乱 (映画)
| 乱 | |
|---|---|
| Ran | |
| 監督 | 黒澤明 |
| 脚本 | 黒澤明 小國英雄 井出雅人 |
| 製作 | セルジュ・シルベルマン 原正人 |
| 製作総指揮 | 古川勝巳 |
| 出演者 | 仲代達矢 寺尾聰 根津甚八 隆大介 原田美枝子 |
| 音楽 | 武満徹 |
| 撮影 | 斎藤孝雄 上田正治 |
| 編集 | 黒澤明 |
| 製作会社 | ヘラルド・エース グリニッチ・フィルム・プロダクション |
| 配給 | 東宝 |
| 公開 | |
| 上映時間 | 162分 |
| 製作国 | |
| 言語 | 日本語 |
| 製作費 | $11,500,000 (概算) |
| 興行収入 | 16億円 (1985年邦画配給収入3位) |
『乱 』(らん)は、1985年(昭和60年)に公開された、日本とフランスの合作映画である。監督は黒澤明。
架空の戦国武将・一文字秀虎を主人公にその晩年と3人の息子との確執、兄弟同士の擾乱を描く。物語の骨格はウィリアム・シェイクスピアの悲劇『リア王』であり、毛利元就の「三本の矢」の逸話(三子教訓状)なども取り入れられている。
黒澤による監督作品としては第27作目であり、黒澤が製作した最後の時代劇となった。黒澤はこの作品を、自分の「ライフワーク」と位置づけ、また「人類への遺言」でもあるとしていた。
目次 |
あらすじ [編集]
戦国時代を生き抜き、3つの城を抱える領土を維持した一文字秀虎。ある日突然、秀虎は家督を嫡男に譲り、自身は隠遁する決意を客人たちの前で告げた。彼は3本の矢を手に取り、「1本の矢は折れるが、3本束ねると折れぬ」と言いながら、息子たちにお互い助け合いながら一文字家を繁栄させるよう説いた。しかし、父親思いの三男・三郎は、70歳になる父親に対峙し、「父上は馬鹿だ。耄碌したのか。息子達が助け合うなどとは考え難く、血で血を洗う事態になるだろう」と父親の甘さを戒め、3本の矢を力ずくでへし折ってみせた。
客人たちの前で愚弄されたと感じた秀虎は、三郎とその重臣である平山丹後をその場で追放した。客人の一人である別の国の主・藤巻は三郎を気に入り、三郎を婿として迎え入れることを思案した。一方、秀虎の残る2人の息子にかける期待は、思いのほか早く裏切られる。
太郎の正室である楓の方は、親兄弟を舅・秀虎に殺された恨みを抱いており、太郎を巧みに動かして秀虎を亡き者にしようと画策する。隠居した身とはいえ忠実な家来を抱え、城の中で未だに影響力を持つ父親に対し、太郎は、今後は自分が領主なのだから、一切の事は自分に従うようにと迫る。形ばかりの家督譲渡に、憤懣やるかたない太郎の苦言に立腹した秀虎は、家来を連れて次郎の元に赴くが、次郎は「家来抜きであれば秀虎を迎え入れる」とそっけなく告げる。財産も同然の家来を見捨てて裸一貫で出向くことなど、元より不可能な秀虎は、家来達と野をさまよう事態に陥ってしまう。
キャスト [編集]
- 一文字秀虎:仲代達矢
- 一文字太郎孝虎:寺尾聰
- 一文字次郎正虎:根津甚八
- 一文字三郎直虎:隆大介
- 楓の方:原田美枝子
- 末の方:宮崎美子
- 鶴丸:野村武司
- 鉄修理:井川比佐志
- 狂阿弥:ピーター
- 平山丹後:油井昌由樹
- 長沼主水:伊藤敏八
- 白根左門:児玉謙次
- 生駒勘解由:加藤和夫
- 小倉主馬助:松井範雄
- 畠山小彌太:加藤武
- 綾部政治:田崎潤 ※最後の映画出演
- 藤巻信弘:植木等
- 畠山小彌太の声:加藤精三 ノークレジット※[1]
スタッフ [編集]
- 監督・編集:黒澤明
- エグゼグティブプロデューサー:古川勝巳
- プロデューサー:セルジュ・シルベルマン、原正人
- プロダクションコーディネーター:黒澤久雄
- 演出補佐:本多猪四郎
- 脚本:黒澤明、小國英雄、井出雅人
- 撮影:斎藤孝雄、上田正治
- 音楽:武満徹
- 衣装:ワダ・エミ
- 助監督:岡田文亮
- 狂言指導:野村万作
- 殺陣:久世竜、久世浩
音楽 [編集]
かつて『どですかでん』を手がけた武満徹が再び音楽を担当したが、黒澤とはこの映画では激しく対立する。ダビング作業中に黒澤が武満の意向を確認せず、低音を強調する指示を出した際に「黒澤さんの好きなように音楽を切り貼りしてもらって結構ですが、僕の名前はクレジットからはずしてください」と激昂し、事実上の降板を宣言してダビングルームを飛び出した。結局降板こそしなかったものの「これ以後あなたの作品に関わるつもりはない」と言い、実際に武満が関わった最後の黒澤映画となった。
黒澤は演奏にロンドン交響楽団の起用を希望していたが、武満が「ロンドン交響楽団は映画音楽の仕事をやりすぎて、仕事が荒れている」と強く反対し、札幌交響楽団による録音(1985年4月、千歳市民文化センター)となる。札幌交響楽団のような、日本でも有名とは言えない地方オーケストラを使うことに強い不満を抱いていた黒澤は、録音開始前は楽団員の顔をろくに見ようとさえしない態度であった。しかし、演奏の予想外の素晴らしさに、昼食時の解散前に指揮台に上がると「みなさんありがとう、千歳まで来て良かったです」と深々と頭を下げ、しばらく顔を上げなかったという[2]。
エピソード [編集]
- 脚本家橋本忍によると、脚本執筆の際、黒澤と共同脚本家の小国英雄は人物設定に関して激しく対立、大喧嘩の末、小国が執筆途中で降りた。
- 公開に合わせ、黒澤自身の『乱 絵とシナリオ』(集英社)と、伊東弘祐『黒澤明 「乱」の世界』(講談社)が刊行。シナリオ・エッセーは『全集黒澤明 第六巻』(岩波書店、1988年)に所収。他に『黒沢映画の現在 ドキュメント乱』 (報知新聞文化部特別取材班、シネ・フロント社、1985年12月)がある。
- 一文字秀虎の旗印は、太陽と月であるが、これは黒澤明の「明」を図案化したものである。黒澤は宮崎美子に「秀虎は私だ」とも語っており、秀虎が黒澤本人を強く反映した登場人物であることを示す証拠のひとつである。なお脚本の初期稿段階では、秀虎が側近たちに裏切られる過程は、より詳細に描かれていたので、その登場人物のモデルが誰なのか事情を知っている人なら解ったともいう。
- エキストラは約1000名。また撮影期間が長期に及ぶため、レンタルするより安く済むという理由で、騎馬50頭をアメリカから輸入し調教した。これらの馬は撮影終了後に売却された。
- 衣装を担当した、ワダ・エミの回想で、撮影中ある役者が「衣装が重いので軽いのに変えてくれないか?」と注文したところ、近くに居た黒澤監督が「衣装が重い?、じゃあ役者を変えろ!」とフォローしてくれたと語っている[要出典]。
- 息子たちから追われた秀虎が炎天下で座り込んでいる場面で、背後の山に、登山者2人が写っていた。これにただ一人気付いたCキャメラ担当の中井朝一は、黒澤には内緒で現像処理によって消した。なお、この処理には500万円を要した(野上照代の記述。東宝DVD付録冊子、「乱」製作の現場より)。
- 黒澤と親交のあったロシアのニキータ・ミハルコフ監督は、「『乱』の準備中に来日した際に、ひとつのアイデアを提案したら、完成品の中に見ることができた。 とても幸せに感じ、私にとって大きな価値があった」 と語っている。
- 2007年には『乱』のメイキング映像から、黒澤の映像をCGで合成した、桑田佳祐出演のアサヒ飲料「ワンダ モーニングショット」CMが放映された。
- 鉄修理役は当初高倉健にオファーされていた。[3]黒澤明は高倉の自宅を4度訪れて出演を直訴したが、盟友降旗康男監督の『居酒屋兆治』の撮影に差し支える為に断った旨が2012年9月の時事通信インタビューで明かされた。[4]
受賞歴 [編集]
- 1985年アカデミー衣裳デザイン賞
- 英国アカデミー賞メイクアップ賞、外国語映画賞
- 全米映画批評家協会最優秀作品賞、撮影賞
- ニューヨーク映画批評家協会外国語映画賞
- ロサンゼルス映画批評家協会音楽賞、外国語映画賞
- ボストン映画批評家協会作品賞、撮影賞
- 第3回ゴールデングロス賞優秀銀賞
ロケ地 [編集]
脚注 [編集]
- ^ 撮影中、加藤武が落馬し骨折、アフレコが出来なくなったので代役。なお、2人は親戚である。
- ^ 竹津宜男「札響物語 VII 札響と黒澤監督」「札響くらぶ」第6号 1998年10月
- ^ [1]
- ^ 黒澤映画への出演話を断る=高倉健さん、インタビューで秘話披露
関連項目 [編集]
- 丸岡城 - 天守閣の外に階段がついており、三の城のモデルとなった。
外部リンク [編集]
- 映画「乱」製作秘話
- 東宝ミュージック/制作レポート「明日ハ晴レカナ曇リカナ」について
- 黒澤明生誕100年プロジェクト AK100project
- 乱 - allcinema
- 乱 - KINENOTE
- Ran - AllMovie(英語)
- Ran - インターネット・ムービー・データベース(英語)
|
||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||