アンタナナリボ

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アンタナナリヴ
Antananarivo
Tananarive
Antananarivosunset.jpg
夕暮れのアンタナナリボ(2005年3月)
Antananarivo.png
市章
愛称 : Tana
位置
アンタナナリヴの位置の位置図
アンタナナリヴの位置
座標 : 南緯18度56分0秒 東経47度31分0秒 / 南緯18.93333度 東経47.51667度 / -18.93333; 47.51667
歴史
建設 1625年
行政
マダガスカルの旗 マダガスカル
 行政区画 アンタナナリヴ州
 市 アンタナナリヴ
地理
面積  
  市域 88 km2
標高 1,276 m
人口
人口 (2013年現在)
  市域 2,075,000[1]
その他
等時帯 東アフリカ時間 (UTC+3)
夏時間 なし

アンタナナリボ(Antanànarìvo、アンタナナリヴ)は、マダガスカル首都マダガスカル島のほぼ中央に位置する。タナナリヴ(Tananarive)ともいう。

概要[編集]

「タナ(Tana)」の略称で呼ばれることも多い。地名は直訳すると千の町。千は「数が多い」という意味である。マダガスカルの中央に広がるマダガスカル高原に位置し、標高は1,200mを超える。

マダガスカル最大の都市で首都機能を持ち、マダガスカル経済の中心地でもある。2013年現在の人口は、約210万人。周辺部も含めると400万人が生活している。

街の中心となるのは独立大通りで、官公庁などの政府関係の建物が立つ。独立大通りの南には「アヌシ湖(Lac Anosy)」があり、周囲に緑地が広がる。

独立大通りの先、中心から南東方面に4kmほどの丘の上には、メリナ王国時代に立てられた女王宮 (Rova) がある。フィレンツェ様式の建物であったが、1995年11月の火事で建物内部は全焼してしまった。

歴史[編集]

もともとはアナラマンガ(青い森の意味)と呼ばれたメリナ族の村で、1625年に町として開かれた。17世紀末から18世紀初頭にかけて、イメリナ王国のアンドリアンジャカ王により都市が造営された。メリナ王国がマダガスカルを統一した後、1794年アンブヒマンガからこの地に遷都された。

1896年にマダガスカルがフランスの植民地に入った後も、植民地政府の首都機能が置かれて栄えた。1929年5月には、反植民地のデモが行われた。

2009年1月から3月にかけて発生したマダガスカル・クーデター(政治危機)の際には、アンタナナリヴ市長アンドリー・ラジョエリナ率いる野党と大統領(当時)マーク・ラヴァルマナナの警備隊が衝突し、100人以上の死者が出た。

交通[編集]

ギャラリー[編集]

姉妹都市[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Demographia World Urban Areas PDF (March 2013)”. Demographia. 2013年11月24日閲覧。