信用乗車方式

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信用乗車方式(しんようじょうしゃほうしき)とは、公共交通機関を利用する際、乗客が乗車券を自己管理することで駅員乗務員による運賃の収受や乗車券改札を省略する方式[1]信用乗車制チケットキャンセラー方式とも呼ばれる。

導入の経緯[編集]

自己改札が導入されたきっかけは、路面電車の低い生産性を補うため大型車両を導入したことにある。まず車掌が乗務しない定期券専用車を連結したことに始まり、連接車が導入されてからは後方車両入口から乗車した乗客が車内を移動する際に車掌台で運賃を支払うパッセンジャーフロー方式が導入された。このパッセンジャーフロー方式を進化させたのがチケットキャンセラ-方式(自己改札)である。

チケットキャンセラ-方式では乗客はあらかじめ、停留所などに設置されている券売機で乗車券を購入して乗車し、車内のチケットキャンセラ-(乗車券刻印機)に乗車券を差し込んで乗車日時を刻印し、その時に発せられる音で、乗車券を所持していることを他の乗客に認知させることで無札を牽制させ、相互監視する仕組みが採られた。その後、停留所に設置されたチケットキャンセラ-で刻印したり、あらかじめ乗車日時が刻印された乗車券を販売することで、車内でのチェックすら省略した無改札方式も一般的になってきた。

仕組み[編集]

フランス国鉄の新型刻印機

信用乗車方式が採用されている交通機関では、停留所には改札口が設置されず、誰もが自由に出入りできる。バストラムワンマン運転でも乗り降りに用いる扉が指定されず、乗客はすべての扉から自由に乗り降りできるのが一般的である。乗客は乗車中常に有効な乗車券を所持していることが義務付けられ、乗車中および降車後に運賃を支払うことは認められない。

一般的な鉄道であれば、乗客は駅窓口自動券売機で事前に乗車券を購入する。

バスやトラムであれば、乗車券を持っていない場合は乗務員の近くの扉から乗車し、自己申告で運賃を支払う。停留所に自動券売機が設置されていたり、停留所近辺の商店で乗車券が委託販売されていることもある。

乗客は事前に乗車券の有効化(validation)を求められる場合がある。駅や車両の乗降口に設置された刻印機(チケットキャンセラーとも)に乗車券を挿入し、券面に乗車駅と時刻を打刻する方式が一般的である。これにより、乗車券の使いまわしを防止している。すなわち、打刻せずに乗車すると乗車券の使いまわしをする意志があるとみなされる。打刻から極端に時間が経過していると、一度使用された乗車券を再度使用しているとみなされ、ともに不正乗車として扱われる。また、一定時間有効な乗車券や一日乗車券などは打刻された日時が有効期間の基準となる。

他の有効化の方式として、乗客が記入する方式(回数券に多い。青春18きっぷに近い方式)、駅窓口で行う方式(ユーレイルパスなどの記名式レールパスなど)がある。

無賃乗車対策[編集]

無賃乗車対策としては、トラムや地下鉄大都市圏の近郊・通勤列車では乗車中や降車時に抜き打ち的に検札員による検査を行い、有効な乗車券を所持していない場合には理由の如何を問わず正規運賃に加え高額のペナルティ(数倍ないし数十倍の追徴金)を課される。一方、欧米の長距離列車ではほぼ確実に検札が行われるので不正乗車は実質不可能である。悪質な場合や請求された罰金を不払いの場合、警察への通報も行われる。

信用乗車方式を導入した都市における無札乗車率と罰金(ペナルティ)金額
都市名 無札率 罰金金額
現地価格 日本円
ポートランド(アメリカ) 5% 250$(最大)
カールスルーエ(ドイツ) 3% 60DM 約3,000円
チューリヒ(スイス) 2% 50SF 約3,000円
ストラスブール(フランス) 12% 100Ff 約1,400円
香港(中国) 不明 HK$215 約3,000円
出典:表3.30.2「信用乗車方式における無札乗車率(事業者の申告値)とペナルティ金額」、西村・服部『都市と路面公共交通』203頁
凡例:$=アメリカドル、DM=ドイツマルク、SF=スイスフラン、Ff=フランスフラン、HK$=香港ドル

導入状況[編集]

ドイツミュンヘン中央駅での改札の様子。改札機は設置されてはいるが、日本と異なりフラップドアなどはなく、駅構内への出入りは完全に自由である。

欧米の多くの鉄道やトラムではごく一般的な方式である。ただし、地下鉄では混雑する車内での検札が難しいことなどから駅に改札口が設置されている路線もある。中心部では駅に改札口が設置されるが郊外では信用乗車方式となる例もあり、各駅に改札口を設けていても自動改札機を設置するのみで無人であるため、抜き打ちの検札での信用乗車方式が行われる線区もある(パリとその近郊など)。

高速列車のうち、ユーロスタースペインAVEなど改札口の自動改札機に切符を通したのち専用プラットホームから乗車する列車もあるが、目的は不正乗車対策よりもセキュリティ対策である。しかし、同じ高速列車でも、TGVタリスICEなどは信用乗車方式である。また、日本と同様駅における改札を行っていた韓国鉄道公社も、KTX開業にともない導入された自動改札機のトラブル多発により、同線での自動改札機の利用を中止したため、現在は事実上の信用乗車方式となっている。そのため、乗車券のチェックは乗務員の持つPDA端末を利用した車内改札によって行われている(予約されていない席に着席している客に対してのみ車内改札を行う)。ただし、一部地方駅においては、駅員による入場時の乗車券チェック(列車別改札)、また、列車到着時の乗車券回収を行っている場所もある。

日本国内の状況[編集]

日本では大都市圏を中心に自動改札機が普及しており、また、ラッシュ時の混雑の検札の困難さや、不正乗車の温床になるとの懸念から信用乗車方式が採用されている路線はきわめて少ない。日本人が欧州で事情を理解しないまま乗車し、多額の罰金を払わされる例もある(ただし、日本でも不正乗車に対する罰金制度は存在する)。

不正乗車に対する日本の法制度[編集]

不正乗車に対する罰則については、鉄道運輸規程第19条と軌道運輸規程第8条に基づいて事業者が不正乗車した人に対して2倍の割増運賃を請求することが認められており、各鉄道事業も同規定に基づいた約款を定めている。さらに鉄道における不正乗車に対しては鉄道営業法第29条に基づき二万円以下の過料という罰則が設けられており、悪質な不正乗車を働いた者に対しては、同規定に基づいて逮捕することも可能である[2]。しかし路面電車については、これに相当する法律は存在しない。このように外国と比べて不正乗車に対する罰則の軽さも日本における信用乗車制度導入を阻む一因となっている。そのため、不正乗車に対する事業者の請求権を拡大すべきとの意見も出ているが、現行の日本における法律では被った損害を上回る懲罰的賠償を認めていないため[3]、運輸規定や軌道運輸規定を改定して、事業者の請求権を拡大することについては困難であるとの見方が強い。

日本各地の事例[編集]

現在、養老鉄道では、経費削減のため、信用乗車方式が採用されている。無人駅に到着しても、すべての扉が開く。ただし、不正乗車を防止するため、抜き打ち検札が行われている。

西日本旅客鉄道(JR西日本)で自動改札機を設置していない駅には入場印字機と称するチケットキャンセラーと同じ機能を有する機械が設置されているが、簡易的なものであるため、通さなくても利用者が乗務員や下車駅の駅員から注意を受けることはない。

かつての東京急行電鉄世田谷線においては、進入してくる列車に対して定期券を高く掲げて見せることで正規の乗客であることを主張し、降車口からも乗車する「定期かざし」と呼ばれる風習があった。東急ではなし崩し的な信用乗車方式ともいえるこの行為を以前から正式には認めておらず、同線の近代化工事(新車導入、ホーム嵩上げなど)の際に禁止し、その後せたまるを導入したため、現在では行われていない。

また、東日本旅客鉄道(JR東日本)のSuicaや西日本旅客鉄道のICOCA利用可能エリア内では簡易改札機が設置されている駅がある。これは入場・出場時にそれぞれ専用の端末にICカード乗車券を触れて乗車するものだが、簡易改札機には突破を防止するゲートがなく、また、設置対象の駅も主に無人駅(構造上、改札口以外からも出入りが可能な駅も多い)なので、簡易改札機設置駅相互間の乗車の場合は確実に運賃を収受したかどうか保証ができないことから一種の信用乗車方式とみなすことができる。

ポートラム後方入口に設置されているパスカセンサー。朝ラッシュ時はパスカ定期券とパスカ所持者に限り、後方入口からの降車も可能となった。

2006年7月31日より、富山ライトレールにおいて、定期券及びプリペイドカードに使用されているICカード「パスカ(passca)」用のセンサーがポートラム2両目の入口ドア付近に設置、パスカ定期券とパスカ所持者限定であるが、ラッシュ時間帯のみの信用乗車方式(富山ライトレールでは「信用降車」と呼称[4])が導入された。罰金制度などの不正乗車対策は未整備であるが、新しい試みとして注目されている。

広島電鉄(以下、広電)では、ICカードシステムの整備完了に合わせて路面電車の車掌の廃止と停留所への自動券売機設置を行い、完全な信用乗車方式を2013年度から本格的に開始することにしている。検札や不正乗車対策など具体的事項に関してはまだ検討段階だが、開始されればこれが日本初の完全な信用乗車方式導入例となる。これに先駆けて、一部の車両においてICカードでの利用者を対象に社会実験が行われた(詳細は「広島電鉄#信用乗車方式の検討」を参照)。

車載式改札機を利用した信用乗車制度[編集]

前述したように現在の日本では高額の罰金による不正乗車への抑止力を期待できないとの見方が強い。また海外と違い乗り越し清算が認められ、バスや路面電車では降車時の清算が一般的であるため、検札時に目的地までの乗車券を提示できない場合でも即、不正乗車とは見なせない部分がある。そのため、欧米における信用乗車制度を日本にそのまま導入するのは容易ではないとする意見もある。

こうしたことから日本独自の信用乗車制度として車両に自動改札を設置し、改札装置で処理可能な乗車券を有している乗客は改札機が設置された乗降口から、そうでない利用者は運転士近くの乗降口を利用する方法が考えられる[5]鉄道総合技術研究所(以下、鉄道総研)では、無札通過を検知する機能と心理的抑制として遮断機を設けた車載型自動改札機を試作し、鉄道総研所有の車両(LH02形電車)や広電の車両に登載して試験を実施している。

利点[編集]

  • ワンマン運転で効率的な運行・輸送ができる。
    • 乗客はすべてのドアから乗降できるため、乗降時間の短縮が図られる。この結果、表定速度の向上が図られる。
    • 乗降に用いる扉の位置の制約がないため、一般の列車やトラムのワンマン運転においても、長い列車編成が可能となり、輸送力向上、輸送効率の向上が図られる。
  • 乗車券確認が省略できるため、人件費や設備費の削減が可能。
  • 改札口を設置する必要がなく、駅構内の自由度が向上する。例えば、プラットホームにごく近接したバス停・タクシー乗り場を設けることなどが容易である。

欠点[編集]

  • 切符は事前にキオスク等で購入するのが原則であるが、キオスクがあいていない時間帯などに乗車する人には不便である(ただし、駅に券売機を設置している場合もある)。
  • 抜き打ちで検札を行なう線区・列車・バスでは、実際には発覚しなければ大丈夫との考えのもと、無賃乗車を行う乗客が多い。
  • 検札員が無賃乗車を行った乗客から暴行を受ける恐れがある(治安の悪い地区を通る線区では警備員が検札員に同伴することもある)。
  • 駅構内に自由に出入りできるため、治安の悪化の恐れがある。
  • 特に、高額の罰金制度は普及していない国では国民から理解や同意が得られにくい。
  • 日本のように非常に混雑する都市交通では、検札は事実上不可能である(同時に、改札機導入投資が回収できるケースと考えられる)。

脚注[編集]

  1. ^ 3-30「信用乗車方式」、西村幸格・服部重敬著『都市と路面公共交通-欧米における交通政策と施策-』(学芸出版社)202頁
  2. ^ 明星秀一:地域鉄道における運賃収受を考える、RRR、Vol.67、No.12、p25-26、2010年12月
  3. ^ 西川健:信用乗車方式と割増運賃制度について、運輸政策研究、Vol.10、No2、2007
  4. ^ 明星秀一、前掲書、p27
  5. ^ 明星秀一、前掲書、p27

参考文献[編集]

  • 西村幸格・服部重敬著『都市と路面公共交通-欧米における交通政策と施策-』(学芸出版社)2000年
  • 明星秀一 (2012年12月). “地域鉄道における運賃収受を考える (PDF)”. 鉄道総研報告. 鉄道総合技術研究所. p. 24-27. 2013年3月26日閲覧。
  • 杉山陽一; 明星秀一・松原広 (2010年1月). “路面電車の乗降時間を短縮する (PDF)”. RRR(2010.1 Vol.67 No.1). p. 23-26. 2013年3月26日閲覧。

関連項目[編集]