イドリース1世 (イドリース朝)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

イドリース1世(イドリース・ブン・アブド・アッラーフ、? - 793年[1])は、モロッコを支配したイドリース朝の始祖(在位:789年[2][* 1] - 793年[1])で、最後の正統カリフであるアリーの子・ハサンの末裔であった[2]

イドリース1世は、アッバース朝ハールーン=アッラシードカリフであった786年に、メッカ近郊での正統カリフアリー派の反乱(ファフの戦い)で、反乱軍に参加していた[2]。しかし、この戦いに敗れ、そのため鎮圧されるとイドリース1世はエジプトを経て、当時アッバース朝支配下にあったモロッコへ逃亡し、ワリーラ(メクネス付近)に落ち延びた[2]。そこでベルベル人アウラバ族に受け入れられ、789年に宗教的・政治的指導者として認められ、さらに近隣のベルベル人諸部族からも認められて、正式にイドリース朝を建国した[2]

ベルベル人の支持により、中部モロッコのタドラを支配し、さらに790年にはトレムセン地方に進出して勢力を拡大した[2]。そのため793年にハールーン=アッラシードによって送られた刺客により毒殺された[2]。その跡を子のイドリース2世が継いだ[3]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ヒッティ (1983)、pp.208-209. では、788年としている。

出典[編集]

  1. ^ a b 『西アジア史 1』 佐藤次高編、山川出版社〈新版世界各国史〉、2002年、付録、索引、p.4
  2. ^ a b c d e f g 私市 (2002)、p.201
  3. ^ 私市 (2002)、pp.201-202.

参考文献[編集]

先代:
イドリース朝
788年 - 791年
次代:
イドリース2世