ペルソナ・ノン・グラータ

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ペルソナ・ノン・グラータラテン語: Persona non grata、「好ましからざる人物」の意)とは、外交用語の一つ。原義の「好ましからざる人物」から転じて慣用的に「歓迎されざる人物」を指すこともある。外交関係に関するウィーン条約領事関係に関するウィーン条約で明記されている。

目次

概要 [編集]

外交団員の一員となるには外交官になる必要があり、外交官になるには派遣国にそう認められると同様に、接受国にもそう認めてもらわねばならない。接受国から受け入れを認められた場合は「アグレマン」(: agrément)がされるが、逆に拒否されることもある。この外交官待遇拒否が「ペルソナ・ノン・グラータ」である。

この拒否はいつ何時でも一方的に発動でき、またその理由を提示する義務はないが提示してもよい。接受国はいずれかの者がその領域に到着する前においても、対象外交官がペルソナ・ノン・グラータであること明らかにすることができる。ペルソナ・ノン・グラータの通告を受けた場合には、派遣国は状況に応じて対象者の「本国へ召還又は外交官任務終了」をしなければならない。

対象の外交官に対し、接受国外務省から駐在公館を通じて、「あなたは我が国に駐在する外交官に相応しくないので本国へお帰り下さい。もしくは外交官任務を終了して下さい」と正式に通告することで発動されることが多い。派遣国が「ペルソナ・ノン・グラータ」発動後に対象外交官の「本国へ召還又は外交官任務終了」の履行義務を拒否した場合又は相当な期間内に行わなかった場合には、接受国は対象者の外交官待遇を拒否して一般市民として拘束できる。

「ペルソナ・ノン・グラータ」は接受国が有する唯一の拒否手段であり、これ以外の手段(強制送還、身柄拘束)を用いて外交官の非行を制裁することはできない。

また、本来は入国が許可されるべき要人であっても、その言動が相手国に問題視された場合には到着地の国際空港から出場することが認められず、帰国を求められる。この措置をも指す。

発動事例 [編集]

日本 [編集]

日本での発動事例として以下のものがある(発動前に自ら国外に退去した者は不記載。なお、日本においては発動した際の多くは発動前に当人は日本から出国している)。

  • 1973年 - 韓国の1等書記官・金東雲こと金炳賛。金大中事件に関与した疑いで出頭を求めたが拒否されたため。
  • 2006年4月 - インド大使館の警備担当男性技能員。大使館にビザ申請に訪れた日本人女性に対する強制わいせつ容疑。
  • 2012年6月 - シリアのムハンマド・アル・ハバシュ駐日大使。鈴木敏郎駐シリア日本大使がシリア政府よりペルソナ・ノン・グラータに指定されたことへの対抗措置[1]

また、日本が発動を受けた例は以下の通り。

  • 1937年 - 杉原千畝。反革命なロシア人との交流を理由にソ連よりペルソナ・ノン・グラータを受けたため、リトアニアに赴任した。
  • 1983年1月 - 中川一郎衆議院議員。1983年1月に首相の名代として訪米が内定したが、米国政府よりペルソナ・ノン・グラータに相当するとされ訪米拒否を通告された。表向き反共主義を唱えながらも裏では親ソ政権の樹立を画策していたと中央情報局の調査で判断されていたからとされる[2]
  • 1987年8月 - 駐ソ連防衛駐在官。接受国における不適切活動のため(スパイ行為)。
  • 2002年11月 - 駐中華人民共和国防衛駐在官。接受国における不適切活動のため(スパイ行為)。
  • 2012年6月 - シリアの鈴木大使。日本政府がシリア騒乱におけるシリアの政府軍による市民虐殺に抗議し、5月30日にムハンマド・アル・ハバシュ駐日大使に国外退去を求めていたことへの対抗措置[3]

その他 [編集]

脚注 [編集]

関連項目 [編集]