ムハンマド・ムルシー
| ムハンマド・ムルシー محمد مرسي |
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| 任期: | 2012年6月30日 – |
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| 副大統領: | マフムード・メッキー |
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| 任期: | 2000年12月1日 – 2005年12月12日 |
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自由と公正党
初代党首 |
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| 任期: | 2011年4月30日 – 2012年6月24日 |
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| 出生: | 1951年8月20日(61歳) アル・アドワ村 |
| 政党: | ムスリム同胞団 →自由と公正党 →無所属 |
| 配偶者: | ナグラー・アリー・マフムード |
ムハンマド・ムハンマド・ムルシー・イーサー・エル=アイヤート(アラビア語: محمد محمد مرسي عيسى العياط, Mohammed Mohammed Mursi Essa el Ayyat, 1951年8月20日 - )は、エジプトの学者、政治家。エジプト・アラブ共和国大統領(第5代)[1][2]。同国初の文民大統領で[3]、初のイスラム主義系の大統領である[4]。初代自由と公正党党首。名前について日本語メディアは、ムハンマド・モルシ、ムハンマド・ムルシと、一部中東専門家はムルスィーと表記している[5]。
目次 |
経歴 [編集]
シャルキーヤ県アル=アドワ村の農家に生まれる[6]。1975年にカイロ大学工学部を卒業後、1978年に同大学で工学修士、1982年に南カリフォルニア大学において工学博士を取得。1982年から1985年までカリフォルニア州立大学ノースリッジ校の助教授となり、その間、エンジニアとしてアメリカ航空宇宙局(NASA)に勤務しスペースシャトルの開発業務に助手として参加していたこともある。1985年にエジプトに帰国しザガジグ大学の教授となり、2010年までつとめた[7]。
2000年の人民議会選挙において無所属で当選し、2005年までムスリム同胞団議員団長を務めた。2011年の革命後にムスリム同胞団が母体となって設立された自由と公正党の党首に選ばれる。
2012年大統領選挙 [編集]
エジプト革命後に行われる大統領選挙には当初、自由と公正党は同胞団副団長だったハイラト・シャーテルを擁立した[8]が、シャーテルは2011年3月に服役を終えたばかりであった。大統領選挙出馬のためには刑期終了から6年以上経過している必要があるとして失格とされ[9]、異議申し立ても却下された。
その結果、シャーティルが失格となる可能性があったことから、念のため立候補の届け出をしていたムルシーが、自由公正党の候補となった。5月22日及び23日に行われた第一回目の投票で1位(得票数5,764,952票、得票率24.78%[10])となり、上位二人による決選投票へ駒を進めた[11]。決選投票翌日の6月18日には独自集計により勝利宣言を行った(対立候補のアフマド・シャフィーク元首相はこれを認めず)[12]。6月24日、選挙管理委員会により大統領選挙の勝者と正式に認定された[13]。得票数は13,230,131票(得票率51.73%)[14]。この当選に伴い、ムスリム同胞団及び自由と公正党から脱退した[15]。
大統領として [編集]
6月30日に最高憲法裁判所で宣誓を行い、大統領に就任した[16]。
内政 [編集]
7月24日、ヒシャーム・カンディール水資源灌漑大臣を首相に任命し、組閣を命じた[17]。
8月12日、軍最高評議会が大統領選挙決選投票直前に発布した、大統領権限を縮小し自らに立法権などを付与することを定めた暫定憲法の破棄を発表するとともに、ムハンマド・フセイン・タンターウィー国防大臣兼軍最高評議会議長及びサーミー・ハーフィズ・アナーン参謀総長、海軍、空軍、防空軍の司令官を解任した[18][19]。その上で、軍部の定めた暫定憲法に代わり大統領権限を強化した新たな暫定憲法を発表し、副大統領に破棄院幹部で反ムバーラク派として知られたマフムード・メッキー判事を任命した[20][21][22][23]。これら一連の動きは、一部エジプトメディアから、ムルシーによる軍最高評議会に対するクーデターと表現された[24]。一方で、このムルシーの決断は、大統領選挙を争ったアブドルモネイム・アブールフトゥーフをはじめとする幅広い政治家、政治勢力から歓迎された[25]。
8月27日、女性1人、コプト1人、サラフィー主義(ar)者1人を含む4人の大統領補佐官と17人の大統領顧問を任命した[26]。
9月6日、中央監査局長に、改革派判事のヒシャーム・ゲニーナを任命した[27]。
11月22日、次期人民議会選挙まで大統領の命令・決定を裁判所が一切覆すことは出来ないこと、憲法起草にあたっている憲法制定委員会と上院(諮問評議会)に対し裁判所が解散命令を出せぬようにすることなどを盛り込んだ大統領権限強化の暫定憲法の新条項を発表した。これに対して、反大統領派からは「新たなファラオと化した」(立憲党のエル=バラダイ)など独裁化を懸念する批判の声があがり、翌23日にはこの決定に反発する抗議運動が各地で行われ、いくつかの都市では自由公正党の事務所が襲撃された[28][29]。新条項の内容は、大統領決定の憲法例や法令に異議申し立てが出来ず、司法機関から上院に当たる諮問評議会と憲法制定委員会の解散権をはく奪。また、大統領が国家と革命を守るために必要な措置を講じることが可能というもの[30]。12月8日、大統領令が司法判断の対象になるとする新たな憲法令を出し、11月に出した憲法令を撤回した[31]。
12月22日、諮問評議会(上院)の大統領任命枠90人を発表した。90人のうちの75%が非イスラーム主義系であり、12人のコプトが含まれている[32]。同日、マフムード・メッキー副大統領の辞任が発表された。
外交 [編集]
2012年6月30日の大統領就任後の演説で、パレスチナ人の権利獲得への支援を表明するとともにシリアでの流血停止を求めた[33]。当選後初の外遊先として7月11日にサウジアラビアを訪問、アブドッラー国王と会談した[34]。
8月28日、イスラーム圏以外で初の外遊先として中国を訪問し[35]胡錦濤主席と会談[36]、翌29日には習近平副主席や温家宝首相と会談した[37]。この訪中は経済的意味合いが強い[38]が、つづく1979年イラン・イスラーム革命以来初のエジプト大統領によるイラン訪問(非同盟諸国会議出席のため)とあわせ、中東における地位低下を招いた前ムバーラク政権下の過度な対米追従外交から「バランスの取れた外交関係」への軌道修正と見られている[39]。
シリア問題に対しては、エジプト・イラン・トルコ・サウディアラビアの主要関係四カ国による会議を提唱し行っている[40]。また、ムルシーは、アサド大統領の退陣を求めている一方で、外国による軍事介入には反対する姿勢を示している[41]。
9月の国連総会出席のため就任後初めて訪米し、26日には日本の野田首相と初めて会談した[42]。
9月30日、大統領就任後初めてトルコを訪問し、同じイスラーム主義系である与党・公正発展党の年次大会に出席した[43]。
11月14日、パレスチナガザ地区で、ハマースの軍事部門幹部アフマド・ジャアバリーがイスラエル軍によって殺害されたことについてイスラエルを批判し、駐イスラエル大使を召還した[44]。さらにヒシャーム・カンディール首相をガザに派遣し、ハマースとの連帯を示した。その一方で、ジャアバリー殺害によって激化したイスラエル・ハマース間の戦闘の停戦交渉を仲介し、11月21日停戦合意を実現させた[45]。国連安全保障理事会は、21日に発表した報道声明において、停戦仲介を行ったムルシーを「強く称賛」[46]、アメリカのバラク・オバマ大統領も同日ムルシーに対する電話において、ムルシーの「停戦成立への尽力と、交渉での個人的な指導力」に謝意を表す[47]などムルシーの外交手腕は各方面から高く評価された。
2013年3月、エジプトの大統領としてはここ50年以上で初めてパキスタンを訪問した[48]。
家族 [編集]
妻ナグラーとの間に5人の子(息子4人、娘1人)がおり、長男・アフマドは、サウジアラビアで医師をしている。また、孫が3人いる[49]。4人の息子のうち、2人はアメリカ生まれで、エジプトとアメリカの二重国籍を保有している。
脚注 [編集]
- ^ “Egypt's Islamist president to shake regional politics”. Oxford Analytica. (2012年6月25日) 2012年7月21日閲覧。
- ^ “Morsi is the President and 52% of Egypt celebrates”. Al Bwaba. (2012年6月25日) 2012年7月22日閲覧。
- ^ “エジプト大統領にムルシ氏当選 初のイスラム主義大統領”. 朝日新聞. (2012年6月24日) 2012年6月25日閲覧。
- ^ “エジプト大統領選、イスラム主義候補の当選発表”. 読売新聞. (2012年6月24日) 2012年6月24日閲覧。
- ^ “中東かわら版”. 中東調査会. (2012年7月26日) 2012年8月15日閲覧。
- ^ “Rooted to the land, Egypt’s uneasy new president faces daunting task”. The Daily Star. 2012年6月30日閲覧。
- ^ “Dr. Mohammad Morsy”. Egypt State Information Service. 2012年8月13日閲覧。
- ^ “エジプト大統領選、イスラム組織が幹部擁立 選挙の軸に”. 朝日新聞. (2012年4月1日) 2012年7月1日閲覧。
- ^ “エジプト大統領選、スレイマン前副大統領ら10候補が失格に”. AFPBB News (フランス通信社). (2012年4月16日) 2012年7月1日閲覧。
- ^ “After the dust settles: Mursi, Shafiq to face off in presidential showdown”. Ahramonline. 2012年5月29日閲覧。
- ^ “エジプト大統領選:上位2氏が確定 来月の決選投票へ”. 毎日新聞. 2012年5月26日閲覧。
- ^ “エジプト大統領選、イスラム主義候補が勝利宣言”. 読売新聞. (2012年6月18日) 2012年6月19日閲覧。
- ^ DAVID D. KIRKPATRICK (2012年6月24日). “Morsi Declared Winner of Egyptian Presidency [ムルシー氏、大統領選勝者として宣言される]” (英語). インターナショナル・ヘラルド・トリビューン 2012年6月24日閲覧。
- ^ “محمد مرسى رئيسا لمصر”. アハラム. (2012年6月24日) 2012年6月25日閲覧。
- ^ “モルシー氏の正体とは 米で工学博士号 旧体制との戦いのシンボル…”. 産経新聞. (2012年6月25日) 2012年6月26日閲覧。
- ^ “モルシ氏がエジプト大統領就任、歴史的意義強調”. 読売新聞. (2012年6月30日) 2012年6月30日閲覧。
- ^ “新首相にガンディール氏 エジプト大統領、組閣命じる”. 朝日新聞. 2012年7月25日閲覧。
- ^ “エジプト大統領、国防相と参謀総長解任 主導権争い激化か”. CNN.co.jp. (2012年8月13日) 2012年8月13日閲覧。
- ^ “エジプト大統領が国防相解任、軍公布の暫定憲法も無効に”. ロイター. (2012年8月13日) 2012年8月13日閲覧。
- ^ “エジプト大統領 権限移行で新暫定憲法”. NHK. (2012年8月13日) 2012年8月20日閲覧。
- ^ “エジプト大統領:軍と事前に協議し合意か 国防相解任など”. 毎日新聞. (2012年8月13日) 2012年8月13日閲覧。
- ^ “エジプト大統領、国防相を解任 暫定憲法を破棄”. 日本経済新聞. (2012年8月13日) 2012年8月13日閲覧。
- ^ “エジプト大統領、国防相解任 憲法の「軍の立法権」停止”. 朝日新聞. (2012年8月13日) 2012年8月13日閲覧。
- ^ “Egypt's Morsi's coup against SCAF: the hows and the whys”. Ahramonline. (2012年8月14日) 2012年8月14日閲覧。
- ^ “Morsi's Sunday surprise met with broad support by Egypt political forces”. Ahramonline. (2012年8月13日) 2012年8月18日閲覧。
- ^ “Morsi spokesman reveals names of presidential assistants, advisers”. Ahramonline. (2012年8月27日) 2012年8月28日閲覧。
- ^ “Egypt's Morsi appoints new head of public finance watchdog”. Ahramonline. (2012年9月6日) 2012年9月8日閲覧。
- ^ “エジプト:大統領権限また強化 世俗派、反発し抗議デモ”. 毎日新聞. (2012年11月23日) 2012年11月23日閲覧。
- ^ “Egypt President Mursi defends new powers amid protests”. BBC NEWS. (2012年11月23日) 2012年11月24日閲覧。
- ^ エジプトでムバラク政権打倒後最大のデモ、株式市場は意外な動き2012年11月28日
- ^ “エジプトで新改正憲法令 大統領、「強権」を撤回”. 日本経済新聞. (2012年12月9日) 2013年2月9日閲覧。
- ^ “Egypt President Decree to Appoint One-Third of 270-Member Shura Council”. Ikhwanweb. (2012年12月22日) 2012年12月23日閲覧。
- ^ “Egypt’s Mursi backs Palestinians, Syrians”. Khaleej Times 2012年7月1日閲覧。
- ^ “Egyptian President Mursi and Saudi King Abdullah discuss regional stability”. Al Arabiya 2012年7月13日閲覧。
- ^ “中国、エジプト外交にブレイクスルー”. ロシアの声. 2012年8月28日閲覧。
- ^ “胡主席、「エジプト大統領の訪問は両国関係を推進」”. 中国国際放送. (2012年8月28日) 2012年8月28日閲覧。
- ^ “习近平会见埃及总统穆尔西”. 新京報網. (2012年8月29日) 2012年8月29日閲覧。
- ^ “China grants Egypt LE430 million”. Ahramonline. (2012年8月28日) 2012年8月31日閲覧。
- ^ “エジプト:イランに接近…大統領、断交後初訪問へ”. 毎日新聞. (2012年8月23日) 2012年8月29日閲覧。
- ^ 北川学 (2012年9月19日). “中東4カ国協議、月末に米で再協議へ シリア問題めぐり”. 朝日新聞 2012年9月25日閲覧。
- ^ “Morsi opposes foreign intervention in Syria”. The Daily Star. (2012年9月25日) 2012年9月25日閲覧。
- ^ “民主化努力に支援表明=野田首相、エジプト大統領と会談”. 時事通信. (2012年9月27日) 2012年9月27日閲覧。
- ^ “Egypt's Morsi in Turkey: 'Arab Spring needs your support'”. Ahram online. (2012年9月30日) 2012年9月30日閲覧。
- ^ “エジプト:駐イスラエル大使召還 ハマス幹部殺害に抗議で”. 毎日新聞. (2012年11月15日) 2012年11月16日閲覧。
- ^ “ガザ停戦成立、エジプト仲介 地上戦回避、経済封鎖緩和”. 朝日新聞. (2012年11月22日) 2012年11月22日閲覧。
- ^ “ガザ:調停のエジプト大統領を「強く称賛」…国連安保理”. 毎日新聞. (2012年11月22日) 2012年11月22日閲覧。
- ^ “イスラエル:ガザ攻撃 停戦合意 米大統領、エジプトの指導力評価”. 毎日新聞. (2012年11月22日) 2012年11月22日閲覧。
- ^ “Pakistan, Egypt to strengthen relations”. Dawn. (2013年3月19日) 2013年3月19日閲覧。
- ^ “Son of Egypt’s President-elect Mursi to resume medical career in Saudi Arabia”. Al Arabiya. 2012年7月1日閲覧。
外部リンク [編集]
- エジプト情報省 大統領経歴
- ムルシーの大統領選挙向けウェブサイト(アラビア語)
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