ハルツーム
| ハルツーム الخرطوم Al-Khartoum |
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| 位置 | |
| 座標 : 北緯15度34分48秒 東経32度31分12秒 / 北緯15.58度 東経32.52度 | |
| 行政 | |
| 国 | |
| 州 | ハルツーム州 |
| 市 | ハルツーム |
| Governor | Abdul rahman al khidir |
| 人口 | |
| 人口 | (2005年現在) |
| 市域 | 2,207,794人 |
| 都市圏 | 8,000,000人 |
| その他 | |
| 等時帯 | 東アフリカ時間(EAT) (UTC+3) |
ハルツーム(ハルトゥーム、英語:Khartoum、アラビア語: الخرطوم al-kharṭūm 意味:象の鼻)はウガンダから流れる白ナイルとエチオピアから流れる青ナイルの合流地点の南岸にあるスーダンの首都。ナイル川はここからエジプトを通り地中海へ北に向かう。人口は約2,730,000人(2000年)。2010年の都市的地域の人口は518万人であり、世界第58位、アフリカでは第5位である[1]。
1820年にエジプトのムハンマド・アリー朝による支配の拠点として築かれた。ナイル航路の拠点となり奴隷貿易の中継地として栄えた。人口規模は疾うに100万を超えるが近隣の北ハルツーム(الخرطوم بحري al-kharṭūm baḥrī)とオムドゥルマン(أم درمان ’umm durmān)(西郊)とで都市圏を形成しておりあわせて400万以上の居住者がいる。
マフディー戦争では大英帝国のゴードン将軍が守備したハルツームをマフディー・ムハンマド・アフマドの軍が1884年3月13日から包囲し、1885年1月26日に陥落させた。オムドゥルマンで1898年9月2日にマフディー軍はイギリス軍に敗れ、1万人以上が殺害された。
1998年8月7日、ナイロビ、ダルエスサラームのアメリカ大使館爆破事件でアルカーイダに関係して化学兵器を製造しているとされ、8月20日ハルツームのアルシーファの製薬工場がアメリカにより巡航ミサイルで攻撃された。
目次 |
[編集] 気候
11月から5月までが乾期、7月・8月が雨期である。この2ヶ月間で年間降水量160mmのほとんどを占める。最高気温平均は4月から6月は40度Cを超え、53度Cに達することがある。12月から2月は33度Cを下回る。最低気温平均は5月から10月が25度Cを超え、12月から2月は20度Cを下回るが16度Cまでで、世界の主要都市で最も暑い。
[編集] 教育
- ハルツーム大学(1902年創立)
- ジュバ大学(英語による授業)
- スーダン科学工科大学(1932年創立)
[編集] 経済
1990年代にスーダン国内の油田開発が活発になり、非メジャー石油企業の進出が目立つようになった。ハルツーム北部に建設された精油所は、紅海に面したポートスーダンとパイプラインで結ばれており、同国の重要な経済施設となっている。南北和平協定により国内最大の開発事業が進み、ホテルや橋が建設された。その他、印刷・ガラス製造・食品加工・繊維などの産業がある。東南アジア企業の進出で通信サービスも発達してきた。