ハーシム家

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イスラム教

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ハーシム家(الهاشميون al-Hāshimīyūn アル=ハーシミーユーン、英The Hashemites)

1. イスラム教の預言者ムハンマドの曽祖父ハーシム(西暦500年頃没)の一門。クライシュ族に属する。アッバース朝もこの一門から出た。

ハーシムの息子アブドゥル=ムッタリブにはアブドゥッラーフ、アブー=ターリブ、アッバースら息子たちがいた。この内、アブドゥッラーフの息子ムハンマドは男児に恵まれぬまま末娘ファーティマとその夫でアブー・ターリブの息子のアリーとの間にのみ血統が残らなかったため、実質、ハーシム家はアリー家を含むアブー・ターリブ家アッバース家に大きく分けることができる。

アブー・ターリブ家にはアリーの他にジャアファル、アキールの家系があり、アリー家にはファーティマとの間に儲けた二人の息子、ハサンフサインがおり、特にこれをファーティマ家と呼ぶ場合もある。アリー家には他にムハンマド(・ブン・アリー)、アッバース(・ブン・アリー)、ウマル(・ブン・アリー)の家系がある。

ハーシム家をはじめ、預言者ムハンマドやアリーの一族は歴史的にムスリム社会で敬意を受け、さまざまな尊称で呼ばれて来たが、特に預言者の血筋を引くファーティマ、アリー家の人々の場合、おおよそフサイン家の成員をサイイド(シーア派のイマームはこの系統)、ハサン家の成員をシャリーフという尊称が用いられて来た。地域によってはシャリーフのみや、ミール、ハビーブなども使われている。


2. 1.のうち、イスラム教の預言者ムハンマドの孫で、第4代正統カリフアリーとムハンマドの末娘ファーティマとの息子、ハサンの末裔(イスラームの伝統的系譜学上の区分では特に「ファーティマ家」にあたる)であると主張するアラブ王朝10世紀以来、マッカシャリーフ(宗教的指導者)およびアミール(地方総督)を務めていた。

  • 1220年;初代メッカのシャリーフで、ハサンの17世孫といわれるキタダ・イブン・イドリース死去

1921年から現在に至るまで、ヨルダン・ハーシム王国の国王はハーシム家である。

また、同じハサン家出身で現存する王朝にモロッコ王家のアラウィー朝がある。


[編集] ヨルダン・ハーシム家の歴代国王

  1. アブドゥッラー1世(在位:1923年~1951年)
  2. タラール1世(在位:1951年~1953年)
  3. フセイン1世(在位:1953年~1999年)
  4. アブドゥッラー2世(在位:1999年~現在)

[編集] イラク・ハーシム家の歴代国王

  1. ファイサル1世(在位:1921年~1933年)
  2. ガージー(在位:1933年~1939年)
  3. ファイサル2世(在位:1939年~1958年)

[編集] 外部リンク

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