ハンス=ヨアヒム・スタック

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ハンス=ヨアヒム・スタック
HansJoachimStuck2008.jpg
2008年のスタック
基本情報
国籍 ドイツの旗 ドイツ
出身地 同・バイエルン
生年月日 1951年1月1日(63歳)
F1での経歴
所属チーム '74-'77 マーチ
'77 ブラバム
'78 シャドウ
'79 ATS
活動時期 1974 - 1979
出走回数 81 (74 starts)
優勝回数 0
通算獲得ポイント 29
表彰台(3位以内)回数 2
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
初戦 1974年アルゼンチンGP
初勝利
最終勝利
最終戦 1979年アメリカGP
タイトル 0
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ハンス=ヨアヒム・スタック (Hans-Joachim Stuck, 1951年1月1日-)はドイツ出身のレーシングドライバーで、F1に限らず多くのカテゴリーに参戦した。スタックはドイツの伝説的なドライバー、ハンス・スタックの息子である。スタックが若い頃、父は彼にニュルブルクリンクのドライビングを教え、スタックは1970年ニュルブルクリンク24時間を19歳のときに初制覇した。その後1998年2004年に、BMWで再度ニュルブルクリンク24時間を制した。「ハンス・スタック」とも呼ばれる。姓は「シュトゥック」などと表記されることもある。

人物[編集]

常に気さくでユーモアがあり、長身でブロンドのバイエルン人で、オーストリアに暮らすスタックは、Strietzel(ドイツの細長く甘いパン)のあだ名を付けられた。 また、ウェット路面での運転技術から「レインマイスター」のあだ名も付けられた[1]

1976年のニュルブルクリンクを走るスタック

1972年にスタックはヨッヘン・マスと組み、フォード・カプリ RS2600でベルギーのスパ24時間に勝利を収めた。1974年から1975年にかけて「バットモービル」の異名をとるBMW・3.0 CSLでドイツのDRM(Deutsche Rennsport Meisterschaft)に参戦し、アメリカのレースにはロニー・ピーターソンと組んで参戦し、どちらも大きな成功を収めた。1970年代の後半には、ターボ付きのBMW・320iでレース活動を行った。

マーチBMWに乗りF2で一定の成功を収めると、スタックはF1にもマーチで参戦した。スタックは1974年1月13日にデビューを果たし、通算で81戦のグランプリに参戦した。F1では2度の表彰台を獲得し、通算29ポイントを挙げた。1977年シーズンはスタックがF1で最も成功した年となった。ブラバム・アルファロメオに乗り、ワトキンス・グレンで開催されたアメリカグランプリ では雨の中レースをリードしてみせた。しかし、1978年のブラバムのシートはニキ・ラウダに奪われた。スタックはウィリアムズに加入する機会を逸したが、間もなくウィリアムズは大きな成功を収めた。

194センチの長身により、コクピットが前方に移動されていた1970年代後半のF1マシンはスタックには適さなかった。F1を去らなければ、スタックはロニー・ピーターソンクレイ・レガッツォーニマルク・スレールらと同様、足に大きな怪我を負っていたかも知れない。

スタックは世界中のツーリングカー/スポーツカーレースに参戦を続けた。ポルシェ・962ル・マン24時間レースを2度制し、1990年にはアウディDTMのチャンピオンを獲得した。1997年にはポルシェに戻りル・マン24時間レースに参戦。その後はBMWへの復帰を経て、2008年1月からはフォルクスワーゲングループでモータースポーツ部門の責任者を務めている。

2006年には引退したF1ドライバーを対象として開催されたグランプリマスターズの初のシーズンに参戦。スタックはシーズン前の2005年11月11日から11月13日キャラミで単独開催された同レースで6位を記録した。


F1での生涯成績[編集]

(key)

エントラント シャーシ エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 WDC Points
1974 March Engineering マーチ 741 コスワース V8 ARG
Ret
BRA
Ret
RSA
5
ESP
4
BEL
Ret
MON
Ret
SWE
NED
Ret
FRA
DNQ
GBR
Ret
GER
7
AUT
11
ITA
Ret
CAN
Ret
USA
DNQ
16th 5
1975 Lavazza March マーチ 751 コスワース V8 ARG
BRA
RSA
ESP
MON
BEL
SWE
NED
FRA
GBR
Ret
GER
Ret
AUT
Ret
ITA
Ret
USA
8
- 0
1976 March Racing マーチ 761 コスワース V8 BRA
4
RSA
12
ESP
Ret
BEL
Ret
MON
4
SWE
Ret
FRA
7
GBR
Ret
GER
Ret
AUT
Ret
NED
Ret
ITA
Ret
CAN
Ret
USA
5
JPN
Ret
13th 8
Theodore Racing USW
Ret
1977 Team Rothmans International マーチ 761B コスワース V8 ARG
BRA
RSA
Ret
11th 12
Martini Racing ブラバム BT45B アルファ・ロメオ Flat-12 USW
Ret
ESP
6
MON
Ret
BEL
6
SWE
10
FRA
Ret
GBR
5
GER
3
AUT
3
NED
7
ITA
Ret
USA
Ret
CAN
Ret
JPN
7
1978 Shadow Racing Team シャドウ DN8 コスワース V8 ARG
17
BRA
Ret
RSA
DNQ
18th 2
シャドウ DN9 USW
DNS
MON
Ret
BEL
Ret
ESP
Ret
SWE
11
FRA
11
GBR
5
GER
Ret
AUT
Ret
NED
Ret
ITA
Ret
USA
Ret
CAN
Ret
1979 ATS Wheels ATS D2 コスワース V8 ARG
DNS
BRA
Ret
RSA
Ret
USW
DSQ
ESP
14
BEL
8
MON
Ret
FRA
DNS
GBR
DNQ
GER
Ret
20th 2
ATS D3 AUT
Ret
NED
Ret
ITA
11
CAN
Ret
USA
5

外部リンク[編集]


スポーツのタイトル
先代:
ハーバート・アダムジク
ギア・レース勝者
1980
次代:
マンフレート・ヴィンケルホック
先代:
ヘルムート・グレイナー
ギア・レース勝者
1983
次代:
トム・ウォーキンショー
先代:
ステファン・ベロフ
スポーツカー世界選手権チャンピオン
1985,
with デレック・ベル
次代:
デレック・ベル (1986)
先代:
クラウス・ルドヴィク
パオロ・バリッラ
"ジョン・ウィンター"
ル・マン24時間勝者
1986 with:
デレック・ベル
アル・ホルバート
次代:
デレック・ベル
ハンス=ヨアヒム・スタック
アル・ホルバート
先代:
デレック・ベル
ハンス=ヨアヒム・スタック
アル・ホルバート
ル・マン24時間勝者
1987 with:
デレック・ベル
アル・ホルバート
次代:
ヤン・ラマース
ジョニー・ダンフリーズ
アンディ・ウォレス
先代:
ロベルト・ラヴァーリア
ドイツツーリングカー選手権チャンピオン
1990
次代:
フランク・ビエラ