ビル・タウィール

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ビル・タウィール
بيرطويل
ビル・タウィールの位置(エジプト内)
ビル・タウィール
ビル・タウィール
座標: 北緯21度52分14秒 東経33度44分14秒 / 北緯21.87056度 東経33.73722度 / 21.87056; 33.73722
無主地
面積
 - 計 795.4mi2 (2,060km2)
等時帯 EST (UTC+2)
 - 夏時間 +3 (UTC)

ビル・タウィールبيرطويل 、ラテン文字転写 :Bir Tawil or Bi'r Tawīl)は、エジプトスーダンの国境地帯にある地域。この地域は、いずれの国家によっても領有権が主張されていない無主地 (Terra nulliusである。

地理[編集]

米軍作成の地図(1960年)。境界線に囲まれているのがビル・タウィール

この地域は砂漠地帯にあり、境界線はすべて直線で構成されている。北の境界線は北緯22度線であり、その長さは95kmにわたる。南の辺は Jabal Bartazuga (標高410m)と Jabal Hesmet 'Omar (標高570m)を結んでいる。

地域の北部には、ターウィル山(جبل طويل / Jabal Tawil、標高459m)、東部には Jabal Ḩajar az Zarqā'(標高662m)が聳える。また、地域の南部にはワジ・タウィール(وادي طويل 、一名 Khawr Abū Bard)が流れている。

歴史[編集]

1899年、イギリスはこの地域の覇権を握り、保護国エジプト王国との共同主権地域とした(英埃領スーダン)。このとき、エジプトとスーダンの境界線は北緯22度線とされた。22度線以南のビル・タウィールの地域は、ハルツームのスーダン総督の管轄下に置かれた。

1902年、イギリスはこの地に新しい行政境界線を引き、ビル・タウィールはエジプト側に組み込まれた。この地域が、アスワンを本拠とする遊牧民アバブダ人英語版の放牧地であり、地理的・文化的にハルツームよりもカイロに近かったためである。このとき同時に、ビル・タウィールの東北側、紅海にかけての22度線以北の地域(ハラーイブ・トライアングル)がスーダン側に組み込まれることになった。ハライブ一帯の遊牧民がスーダン側を拠点としていたためである。

帰属問題[編集]

両国の領有権主張

ビル・タウィールの帰属は、ハラーイブ・トライアングルの帰属問題と不可分に結びついている。

エジプトとスーダンの国境線について、エジプト政府は1899年の境界線を主張し、スーダン政府は1902年の境界線を主張している。すなわち、両国政府ともハライブを自国領と主張し、ビル・タウィールは自国領に含まないとしている。国際法上は、2つの係争地の双方を同時に一方の領土とする根拠がないため、ハライブを領土としない側がビル・タウィールを領土とすることになるが[要出典]、ビル・タウィールはハライブのわずか10分の1の面積であり、またハライブと比較して重要な土地であるとも考えられていない。

また、ビル・タウィールには、エジプトかスーダンを通ってしかアクセスできないため、第三国がビル・タウィールを自国領土と宣言することは難しい。このため、ビル・タウィールは「いずれの国家によっても領土と主張されていない」地球上で稀な土地の一つとなっている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]