FEA

11
GBR
FEA

Ret
GBR
SPR

EX
FRA
FEA

7
FRA
SPR

6
GER
FEA

Ret
GER
SPR

Ret
HUN
FEA

13
HUN
SPR

Ret
TUR
FEA

5
TUR
SPR

9
ITA
FEA

10
ITA
SPR

14
17位 8
2007 ARTグランプリ BHR
FEA

5
BHR
SPR

Ret
ESP
FEA

3
ESP
SPR

3
MON
FEA

5
FRA
FEA

2
FRA
SPR

4
GBR
FEA

4
GBR
SPR

4
EUR
FEA

2
EUR
SPR

6
HUN
FEA

4
HUN
SPR

4
TUR
FEA

1
TUR
SPR

11
ITA
FEA

13
ITA
SPR

4
BEL
FEA

3
BEL
SPR

3
VAL
FEA

Ret
VAL
SPR

13
2位 77
2008 バルワインターナショナル・カンポスチーム ESP
FEA

ESP
SPR

TUR
FEA

TUR
SPR

MON
FEA

MON
SPR

FRA
FEA

2
FRA
SPR

4
GBR
FEA

2
GBR
SPR

2
EUR
FEA

5
EUR
SPR

Ret
HUN
FEA

1
HUN
SPR

10
EUR
FEA

4
EUR
SPR

1
BEL
FEA

20
BEL
SPR

5
ITA
FEA

1
ITA
SPR

11
3位 63
2009 レーシング・エンジニアリング ESP
FEA

Ret
ESP
SPR

10
MON
FEA

4
MON
SPR

4
TUR
FEA

8
TUR
SPR

1
GBR
FEA

2
GBR
SPR

19
GER
FEA

7
GER
SPR

Ret
HUN
FEA

2
HUN
SPR

3
EUR
FEA

19
EUR
SPR

Ret
BEL
FEA

3
BEL
SPR

Ret
ITA
FEA

3
ITA
SPR

2
POR
FEA

3
POR
SPR

15
3位 63

F1[編集]

(※:記録は2010年第19戦終了時)

所属チーム 車番 ランキング 獲得ポイント 決勝最高位・回数 表彰台回数 予選最高位・回数 FL記録回数
2010年 ヴァージン・レーシング 25 24位 0 14位・1回 0回 20位・1回 0回
所属チーム シャシー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 WDC ポイント
2010 ヴァージン・レーシング VR-01 BHR
Ret
AUS
Ret
MAL
14
CHN
Ret
ESP
19
MON
Ret
TUR
19
CAN
19
EUR
17
GBR
Ret
GER
Ret
HUN
18
BEL
17
ITA
20
SIN
15
JPN
DNS
KOR
Ret
BRA
Ret
ABU
18
24位 0

WEC[編集]

所属チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 順位 ポイント
2012 アウディ・スポーツチーム・ヨースト アウディ・R18 ウルトラ LMP1 SEB
SPA
LMN
SIL
SAO
3
BHR
FUJ
SHA
22位 15
2013 アウディ・スポーツチーム・ヨースト アウディ・R18 e-tron クアトロ LMP1 SIL
SPA
3
LMN
3
SÃO
COA
FUJ
SHA
BHR
9位 45
2014 アウディ・スポーツチーム・ヨースト アウディ・R18 e-tron クアトロ LMP1-H SIL
Ret
SPA
2
LMN
2
COA
2
FSW
5
SHA
BHR
SÃO
4位 82

フォーミュラE[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 順位 ポイント
2014-15 アウディ・スポーツ・アプト CHN
1
MAL
URU
ARG
TBA
MIA
LBH
MON
GER
GBR
1位 25

脚注[編集]

外部リンク[編集]