ミハエル・アメルミューラー

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ミハエル・アメルミューラー(2006年)

ミハエル・アメルミューラー(Michael Ammermüller、1986年2月14日- )は、ドイツ出身のレーシングドライバーである。ニックネームは、マイク(Mike)。日本ではアマミュラーアマミューラーとも表記される。

経歴[編集]

レッドブルの契約下にあった育成ドライバーで、2006年はF1レッドブル・レーシングのチーム代表を務めるクリスチャン・ホーナーが所有するアーデン・インターナショナルからGP2に参戦すると共に、F1のレッドブルでテストドライバーを務めた。シーズン終盤はレギュラードライバーに昇格したロバート・ドーンボスに代わってサードドライバーを努め、金曜フリー走行に出走した。GP2では1勝を含む3回の表彰台を獲得し、ランキング11位でシーズンを終えている。

2007年はチームを移籍し、ARTグランプリから同シリーズに参戦。シリーズチャンピオンの有力候補であったが、開幕戦のバーレーンで手首を骨折。復帰戦の第4戦フランス・レース2で6位になり1ポイントを獲得したが、翌第5戦イギリスで再び手首を痛めそのままシートを失った。

2007年ブラジルGPインテルラゴスを走行するアメルミューラー

その後、スコット・スピードに代わって、スクーデリア・トロ・ロッソのF1シートを獲得したセバスチャン・ベッテルの穴を埋める形でワールドシリーズ・バイ・ルノーカーリン・モータースポーツのシートを得た。このようにF1レギュラーシート獲得に向けた最後のステップとして期待された2007年シーズンは、自身のキャリアにとって最悪のシーズンとなってしまったが、F1日本GPでは自身の代役としてレッドブルのリザーブドライバーを務めていたセバスチャン・ブエミスペインバレンシア・サーキットで行なわれたGP2の最終戦とバッティングしてしまったためチームに帯同できず、スーパーライセンスを保有するアメルミューラーが再起用されたが、2007年をもって育成ドライバーから外れた。また、A1グランプリ2007-2008シリーズに第3戦マレーシアGPよりドイツチームからクリスチャン・ベアトリスと共に出場していた。総合8位(アメルミューラー個人では優勝1回)。

2008年インターナショナル・フォーミュラ・マスター(International Formula Master)にアイリス・プロジェクト(Iris Project)から参戦した。総合3位。

2008年から2009年のA1グランプリにもドイツチームからアンドレ・ロッテラーと共に参戦したがチームが全7戦中、後半3戦のみ参戦しか参戦せず、その中の2戦をアメルミューラーが走りチームランキング21位だった。

2012年はヨーロッパで開催されているワンメークレース、ポルシェスーパーカップに参戦している。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]