パリス・ヒルトン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
パリス・ヒルトン
Paris Hilton
Paris Hilton 2009.jpg
2009年
プロフィール
生年月日 1981年2月17日
現年齢 33歳
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューヨーク市
血液型 不明
公称サイズ(時期不明)
身長 / 体重 173 cm / 52 kg
BMI 17.4
靴のサイズ 28 cm
活動
ジャンル ファッション
モデル内容 一般
他の活動 女優歌手
モデル: テンプレート - カテゴリ

パリス・ホイットニー・ヒルトン(Paris Whitney Hilton, 1981年2月17日 - )はアメリカ合衆国ソーシャライトファッションモデルファッションデザイナー女優歌手

概要[編集]

ホテルチェーン、ヒルトンホテルの創業者一族の令嬢。活動はモデル、デザイナー、女優、歌手、作家と多岐にわたる。セックステープ流出以降(後述)、仕事よりも派手な私生活が取りざたされることが多く、その突飛な言動でゴシップ誌や新聞などを賑わせる「パーティ・ガール」として有名。ラスベガスの地元紙「レビュージャーナル」で25年目となる「ベストオブラスベガス」の2006年版で「最悪なセレブ」に選ばれた [1]。パリス、リンジー・ローハンブリトニー・スピアーズをまとめて「ブリット・パック(Bullitt Pack)」と言う。また、その素行の悪さから「バッドガール(Bad Girl)」とも言われる[2]

2006年8月にギネスブックに「世界で最も過大評価されている人物」として認定された。ギネスブック側によれば、複数の雑誌アンケートをとったところ、読者から「買い被っている」との意見が、どのセレブリティよりも一番多かったという[3]。デビューアルバムのPRのため来日した時、その記者会見でこのことを聞かれて「私にとって大切なのはファン。メディアや批評家から様々な意見が出るが、ファンがどう受け止めるかが大事。」と答えた[4]

パリス自身のメディアでの位置づけが「お騒がせセレブリティ」というものだからか、あまり取り上げられることはないものの、パリスも実際にはヒルトン家が興した癌患者のためのチャリティ財産や難病患者のためのチャリティ財団等の仕事に対して妹とともに取り組んでいる[5]。パリスは自身の仕事や活動を知らないでプライベートのことばかり書き立てられることに頭にきているようで、インタビューなどで世間であまり知られていない自身の勤勉さをアピールしている [6]

2009年頃からパリスの人気低落がメディアで取り沙汰されるようになった。2011年7月にはABCニュースのインタビューで「キム・カーダシアンのような人々に追い抜かれたと思うか」「人気の絶頂は過ぎたと思うか」などと訊かれて気分を害し退席する一幕があった[7]

来歴[編集]

Paris hilton universal photo.jpg

生い立ち[編集]

曽祖父はノルウェー系移民のドイツ系・アメリカ人のヒルトンホテル創業者であるコンラッド・ヒルトン。コンラッドの元妻のザ・ザ・ガボールと同じ奢侈(しゃし)な生活で有名なので、しばしばメディアで比べられる。祖父バロン・ヒルトン、祖父の兄であるコンラッド・ヒルトン・ジュニアの元妻はエリザベス・テイラーだったので、ヒルトン一族は昔からスポットライトを浴びていた。

父親リチャード・ヒルトンはコンラッド・ヒルトンの二男の8人いる子供の6番目。ホテル業とは無関係だが豪邸専門の不動産企業を経営しており[8]、2003年の資産は300億円と言われた。母親キャシー・ヒルトンは"キャシー・リチャーズ"の名で女優として幼い時から活動しており、歌手マイケル・ジャクソンと幼馴染である[9]

母親の妹(パリスからすると叔母)であるカイル・リチャーズキム・リチャーズも女優をしている一面もある。また、ニッキー・ヒルトンと二人でヒルトン姉妹として有名。一回りほど歳の離れた弟が2人いる。

高校生時代から週に数十万円のお小遣いを貰い、週末は自家用ジェット機ビバリーヒルズとニューヨークを行き来しパーティに参加するなど、幼少の頃から豪華な生活を送っていた[10]。彼女が相続する遺産は3000万ドルから5000万ドルの間と推定されている[11]。だが、2007年12月26日に祖父のバロン・ヒルトンが23億ドル(約2530億円)に上る遺産の97%を死後、慈善目的で寄付する意向を示したため、メディアが推定する額より遥かに下回る可能性もある[12]。バロンがパリスの言動により、一族の名が汚されたと激怒していたとされる[13]

ドワイト高等学校中退(後にGEDを修得)。

仕事に関しては禁固刑が影響してか活動契約をしていた大手エージェンシーエンデヴァー・タレント・エージェンシーから契約を2007年6月に打ち切られ、解雇された[14]

キャリア[編集]

Forbes」誌が選ぶCelebrity 100(最も影響力が強い有名人のランキングで、長者番付ではない)によると、彼女自身の年収は2004年に200万ドルで70位[15]、2005年は650万ドルで55位[16][17]、2006年は700万ドルで56位[18]。2007年以降はCelebrity 100に選ばれていない。

ファッションモデル・デザイナー[編集]

幼い頃からモデルとして活動していた。19歳の時に多くのモデル事務所(例えばニューヨークのFord Models、ロサンゼルスのNous Model Mana gement、ロンドンのModels 1AgencyとModel Management)に所属し仕事をした。その後、トミー・ヒルフィガーアイスウォッカクリスチャン・ディオール含む多くの広告に出演した。また「GQ誌」「ヴァニティーフェア」等の一流ファッション雑誌の表紙も飾っている。余談としてファッションモデルでありながら「ワースト・ドレッサー賞」の上位に毎年ランクインしている[19]

今までに幾つかのファッションアイテムのプロデュース、デザインをしている。日本のサマンサタバサと協力し財布のプロデュースをし、2002年から同ブランドのプロモーションモデルを妹のニッキーと共に務めている。その他、Amazon.com.のために宝石のデザインにも取り組んだ。2004年にはParlux Fragrancesと協力し香水をプロデュースした。当初小さなリリースでセットであったため、需要が高く2004年12月以前により広いリリースを必要とした。

女優業・映画プロデューサー[編集]

俳優として映画蝋人形の館」に出演し、2005年ゴールデンラズベリー賞最低助演女優賞 [20]ティーン・チョイスアワード絶叫シーン賞を受賞した。また自身が主演した「プリティ・ライフ パリス・ヒルトンの学園天国」で映画プロデューサーとしてデビューした [21]

ロック・ミュージカル映画「REPO! レポ」に出演する[22]

映画以外ではドラマ「The O.C.」「ヴェロニカ・マーズ」などにセレブリティ役でゲスト出演している。

演技は「どんな役をやってもパリス本人にしか見えない」と評されている[10]

TVパーソナリティ[編集]

シンプル・ライフ[編集]

2003年からアメリカ合衆国で放映されたリアリティ・ショー「シンプル・ライフ」では、ゴージャスなロサンゼルスでの生活を後にしてライオネル・リッチーの娘のニコール・リッチーと共に農場生活をした。ニコール・リッチーになったのは妹のニッキー・ヒルトンに出演を断られたためである。シーズン1開始前がちょうどセックスビデオ流出時期に当たり、メディア露出が増え、番組の宣伝に大いに役立っただけでなく、番組の中で彼女たちは非常識な言動を繰り返し、それがうけて、同じ時間に放映されたブッシュ大統領のインタビュー番組より高い視聴率をとった。この視聴率は当時FOXテレビ中で最高であった。

その後パリスとニコールはシーズン3後に絶交[23]。シーズン4は別々に撮影された[24]。和解後のシーズン5では、再び共演している。その後シリーズは更新されず、打ち切りが発表された[25]。パリスは当番組での姿は演技であることを明らかにし、後にやらせであることも暴露している[26]

パリスはシーズン1だけで6億円の出演料を得たとされる[10]。同番組で大成功を収めたため、依頼が殺到し、出演料も高額になったと伝えられている[27]

Paris Hilton's My New BFF[編集]

2008年からMTVで放送が開始されたリアリティ番組。20人の男女がパリスと一緒に生活しながらパリスの親友の座を巡って争うという内容。タイトルのBFFは「Best Friends Forever」の略語であり、若者の間でとても仲の良い親友を意味する言葉として使われる。日本では『MTV My New BFF〜パリス・ヒルトンのベストフレンドを探せ!〜』というタイトルで放送される。

The World According to Paris[編集]

2011年6~7月にOxygenチャンネルで放送。視聴者数は最大でも40万人[28]と報じられる低迷により、第2シーズンの制作が行われず打ち切りが決定した[29]

歌手[編集]

2006年8月に「Paris」と名付けたアルバムをリリース(日本盤は通常盤が8月、DVD付き限定盤が9月にワーナーミュージック・ジャパンから発売)。製作には、ヒップホップ界の大物スコット・ストーチを迎える。全米でのセールスは16万枚で、ビルボードチャートは最高6位。

セールスが不調だったため、2007年6月にレコード会社から契約を解除された[30]

作家[編集]

2004年の秋に自叙伝的な本「Confessions of an Heiress: A Tongue-in-Chic Peek Behind the Pose」を出版した。伝えられるところによるとパリスは10万ドルを前払いを受けて同作を書いた。

賛否両論あったが同作はニューヨークタイムズベストセラーになった。同作はデイヴィッド・レターマンロバート・マンデルなどによってパロディ化された。

逸話[編集]

人物像[編集]

パリスは「メディアに本当の自分をさらけ出す人なんていないわ。私もこんな赤ちゃんみたいな喋り方はしないし、全部作っているキャラクターよ。」とキャラ設定をしていると発言している[26]。妹のニッキー・ヒルトンも「お姉ちゃんは料理も上手だし家で服とか散らかしているとすぐに怒られるの」とパリスはただ馬鹿なキャラを演じているだけだと証言している。また、ファンサービスは怠らず、2006年8月にデビューアルバムのPRのために来日した際に行われたイベントでは、報道陣のカメラ撮影は禁じたが会場に訪れたフォトグラファーのカメラ撮影は許可した[31]

デーブ・スペクターは「彼女は自分がセレブであることは誰よりも自覚している。『セレブで何が悪いの』って必要以上に卑下しないのが彼女の魅力。いままでにないタイプのセレブ。」と評している[32]

自身を「現代のアイコン」と考えている様で、「現代のマリリン・モンロー」を自称する[33]。また、セックスシンボルとしての自身の存在についても言及している[34]

恋愛[編集]

非常に恋多き女性として知られる。シャナン・ドハーティーの前夫で現在はパメラ・アンダーソンの夫であるリック・ソロモンと付き合っていたが、彼が2人の情事を収めたセックス・ビデオを公に流出させたため、破局。

ミュージシャンではアヴリル・ラヴィーンの元夫であるSum 41デリック・ウィブリー[10]バックストリート・ボーイズのメンバーニック・カーターと交際した [35]ブリンク 182トラヴィス・バーカーとクラブでキス写真を撮られているが、恋仲は否定している[36]

俳優ではヴィンセント・ギャロエドワード・ファーロングと交際した[37]。2009年にはダグ・ラインハルトと交際を始めるが、2010年4月に破局。理由は彼が自分のキャリアの為にパリスを利用していたため。

スポーツ選手ではプロテニスプレイヤーのマーク・フィリポーシス[38]NFLルーキーのマット・ライナートと交際。

モデルでは2002年にジェイソン・ショーと婚約したが、2003年に破局。2012年9月からはスペイン人モデルのリヴァー・ヴィーペリと交際。

その他、企業家でナイトクラブの共同経営者サイ・ウェイツと2011年に交際を始めるものの同年6月に破局。

2005年5月29日にギリシャの富豪の家出身のパリス・ラティスと婚約したが、5ヵ月後に破棄し、破局した(婚姻についての契約書の内容でパリス・ラティスの両親が反対したのが理由)[39][40]。その後同じくギリシア大富豪で、メアリー・ケイト・オルセンのボーイフレンドであったスタヴロス・ニアルコス3世と交際するもの2006年5月に破局。

その後、自分を再発見するという目的で2006年7月に1年間の禁欲を宣言した[41]

2007年10月ごろにピザ屋の宅配のアルバイトをしていたアレックス・ヴァゴーと交際したが、ほどなくして破局したと報じられた[42]。アレックスは元々モデル志望でこの交際をきっかけにモデルデビューが決定した[43]

ニューヨークのクラブでエリシャ・カスバートとキスをしている姿が目撃されているためレズビアン疑惑が浮上したが、「エリシャは妹みたいな存在。私はレズビアンではない」と噂を否定した[44]

2008年3月からグッド・シャーロットのメンバーベンジー・マッデンと交際しており、結婚も噂されていたが[45]、同年11月に破局が報じられた[46]。ちなみに彼は元親友のニコール・リッチーの婚約者ジョエル・マッデンの双子の兄であるため、両カップルが結婚すればパリスとニコールが義姉妹となることから話題となっていた[47][48]

パリス本人は、英雑誌『Glamour』のインタビューで2009年現在までに肉体関係を持った男性は「ほんの2、3人」と語っている[49]

ジャーナリストのジャネット・チャールトンによればパリスが好きなのは旬で億万長者の男性であるが、それよりも好むのは女友達の彼氏であり、恋愛関係の事で女友達と不仲になることは多々あるので、全米で女友達は数えるほどしかいないそう[10]

ペット[編集]

飼っていたチワワが大きくなり過ぎて可愛くないということで母親に育てさせ、別のを購入したため、動物愛護団体に非難された[50]。これが影響して犬専門雑誌が2005年に行った「最悪の飼い主」に選ばれている [51]

2006年8月にペットとして飼っていたキンカジューアライグマ科の小獣)に噛まれ、病院で破傷風の注射を受ける。スポークスマンによると、パリスは「ベイビー・ラヴ」と名付けたキンカジューと遊んでいたところ、じゃれて興奮したキンカジューに左腕をかまれてしまったという[52]

2008年2月11日放送されたトーク番組「エレン・デジェネレス・ショウ」に出演した際にペットを17匹飼っていると明かしたが、ロサンゼルスではブリーダーとして認定されている場合を除き、飼育して良いのは一住所につき4匹までであるため、問題視された。ロサンゼルス動物保護課は翌12日にパリスの自宅を訪れ、調査を行ったが、改築中でパリス本人が不在であったため、後日、再調査することを告知した[53][54]

その他[編集]

ブロンドの髪の毛、ブルーの目というイメージだが、元の髪の毛はダークブラウンで目の色は茶色である。靴のサイズは28cm(アメリカサイズの11)。パリスは自身の足の大きさについて「自分の好きなブランドにとても可愛い靴がたくさんあるんだけど、私のサイズで見るとどれもピエロの靴みたいに見えるの。本当に嫌になっちゃうわ」と語っており、自身の体で最も嫌いな部分として足をあげるなどコンプレックスであると述べている[55]

禁固刑で服役後、インタビューで閉所恐怖症であることを明かしている。また、ADHD(注意欠陥障害)である[56]

アメリカのポップ歌手マイケル・ジャクソンとパリスの母キャシーが幼馴染であり、仲が良かったことからマイケルの長女(Paris Michael Katherine Patricia Jackson)の名前をパリス・ヒルトンからとったという話があるが、マイケルの元妻のデビー・ロウは長女はフランス(首都がパリ(Paris))で生まれたためパリスとつけたと語っているため、真相は不明[57]

主な騒動[編集]

19歳の時に交際していた映画プロデューサーリック・ソロモンと撮ったセックス・ビデオが2003年12月末にインターネット上に流出した。パリスは翌年に映像の配信を行なったパナマを拠点とするインターネット関連会社Kahatani社を名誉毀損など損害賠償3000万ドル(約30億円)を求める訴えを起こした[58]。ポルノ会社のレッドライトディストリクト・ビデオ社がリックからビデオ販売を許可する権利を得て、「One Night in Paris」というタイトルでアダルトビデオ専門店で発売され、アメリカで60万部を売り上げる大ヒットとなった[59]。この一件でパリスは、ファッション・アイコンとしての彼女には興味の薄かった層に対しても、お騒がセレブリティとして一気に知名度を高める結果となり、皮肉にも広く一般にその名を知られることとなった。このビデオは後に歌手P!NKが「Stupid Girls」という曲のPVパロディにして皮肉っている。

2005年5月頃に携帯電話クラッキングされプライベートな写真や登録してあった著名人の電話番号がインターネット上に流出する。後に本件に関わったクラッカーは警察に逮捕された[60]。同じ頃、放映されていたパリスが出演するハンバーガーチェーンカールス・ジュニアのCMが過激すぎると批判され放送中止になった[61]

訴えられることも多い。2006年1月、元恋人のパリス・ラティスの元彼女で女優ジータ・グラフから2005年7月にパリスがでっち上げた話をニューヨーク・ポスト紙にタレこんだとして名誉毀損で1000万ドル(12億円)の賠償金を求められ訴えられた[62]。これは2007年8月末に和解した[63]。2007年11月にはパリスに『ファッションセンスを盗まれ精神的苦痛を受けた』としてカリフォルニア州在住の女性に訴えられる。この女性は自分がヒルトンのインスピレーションになっていると主張し、ヒルトンが盗んだアイデアやコーディネートを2ページにわたって説明した書類を裁判所に提出した[64]。2008年には、2006年公開の主演映画「プリティ・ライフ パリス・ヒルトンの学園天国」の制作会社から約束していた適度なプロモーションと宣伝に参加しなかったとして契約違反で訴えられ、損害賠償として約750万円を要求される。パリスは出演料として約1億円を受け取っているが、制作会社はそれにはプロモーション活動のギャランティーも含まれていると主張している[65]

2006年1月、イベントプロモーターブライアン・クインタナが、パリスによって嫌がらせを受けたり、マスコミに対して自分のことを非難したり、命を脅されたりしたとして、接近禁止を求めた。2006年2月にロサンゼルス裁判所から接近禁止が命じられた。判決後、パリスの弁護士は「(ブライアンの)売名行為。やっかいな人。」と批判している[66]

過去にはパリスが訴えたこともある。グリーティーング・カード会社の最大手ホールマーク社が2007年初めにパリスの顔写真が印刷され、口癖である「That's Hot」が書かれたカードを発売したことに対して、肖像権の不正使用とプライバシーの侵害であると使用差し止めと10万ドル(約1000万円)以上の損害賠償を求めて同社を告訴した。ホールマーク側は同カードは有名人や政治家風刺したシリーズの一環と説明し、「これらのカードは、パリス・ヒルトンを含むセレブリティにまつわるニュースやゴシップを風刺的に扱ったもので、当社はヒルトン氏のいかなる権利も侵害していないと考える。」としている[67]

2008年アメリカ合衆国大統領選挙の候補者であるジョン・マケインは対抗馬のバラク・オバマについてパリスとブリトニー・スピアーズの名前と映像を無断で用いて「国家を導いていくことのできない、ただのセレブリティ」という広告を発表しネガティブキャンペーンを展開。これに対してパリスはコメディサイトFunny or Dieで「私はパリス・ヒルトン、そしてセレブリティです。ただし、あの男性のように年老いてもいなければ、改革を約束してもいません。ただ、魅力的なだけ。ところが、あのシワだらけの白髪の男性が、私をキャンペーン広告に利用したということは、大統領に立候補しろということなのでしょう。白髪のおじさん、おぜん立てをありがとう。アメリカ国民のみなさん、私には国家を導く構えがあります」という反撃とも皮肉ともとれるメッセージを発表した。ちなみに公約内容は、ホワイトハウスをピンク色にするなど、パリスらしいとも言えるジョークが散りばめられているものだった。なお、パリスの両親はマケインに約50万円の寄付をしており、マケインの今回の広告を批判している[68]

自動車運転関連での騒動も多い。2006年6月、パリスが買い物をした帰りに自分の車をバックさせた際、後ろに駐車していた車にぶつかっておきながら、その場から走り去ったこととシートベルト無着用だったことが監視カメラに収められていた映像により発覚した。カリフォルニア州法では、無人の車に対し追突などをした場合、車の持ち主に自分の連絡先などをメモし、その場に残しておくことが義務付けられているため、問題視された。パリスのスポークスマンは「彼女はパパラッチに囲まれ、まぶしいライトを浴びて気が動転していた。駐車場を出る際に係員に自分の連絡先を告げ、追突した車の持ち主に渡すよう手配した。」とコメントしているが、シートベルトの無着用についてはコメントしていない[69]

2006年9月、酒気帯び運転の疑いで逮捕される。その際、にはロッド・スチュワートの娘でファッションモデルキンバリー・スチュワートも同乗していた。これ以前にもスピード違反、当て逃げなどで警察に注意されている[70]

禁固刑[編集]

マグショット

※現地時間で記載

飲酒運転[編集]

2007年1月、飲酒運転をめぐる裁判で危険運転をした罪を認め、3年間の保護観察処分を命じられた。ところが2月、無灯火で走行して警官に停車を命じられ、免停中であることが発覚、保護観察違反に問われていた。米ロサンゼルス地裁は5月4日、保護観察処分の条件に違反したとして、45日間の禁固刑を言い渡し、同年6月5日からロサンゼルス郊外にある刑務所に入るよう命じた[71]

パリスは「広報担当者であるエリオット・ミンツから、免停ではないので、運転しても問題ないと言われた」と主張し続けたが、これは認められなかった。判決後、パリスは「不公平な扱いを受けた、残酷な判決。」と判決が不当であると主張、パリスの母親は「不愉快でナンセンスな判決」「こんなどうしようもない判決は税金の無駄遣い。くだらないわ。」と不快感を露にした[72]

減刑を求めてカリフォルニア州アーノルド・シュワルツェネッガー知事に手紙を送るファンもいたという[73]。またパリス本人もウェブサイトで恩赦を求める署名を呼びかけた。恩赦の要請理由は「(私が)つまらない世界に美と興奮をもたらしているから。」であった[74]。広報担当者であるエリオット・ミンツは、責任を取って辞職するも[75]、数日後にはパリスから要請を受け、再び広報担当者の座についている。

判決直後に45日間も刑務所に入らなくてすむのではないかという報道がなされた[76]。というのはドラマ「LOST」の撮影で滞在していたハワイで飲酒運転と保護観察違反で逮捕され、禁固刑が言い渡されていたミシェル・ロドリゲスが刑務所の人員オーバーのために収容されたその日に出所したという出来事があったためである。ミシェルが入った刑務所とパリスが入る刑務所が同じであるため、パリスも収容から数時間で出所する可能性があると伝えられていたが、結局は23日間と日数が短くなっただけであった。日数が短くなったことでパリス側は控訴を取り下げたため、刑務所入りは確実になった。混乱を避けるために日にちをずらし、2日早い6月3日の午後11時ごろに刑務所に収容された(付き添いは母親と妹)。パリスが収監される刑務所の前には情報を聞きつけたマスコミやパパラッチが大勢詰め掛けていた。混乱を避け、手前の違う刑務所に寄ったため、大半のマスコミは刑務所入りするパリスの姿をとらえることが出来なかった。刑務所入りする様子を唯一撮影したのは、娯楽情報サイトのTMZのみだったと伝えられた。

パリスと契約しているスポーツブランドFILAコリアはパリスが出演した広告を一時自粛を行った。ちなみに同ブランドはパリスと100万ドルで1年間の契約をし、若者人気が高まったとし、FILA側は「満足」としている[77]

パリスの1年間の宣伝効果は100万ドル(1億円)に上り、このことから契約が延長された[78]

収容前の最後の仕事はMTVのイベントで、女性コメディアンのサラ・シルバーマンにネタにされ、下ネタで皮肉られた。また、収監に伴い、マダム・タッソー蝋人形館に展示されているパリスの蝋人形が、白黒ストライプの囚人服に切り替えられた。収監最終日までその衣装で展示された(ただしパリスが実際に着用したのはオレンジ色の囚人服である)[79]

同年6月7日、刑務所から仮出所した。収監から5日目の早期出所で、地元警察は「健康上の理由」と述べている。残りの刑期は自宅謹慎となる予定だったが、「金持ちで有名人だから優遇された」との反発が噴出し、検察も「仮出所を決める権限は郡警察にない」として、地裁に再考を要請していた。結局、地裁は8日、刑務所の独房に戻るよう命じ、仮出所は無効となった[80]

パリスを保釈したとみられるリー・バカ保安官が再び問題となった。バカは相当なセレブリティ好きとして知られており、飲酒運転で逮捕されたメル・ギブソンに対し「あれは事故ではなかった」と証拠品(ビデオや録音テープ)を明かさなかったという過去がある。この他にもセレブリティを保釈したり減刑するかわりに見返りを受け取っていたことがあったため、今回も収賄疑惑が囁かれた[81]

10日にパリスたっての希望によりABCニュースニュースキャスターであるバーバラ・ウォルターズの電話インタビューを受けた。「もうバカなふりは止める」などと述べ反省している旨の発言をした。

26日の午前0時15分頃に出所した。出所したパリスは待ち受けていたマスコミやパパラッチに満面の笑みを見せた[82]

出所後、最初の仕事はラリー・キングが司会を務めるCNN「ラリー・キングライブ」であった。その後、保養旅行と称してハワイに行き、パパラッチに囲まれながらも海水浴やショッピングを楽しんだ。

ニュース番組などで自宅が中継された住所が分かってしまったために、引っ越し、590万ドル(約6億8000万円)の新居を購入した[83]

同年9月に出演したトーク番組『レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』で司会のデイヴィッド・レターマンに禁固刑のことを散々ネタにされた。

薬物所持[編集]

2006年頃から大麻使用疑惑が取り沙汰されている。2005年10月、ミラノ・コレクションのためにイタリアに訪れていた際にパパラッチにバックの中を撮られ、その中に乾燥大麻と思しきものが入っているビニールの小袋があり、これをイギリスのNews of the World紙に掲載された。パリスの広報はパリスは紙巻きタバコを自分で巻いて吸っており、ビニールの中身は煙草の葉であるとコメントした[84]。その後、元交際相手であるニック・カーターが「パリスはセックスに自信を持つためにアルコールとドラッグに頼っていた。常にドラッグを手放さず、海外に行く際はテディベアに穴をあけて、大麻の葉っぱを詰め込んでいた」と証言した。大麻使用疑惑に拍車をかける暴露となったが、彼と彼の弟アーロンの番組の宣伝のための話題作りではないかとも言われた[85]

2007年、パリスの誕生日パーティに招かれたコートニー・ラブが自身のウェブサイトで、パリスとニコール・リッチーが出演する番組「シンプルライフ」で彼女らが子供たちのカウンセラーを務めることに懸念を示した。その理由としてパリスの誕生日パーティに招かれた際に、パリスの自宅のトイレにドラッグが置いてあったからだと暴露した[86]

禁固刑で服役後、初の仕事となった「ラリー・キングライブ」で司会のラリー・キングに「過去の奇行はドラッグによる影響ではないのか」と質問されたが、パリスは今まで一度もドラッグを使用したことがない、使用したことのある強い薬はADHDの薬しかないと答えた。

2010年8月27日の夜、コカイン所持容疑でネバダ州ラスベガスで逮捕された。

パリスがコカイン所持で逮捕されたことを受け、ラスベガスのウィン・リゾート系列のホテル「ウィン・ラスベガス」は、彼女を同カジノホテルへの今後の立ち入りを禁止すると発表した。一方で「ラスベガス・ヒルトン」の広報、ケン・チアンチミーノは、米情報紙「People」に対し、「パリスと私たちの関係の歴史は長く、それゆえに、私たちは彼女がこの大変な時期を乗り越えてくれることを願っています」とコメントを出し、寛大な対応を見せた[87]

同年9月20日、同州裁判所で、ヒルトン自身がコカイン所持罪と公務執行妨害罪を認める司法取引に応じ、禁固1年(執行猶予付き)、罰金2000ドル、社会奉仕活動200時間の刑が確定した。

その直後の9月22日に、丸井の招聘により、自身のファッションブランドのスペシャルパーティ[88]を東京六本木ヒルズで開くため、プライベートジェット機で同21日に来日、成田空港まで到着した。しかし、前述の20日に受けた確定判決により、日本国の出入国管理及び難民認定法第5条1項5号によって、もともとパリス・ヒルトンは日本国に上陸することはできない。東京入国管理局成田空港支局はその事実関係の確認を長時間にわたり続けているうち、イベント当日の22日となってしまい、ヒルトン側から入国申請を取り下げ、そのまま米国へ戻った[89]。当日のスペシャルパーティは実際には開催されたが、主役を欠いた寂しいものであった。

エピソード[編集]

  • イギリスチャールズ王太子手紙を書き、セント・ポール大聖堂で結婚式をさせて欲しいと頼んだ。王室の冠婚葬祭にしか使用できないのだが、パリス曰く「私はアメリカの王族みたいなものだから」。しかし丁重に断られた[90][91]
    • 余談として、パリスは、ある裁判に証人として出廷した際「ロンドンがどこの国にあるのか知らない」と発言している[92]
    • GQ」のインタビューで、英国のブレア首相についてどう思うかと聞かれ、「トニー・ブレアって誰?」と回答した。[93][94]
  • アメリカのコメディアニメ『サウスパーク』の第8シーズン12話「Stupid Spoiled Whore Video Playset」に、同名のキャラクターが登場する。作中のパリスという女性は放送禁止用語を連発し、性的にも無節操で、気に入った子供を2億ドルで親から買い取ろうとしたり、観衆の前でパイナップルを内に挿入するパフォーマンスを披露したりするなど、“非常に好ましからざる人物”として描かれている。今まで飼ってきたペットに何度も自殺されており、その原因も彼女を嫌がってのことという設定である(劇中でも犬が1匹、拳銃自殺を遂げている)。作中のパリスは容姿も現実のパリスとほとんど同じなので、“パリスがモデルのキャラクター”ではなく、まぎれもなくパリス本人である。

語録[編集]

  • 「That's Hot(それってイケてる)」「You're NOT(アンタは違うけど)」パリスの口癖。この言葉はブームになった[要出典]
  • ウォルマートウォールペーパーを売っていると思ってた」「シンプルライフ」内で発言
  • 「彼氏はいらない、ゲイの男友達が欲しい」「ゲイの人たちは面白いし、オシャレだし、たいていは(ストレートの男性より)セクシーだしね」「ホットでかっこいいオトコはみんなゲイなのよ」[95]
  • 「(PLAYBOYのヌードの依頼を断ったのは)だって私はパリス・ヒルトンだから」[96]
  • 「私を知らないの?」[97]
  • 「世界に私の様な存在はいないわ。10年ごとに、象徴的なブロンドが登場すると思うけど、例えば、マリリン・モンローやダイアナ妃の様な。そして、今の時代は私がその存在。ジェシカ・シンプソンがおバカを演じているように、私もバカを演じているだけよ。私達は頭のいいブロンドなのよ」[98][99][100]
  • 「皆は私が誰とでも寝ると思っているみたいだけど、私はそういう女じゃないわ。するのはキスだけよ。」[41] 「私が今までにエッチした相手はほんの2、3人。世間は勝手に話をでっち上げるけど、大抵はキスまでなの。なかなかゲットできないっていうのが肝心だと思うわ。偽物のプラダのバッグなんて欲しい人はいないもの。誰も持っていない、新しくて高価なバッグこそ皆が欲しがるのよ」[49]
  • キャビアは食べない。裕福だと思われたい人が、食べれば良い」[101]
  • 「(同性愛者は世界で最も性欲の強い人たちで)同性愛者はほとんど皆エイズだ」[102]

出演[編集]

映画[編集]

受賞とノミネート、記録など[編集]

女優業[編集]

作品名 結果 カテゴリ
蝋人形の館
(2005)
2006年 MTVムービー・アワード ノミネート 恐怖演技賞
第26回ゴールデンラズベリー賞 受賞 最低助演女優賞
ノミネート 最もうんざりしたダブロイドネタ賞
ティーン・チョイス・アワード 受賞 Choice Movie Scream Scene
ノミネート Choice Movie Breakout Performance - Female
The Hottie and The Nottie
(2008)
第29回ゴールデンラズベリー賞 受賞 最低主演女優賞
REPO! レポ
(2008)
最低助演女優賞
蝋人形の館
(2005)
第30回ゴールデンラズベリー賞 受賞 2000年代最低女優賞
The Hottie and The Nottie
(2008)
REPO! レポ
(2008)

その他[編集]

受賞
2008年 Harvard Lampoon
ウーマン・オブ・ザ・イヤー

記録[編集]

関連項目[編集]

人物[編集]


外部リンク[編集]


脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ reviewjournal.com (2006年). “Worst Celebrity Tourist”. 2008年2月19日閲覧。
  2. ^ ニューズウィーク誌」
  3. ^ BARKS (2006年8月21日). “パリス、ギネス記録に"実力見せる"!?”. 2008年2月19日閲覧。
  4. ^ narinari.com (2006年8月23日). “パリス・ヒルトン来日、デビュー・アルバムをPR”. 2008年2月19日閲覧。
  5. ^ Look To The Stars. “Paris Hilton's Charity Work”. 2008年9月30日閲覧。
  6. ^ シネマトゥディ (2008年2月6日). “パリス・ヒルトン、お騒がせは仕事熱心な証拠?”. 2008年2月19日閲覧。
  7. ^ “パリス・ヒルトンが「落ち目?」と聞かれてインタビュー拒否”. MovieWalker. (2011年7月21日). http://www.news-gate.jp/2011/0721/9/ 2011年11月1日閲覧。 
  8. ^ Hilton & Hyland社HP
  9. ^ エル・オンライン (2004年1月16日). “噂のセレブ、パリス・ヒルトン徹底解剖”. 2008年2月19日閲覧。
  10. ^ a b c d e 2007年9月1日放送「SmaSTATION!!
  11. ^ Postwritersgroup.com (2005年6月15日). “Paris Hilton's Tax Relief?”. 2008年2月19日閲覧。
  12. ^ ロイター通信 (2007年12月27日). “P・ヒルトンの祖父、財産の大半を寄付する意向”. 2008年2月19日閲覧。
  13. ^ NikkanSports.com (2007年12月28日). “ヒルトン家当主、パリスには遺産やらん!”. 2008年2月19日閲覧。
  14. ^ NCR2 (2006年6月12日). “パリス・ヒルトン、所属エージェンシーから解雇される”. 2008年2月19日閲覧。
  15. ^ Paros Hilton ranked55 among the Top100 Celebrities in 2005”. Forbes.com (2004年). 2008年2月19日閲覧。
  16. ^ 2005 Celebrities 100”. Forbes.com (2005年). 2008年2月19日閲覧。
  17. ^ Forbes.com (2005年). “The Celebrityi 100”. 2008年2月19日閲覧。
  18. ^ Paris Hilton, The Top 100 Celebrities”. Forbes.com (2006年). 2011年11月1日閲覧。
  19. ^ ABC(アメリカン・バカコメディ)振興会 (2004年1月14日). “米ワーストドレッサー2004”. 2008年2月19日閲覧。
  20. ^ シネマトゥディ (2006年3月6日). “第26回ラジー賞発表!トム・クルーズ、ニコール・キッドマン、それぞれ受賞”. 2008年2月19日閲覧。
  21. ^ シネマトゥディ (2007年3月30日). “パリスが主演のあまりにお下劣な映画公開される!胸ポロ、排泄物まみれなんでもアリ!”. 2008年2月19日閲覧。
  22. ^ シネマトゥディ (2007年9月21日). “あのYOSHIKIが、パリス・ヒルトンの次回作のプロデューサーに!”. 2008年2月19日閲覧。
  23. ^ シネマトゥディ (2005年4月18日). “ニコール・リッチー、パリスとの仲が険悪で番組降板?”. 2008年2月19日閲覧。
  24. ^ シネマトゥディ (2005年8月3日). “犬猿の仲、パリスとニコールで番組は続行!”. 2008年2月19日閲覧。
  25. ^ シネマトゥディ (2007年8月3日). “パリスとニコールの「シンプル・ライフ」は更新されず”. 2008年2月19日閲覧。
  26. ^ a b シネマトゥディ (2006年7月13日). “パリス・ヒルトン、「シンプルライフ」の姿は演技”. 2008年2月19日閲覧。
  27. ^ シネマトゥディ (2003年12月12日). “P・ヒルトン、高額出演料でひっぱりだこ”. 2008年2月19日閲覧。
  28. ^ “パリス・ヒルトン大ショック! リアリティ番組もう打ち切りへ?”. Techinsight. (2011年8月26日). http://japan.techinsight.jp/2011/08/yokote2011082511090.html 2011年11月1日閲覧。 
  29. ^ “パリス・ヒルトンの新リアリティ番組、1シーズンで打ち切りに”. シネマトゥデイ. (2011年8月31日). http://www.cinematoday.jp/page/N0035008 2011年11月1日閲覧。 
  30. ^ シネマトゥディ (2007年6月8日). “パリス・ヒルトン、レコード会社から契約解除”. 2008年2月19日閲覧。
  31. ^ PJ (2006年8月26日). “「パリス・ヒルトン」がCGMマーケティング実践(上)”. 2008年2月19日閲覧。
  32. ^ ZAKZAK (2006年8月22日). “ハメ撮り流出も動じず…パリス・ヒルトンのプロ"魂"”. 2008年2月19日閲覧。
  33. ^ シネマトゥディ (2008年2月8日). “パリス・ヒルトン、ショッキング・ピンクのドレスで「わたしは現代のモンロー」”. 2008年2月19日閲覧。
  34. ^ MTV (2006年11月2日). “パリス・ヒルトン、セックス・シンボルは公の姿”. 2008年2月19日閲覧。
  35. ^ シネマトゥディ (2004年7月27日). “パリス・ヒルトン、ニック・カーターと破局”. 2008年2月19日閲覧。
  36. ^ ABC(アメリカン・バカコメディ)振興会 (2006年9月11日). “パリスが元BLINK182 トラヴィスとのキス報道を否定”. 2008年2月19日閲覧。
  37. ^ シネマトゥディ (2004年7月13日). “エドワード・ファーロング、酔って大失態”. 2008年2月19日閲覧。
  38. ^ シネマトゥディ (2004年11月2日). “パリス・ヒルトン、マーク・フィリポーシスとの交際認める”. 2008年2月19日閲覧。
  39. ^ シネマトゥディ (2005年6月1日). “パリス・ヒルトン、恋人パリスと婚約”. 2008年2月19日閲覧。
  40. ^ シネマトゥディ (2005年10月3日). “パリス・ヒルトン、婚約解消”. 2008年2月19日閲覧。
  41. ^ a b シネマトゥディ (2006年8月14日). “パリス・ヒルトン、1年間の禁欲を宣言”. 2008年2月19日閲覧。
  42. ^ TSUTAYA online (2007年11月30日). “パリスがピザ・ボーイと復縁?”. 2008年2月19日閲覧。
  43. ^ 週刊セレブ!エル・ガール (2007年10月24日). “パリス、はやくも破局?”. 2008年2月19日閲覧。
  44. ^ シネマトゥディ (2008年2月6日). “パリス・ヒルトン、レズビアンのうわさを否定”. 2008年2月19日閲覧。
  45. ^ シネマトゥディ (2008年4月30日). “パリス・ヒルトン、ベンジー・マッデンと結婚は近い?”. 2008年12月18日閲覧。
  46. ^ シネマトゥディ (2008年11月20日). “パリス・ヒルトン、ベンジー・マッデンと破局”. 2008年12月18日閲覧。
  47. ^ シネマトゥディ (2008年2月29日). “パリス・ヒルトン、新しい彼氏はニコール・リッチーの未来の義弟”. 2008年3月13日閲覧。
  48. ^ シネマトゥディ (2008年3月2日). “パリスの新恋人はグッド・シャーロットのベンジー”. 2008年12月18日閲覧。
  49. ^ a b BARKS (2009年1月10日). “パリス・ヒルトン「今までに寝た男性はほんの2、3人」”. 2009年1月12日閲覧。
  50. ^ シネマトゥディ (2005年8月25日). “パリス・ヒルトン、大きくなりすぎた愛犬は用無し?”. 2008年2月19日閲覧。
  51. ^ シネマトゥディ (2005年12月15日). “パリス・ヒルトン、最悪の飼い主に選ばれる”. 2008年2月19日閲覧。
  52. ^ シネマトゥディ (2006年8月15日). “パリス・ヒルトン、ペットのキンカジューに噛まれて病院へ”. 2008年2月19日閲覧。
  53. ^ BARKS (2008年2月15日). “週刊エンタメ情報・今週の1行ニュース(2008.2.15)”. 2008年2月19日閲覧。
  54. ^ エル・オンライン. “セレブとペットのラブラブ生活”. 2008年3月14日閲覧。
  55. ^ 2008年9月号「GOSSIPS PRESS」
  56. ^ ABC(アメリカン・バカコメディ)振興会 (2006年6月27日). “パリス出所後初インタビュー@CNNでイメチェン!?全然変わっていないパリスに複雑な反応も”. 2008年2月19日閲覧。
  57. ^ Techinsight (2009年7月25日). “【イタすぎるセレブ達】ああ、とんだ勘違い!P・ヒルトン、「マイケルは、アタシに倣って娘に “パリス”と名付けたの。」”. 2009年8月6日閲覧。
  58. ^ エキサイトニュース (2004年2月9日). “パリス・ヒルトン、あのビデオで30億円!!の訴え”. 2008年2月19日閲覧。
  59. ^ ABC(アメリカン・バカコメディ)振興会 (2004年4月23日). “パリス・ヒルトンのあのビデオが遂に販売される事に!!”. 2008年2月19日閲覧。
  60. ^ シネマシネマトゥデイ (2005年2月25日). “パリス・ヒルトンの携帯電話にハッカー”. 2008年2月19日閲覧。
  61. ^ ABC(アメリカン・バカコメディ)振興会 (2005年4月26日). “パリス・ヒルトン出演CMが"セクシー過ぎ"て放送中止に”. 2008年2月19日閲覧。
  62. ^ ABC(アメリカン・バカコメディ)振興会 (2005年5月24日). “パリス・ヒルトンが元婚約者の元彼女から名誉棄損・偽証で裁判沙汰に”. 2008年2月19日閲覧。
  63. ^ MODE PRESS (2007年8月23日). “パリス・ヒルトン、名誉毀損で1000万ドルを請求されていた裁判が和解に”. 2008年2月19日閲覧。
  64. ^ シネマトゥデイ (2007年11月7日). “パリス・ヒルトン、ファッションセンスを盗んだとして訴えられる”. 2008年2月19日閲覧。
  65. ^ シネマトゥデイ (2008年8月13日). “パリス・ヒルトン、訴えられる!映画のプロモーションをさぼった”. 2008年8月31日閲覧。
  66. ^ ABC(アメリカン・バカコメディ) (2006年2月7日). “パリス・ヒルトンが38歳男性への接近禁止命令を受ける”. 2008年2月19日閲覧。
  67. ^ ロイター通信 (2007年9月9日). “P・ヒルトン、肖像の無断使用でカード会社を訴える”. 2008年2月19日閲覧。
  68. ^ バラエティジャパン (2008年8月7日). “米大統領マケイン候補の対抗馬にパリス立候補!?広告キャンペーンめぐり舌戦過熱”. 2008年9月4日閲覧。
  69. ^ シネマトゥディ (2006年6月15日). “パリス・ヒルトン、駐車場で後逃げの瞬間をビデオに撮られる”. 2008年2月19日閲覧。
  70. ^ シネマトゥディ (2006年9月8日). “パリス・ヒルトン、酒気帯び運転で逮捕される”. 2008年2月19日閲覧。
  71. ^ シネマトゥディ (2007年5月7日). “パリス・ヒルトン、刑務所に45日間の実刑判決”. 2008年2月19日閲覧。
  72. ^ シネマトゥディ (2007年5月9日). “パリス・ヒルトン、刑務所行きに「私がこんな目にあうなんて不公平」”. 2008年2月19日閲覧。
  73. ^ シネマトゥディ (2007年5月17日). “アーノルド・シュワルツェネッガー、忙しすぎてパリス・ヒルトンに構ってられない”. 2008年2月19日閲覧。
  74. ^ 2007年6月7日「毎日新聞」
  75. ^ MODE PRESS (2007年5月8日). “パリス・ヒルトンが無免許運転にいたった経緯をマネージャーが説明”. 2008年2月19日閲覧。
  76. ^ シネマトゥデイ (2007年5月11日). “パリス・ヒルトン、あっという間に出所の可能性”. 2008年2月19日閲覧。
  77. ^ MODE PRESS (2007年6月1日). “FILA、パリス起用広告一時自粛”. 2008年2月19日閲覧。
  78. ^ MODE PRESS (2007年11月9日). “パリス・ヒルトン訪韓、FILAコリアと契約延長”. 2008年2月19日閲覧。
  79. ^ MODE PRESS (2007年6月5日). “囚人服を着たパリス・ヒルトンの蝋人形がお披露目される”. 2008年2月19日閲覧。
  80. ^ シネマトゥデイ (2007年6月11日). “パリス・ヒルトン、45日間拘置に「イヤよぉーっ!」”. 2008年2月19日閲覧。
  81. ^ シネマトゥデイ (2007年6月11日). “パリス・ヒルトン号泣!刑務所に連れ戻される”. 2008年2月19日閲覧。
  82. ^ シネマトゥデイ (2007年5月7日). “刑期半分で出所したパリス・ヒルトン、母親と抱擁かわす”. 2008年2月19日閲覧。
  83. ^ シネマトゥデイ (2007年9月11日). “パリス・ヒルトン、590万ドルで新居を購入”. 2008年2月19日閲覧。
  84. ^ BARKS (2006年10月15日). “パリス・ヒルトン、英紙で大麻疑惑報じられる”. 2008年2月20日閲覧。
  85. ^ BARKS (2006年10月29日). “ニック・カーター、パリスのドラッグ使用を暴露”. 2008年2月20日閲覧。
  86. ^ BARKS (2007年3月11日). “パリス・ヒルトンのドラッグ使用をコートニーが暴露”. 2008年2月20日閲覧。
  87. ^ パリス・ヒルトン、ウィン・リゾート系列ホテルへ出入り禁止に”. ウーマンエキサイトニュース (2010年9月3日). 2010年10月9日閲覧。
  88. ^ パリスヒルトン来日イベントフェア
  89. ^ パリス“白旗”帰国、入国審査に「疲れた」”. サンケイスポーツ (2010年9月23日). 2010年10月9日閲覧。
  90. ^ シネマトゥデイ (2005年7月22日). “パリス・ヒルトン、ロイヤルウエディングの夢は実現ならず”. 2008年2月19日閲覧。
  91. ^ ABC(アメリカン・バカコメディ)振興会 (2005年7月16日). “パリス・ヒルトン本当に手紙を書いていた!…が、夢のロイヤル・ウエディングを断られる”. 2008年2月19日閲覧。
  92. ^ OPICON STYLE (2006年1月25日). “お騒がせパリス・ヒルトン訴えられる”. 2008年2月19日閲覧。
  93. ^ ただしこれについては、そもそもロンドンがイギリスの首都であることを知っているアメリカ人などごくごく稀であり、更にその場所まで知っているアメリカ人となるとほぼ変人か専門家のみ、ごく特異な分野の学習者を除けばアメリカ人の大多数は首相の名はおろかイギリスの場所すら知らないため、この反応はあくまで一般的なアメリカ人のそれであるにすぎず、パリスに殊更に特有のエピソードとして語られるものではない。
  94. ^ Sacrés Américains! Nous, les Yankees, on est comme ça ISBN 4-88008-337-2 - テッド・スタンガー
  95. ^ アメリカのゲイ専門雑誌「OUT」でのインタビューでのコメント、カバーガールも務めた。
  96. ^ PLAYBOY誌」からのヌードになるオファーを断った理由を聞かれた際に発言
  97. ^ エルトン・ジョン主催のチャリティパーティで入場の際に寄付金を求められた際に発言。
  98. ^ シネマトゥデイ (2008年2月18日). “パリス・ヒルトン、ショッキング・ピンクのドレスで「わたしは現代のモンロー」”. 2008年12月18日閲覧。
  99. ^ ABC(アメリカン・バカコメディ)振興会 (2006年7月16日). “パリス・ヒルトンはなんと「私は伝説的ブロンド美女マリリン・モンロー」だと思っている!”. 2008年2月19日閲覧。
  100. ^ 自身が起した騒動について聞かれたインタビューでの発言。尚、マリリン・モンローの頭髪は実際はダーク・ブラウンであり、ブロンドはである。パリスの地毛もダーク・ブラウン。なお、瞳もブラウンだが、カラーコンタクトでブルーアイに見せている。
  101. ^ 著書「Confession of ann air reply」
  102. ^ ロイター(2012年9月21日)[http://jp.reuters.com/article/entertainmentNews/idJPTYE88K04A20120921 パリス・ヒルトン、同性愛者への問題発言が流出 ]