外国語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

外国語(がいこくご、foreign language[1])とは、外国で使われている言語のことである[2]

概説[編集]

外国語とは外国で使われている言語のことである。

例えば、イギリス人にとってはイタリア語スペイン語ポルトガル語フランス語ドイツ語スウェーデン語ロシア語アラビア語中国語朝鮮語日本語… 等々は外国語である。また、フランス人にとっては、英語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語、ロシア語、アラビア語、中国語、朝鮮語、日本語 等々は外国語である。

日本人にとっては、基本的に日本語以外は全て外国語である。つまり日本人にとっては朝鮮語、中国語、ベトナム語、ロシア語、アラビア語ギリシア語、ハンガリー語、ブルガリア語、イタリア語、スペイン語、フランス語、英語、ドイツ語、オランダ語、ポーランド語、スウェーデン語、フィンランド語 等々等々はどれも外国語である。

ただし、日本人といっても日系人にとっては事情は異なり、日系ブラジル人にとってはブラジル語(ブラジル流のポルトガル語)は外国語ではない。特に日系ブラジル人2世、3世~にとっては、ブラジル語は自国語である。日系ペルー人 2世、3世~にとっても、スペイン語は自国語である。

なお、「外国語」と言っても、どの程度理解しづらいか、ということは、自国語とその外国語との言語学的な姻戚関係の深さにもよる。たとえばスペイン人にとっては、ドイツ語、英語、イタリア語、フランス語等はたしかに定義としては「外国語」なのだが、このうちイタリア語(やフランス語)関しては、「外国語」ではあっても、特に学習しなくても、声を聞いていると文章の意味のおおよそは分かる、と言われる(つまり、文章のおおまかな意味の「聞き取り」はできる)。というのはイタリア語、スペイン語、フランス語はともにローマ帝国の言葉であるラテン語が、同帝国が支配した広大な地域の中で分化したもの(一種の方言)がルーツであり、今も伊・西・仏語には共通の痕跡やそっくりの形の語彙が非常に多数残っているためである。ただし、話すことに関してはある程度学習しないとやはりできない。

なお「外国語」と対比的な概念、つまり自国の言語は「自国語」や「母国語」と言う。

外国語学習[編集]

ヨーロッパでは外国語学習は行われている。

イギリス人がフランス語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、ドイツ語 等々を学んだり、 フランス人がスペイン語、イタリア語、英語、ドイツ語等々を学んだり、ドイツ人が英語、フランス語 等々を学ぶということは行われている。

先進諸国の中で外国語の学習意欲が特に低い国がある。それは米国である。米国が軍事力や経済力によって世界の広い領域で影響力をふるったので米国英語が、(十分ではないにしろ、かろうじてでも)通じる地域はかなり多いので、ほとんどの米国人にとっては、わざわざ外国語を学ぶだけの意欲が出ないらしいのである。米国人は概して「語学音痴」だと言われている。

現在、中国人では、大学で英語や日本語を学ぶ人は多い。

日本における外国語学習[編集]

その時々の世界情勢、日本が主に交流している国を考慮しながら、人々は学習する言語を選んできた。

例えば江戸幕府が鎖国政策を敷いていた時でも出島は設置し、最初はポルトガルと交易したので、ポルトガル語を学ぶ人は多かった。後にオランダと交易するようになり、外国語を学んでいる人の大部分はオランダ語を学んでいた。幕末では主としてオランダ語が学ばれていた。たとえば福沢諭吉もオランダ語を学び、オランダ語通訳として働いて、海外との人脈を作ったり海外からの情報を得ていた。だが、米国が日本と日米修好通商条約を結ぶと、主たる貿易相手・交流国は米国となってしまい、日本にやってきた米国人相手に、習得済みのオランダ語で話しても全く通じないという危機的状況に陥り、しかたなく英語を学び直すはめになった。

明治維新で政権を握った人々は、西欧のどの国の制度を模倣するかということで、様々な意見を言う人々がいた。フランスイギリスの諸制度を取り入れるべきだという人々がいた。こういう人々はフランス語や英語を特に学んでいた。またドイツ帝国(やプロイセン)から諸制度を取り入れるべきだと言う人々もいた。こういう人はドイツ語を学んでいた。

いくつかの方向性があったのである。

たとえば、法政大学の前身には1880年開設の東京法学社(のち東京法学校)および1886年開設の東京仏学校があり、フランス語を学び、フランス系の法学を日本にもたらす役割も果たしていた。また、たとえば1883年に設立された獨逸學協會學校ではドイツ語が学ばれていて、ドイツ系の法学も日本に伝えられることになった。

政治的な闘争が起き、結果として伊藤博文などが権力を握り、他派の追い落としを行い、ドイツ帝国(特にプロイセン)を模倣する方向で進めることにしたので、結果として日本ではドイツ語の学習が盛んになった。この時代、医学を学ぶ人も主としてドイツ医学から学び、そのためもっぱらドイツ語を学んでいた(英語は全然学習しない人も多かった)ので、現在でも医療関係用語には患者を「クランケ」と言うなど、ドイツ語がいくつも残っている。あと、イギリスの制度や情報を取り入れるべく、英語の学習も行われていた。また日本の北側にはロシアがあり、隣国のひとつで交流・交易もあったので、ロシア語の学習や制度等の研究もそれなりに行われていた。

第二次世界大戦下

英語は「敵性語」として禁止され、学ばれなくなった。

第二次世界大戦後

米国の軍が進駐し、米軍基地ができ、実質的に日本は米国の支配下にはいったので、英語が盛んに学習されるようになった。その後、日本は米国の同盟国になり「日本は、ハワイ州につぐ米国の州」などと言われるいわれるような状況であり、すっかり米国の影響下に入っているので、米国の言葉、つまり英語(米国語)の学習・教育が盛んに行われるようになった。

現在の日本の学校での外国語学習

日本では現在、小学校から英語教育が行われている。

中等教育中学校高等学校中等教育学校)においては、原則的に英語が学習されている。 ただし私立の高等学校の中には、英語ではなく(あるいは英語に加えて)フランス語ドイツ語中国語朝鮮語などの外国語を学ぶことができる学校もある。

センター試験受験者数の比率としては、2011年度の受験者で英語が519538人で、中国語392人、朝鮮語163人などである[3]

大学になると、外国語学部を設置している大学であれば、その外国語学部で様々な言語を学ぶことができる。また外国語に特化している大学では多種類の言語を学べるようになっている場合がある。例えば東京外国語大学では、あらかじめ選択することで英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語、中国語、朝鮮語、モンゴル語、インドネシア語フィリピノ語タイ語ラオス語ベトナム語カンボジア語ウルドゥー語ヒンディー語アラビア語トルコ語 等々等々を学ぶことができ、さらに、もっとマイナーな言語、一般の人では名前(言語名)すら聞いたこともないような言語についても資料・教材等があり学習できる場合もある。

なお、外国語以外を専門とする学生は、1~2ケ国語程度を学ぶにとどめるのが一般的である。カリキュラムもそのように編成してあることが多い。各人の学ぶ外国語に重みづけをさせて「第一外国語」「第二外国語」などと区別させている大学も多い。

何を第一外国語とするかは、規則としては「自由」としていることは多い。が、第二次世界大戦で日本が敗戦して米国の進駐軍に駐留されていらい日本は米国と密接な関係が強く英語の影響力が強いので、統計的に見ると第一外国語は英語が選ばれることが多い。戦後、英語に加えてフランス語ドイツ語などのヨーロッパの言語を学ぶ人が多かった。歴史や芸術を専門としているような人はフランス語を学ぶことで、その学問領域で重要な書籍を読むことができるようになった。

最近では、中国が経済力をつけてきたのでそれにあやかって仕事などに役立つことを期待して中国語を学ぼうとする人も増えた。また朝鮮語を学ぶ人も増えている。

脚注[編集]

  1. ^ 研究社和英中辞典【外国語】
  2. ^ 広辞苑【外国語】
  3. ^ 平成23年度センター試験(本試験)平均点等一覧

関連項目[編集]