リドリー・スコット

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リドリー・スコット
Sir Ridley Scott
生年月日 1937年11月30日(71歳)
国籍 イギリス
配偶者 Felicity Heywood (1964-1975)
Sandy Watson (1979-1989)

サー・リドリー・スコットSir Ridley Scott1937年11月30日 - )は、イギリス・サウスシールズ出身の映画監督映画プロデューサー

主にアメリカで活動している。弟のトニー・スコットも映画監督、長女ジョーダン・スコットも『それでも生きる子供たちへ』で監督デビュー。息子のジェイク・スコットは、ミュージックビデオやCMのディレクター。

目次

[編集] 経歴

ウエスト・ハートブール美術大学でグラフィックデザインや絵画、舞台美術を学び、その後、ロンドン王立美術大学に進学し、映画を専攻する。卒業後、BBCにセット・デザイナーとして入社。やがてドキュメンタリーやテレビドラマの演出をするようになるが、テレビディレクターに限界を感じ、退社した後、CFの制作会社を設立。数多くのCFを制作し、各国の国際映画祭で数々の賞を受賞。手がけたCFの本数は1900本以上にのぼる。その後、映画界に進出。

デビュー作『デュエリスト/決闘者』(1977)でカンヌ国際映画祭新人監督賞を受賞。1979年の監督作『エイリアン』の世界的大ヒット以降は、活動の拠点を米国に移す。

フィリップ・K・ディックSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を映画化した『ブレードランナー』(1982)では、映像化は困難とされていた原作を卓越した手腕で描き、数多くのファンを獲得する。

1億ドルを軽く超える制作費と破格の宣伝費を費やした大作『グラディエーター』(2000)で、第73回アカデミー賞作品賞並びに第58回ゴールデングローブ賞ドラマ部門作品賞を受賞。興行的にも世界的大ヒットを記録し、名実ともに不動の地位を確立した。2003年にはナイトの称号を授与されている。

2008年、トニー・スコットとともにマイケル・クライトン原作「アンドロメダ病原体」のミニTVシリーズの製作を担当。

[編集] 人物

英国の自宅に日本人女性の高尾慶子をハウスキーパーとして雇っていたことがあり、高尾の著書で、スコットの性格やその母親とのエピソードを知ることができる。葉巻がトレードマークだが、現在も吸っているかは不明である。

映像や美術に非常にこだわる監督として知られており、配給会社と衝突することが絶えない。故にディレクターズ・カット版を後に発表する事が多い。また暴力表現にも独特のこだわりがあり、その描写を悪趣味と表現する者もいる[1]

熱心なファンの間では、スコットが本当にセットデザインにこだわって作り上げた長編作品は『エイリアン』『ブレードランナー』『レジェンド/光と闇の伝説』のみと言われている。この3作で消耗した苦い経験から、『誰かに見られてる』以降はよりバランス感覚を持って作品作りに臨むようになったが、撮影開始直前に降板したポール・ヴァーホーヴェン監督から引き継いだ『ブラック・レイン』などでは自らカメラを回し、当時の撮影担当だったヤン・デ・ボンと衝突することが多かった。『1492コロンブス』や『白い嵐』のように観客の嗜好を読み違えたり、『マッチスティック・メン』や『プロヴァンスの贈りもの』のような凡作もあるが、CM時代からのビジュアルセンスと、登場人物が過酷な状況に巻き込まれるというほぼ共通したシチュエーションの作風で、年代を超えた観客の支持を受け続けている。

スコットの作品に多く見られるテーマの一つに、主人公たちが直面する「異文化(あるいは異国人、エイリアン)との衝突(対決)」がある。『ブラック・レイン』でマイケル・ダグラス扮する刑事を悩ませる日本の警察の捜査方針(最後に和解)、『1492コロンブス』でコロンブスが推し進めるラテンアメリカの西欧化の、先住民の反発による挫折(内乱も関係しているが)、『ブラックホーク・ダウン』ではソマリアへのアメリカ軍の介入が、ソマリア人の予想を超えた猛反撃によって失敗する様を延々と映し出す事で、映画のテーマと見所をオーバーラップさせる事に成功し、近作の『キングダム・オブ・ヘブン』はキリスト教十字軍)とイスラム教の対決に宗教対立とそれに伴う戦争への批判を盛り込んだ、スコットの集大成とも言える野心的大作となった。

[編集] 評価

広告業界では既に成功を収めており、『デュエリスト/決闘者』で映画監督デビューする前に、既に数千本のCMを監督していた。自身のCM監督作品で一番有名なのはアップル社のMacintoshのCM「1984」。

『テルマ&ルイーズ』(1991)以降は一時期低迷したが、『グラディエーター』(2000)と『ハンニバル』(2001)の世界的ヒットで名声を取り戻した。テレビ業界では、多数のテレビドラマで製作総指揮を担当している。

監督賞には縁が薄く、1977年のカンヌ国際映画祭で新人監督賞(『デュエリスト/決闘者』)を受賞したのみで、これまでアカデミー賞をはじめ数々の映画賞で監督賞にノミネートされているが、いずれも受賞を逃している。なお、作品賞はプロデューサーに与えられる賞のため、スコット自身は『グラディエーター』でもオスカー像を手にしていない。

[編集] スタッフ

音楽家のヴァンゲリスは『ブレードランナー』、『1492 コロンブス』のサウンドトラックを担当している。また、ドイツ人作曲家ハンス・ジマーは、1989年の『ブラックレイン』以降の作品の、ほぼ全てに曲を提供している。

編集では『JFK』でオスカーを受賞したシシリー人編集者のピエトロ・スカリアとその編集助手の横山智佐子の編集コンビで、97年の『G.I.ジェーン』以降、ほぼ全てのスコット作品を編集している。

ロサンゼルスとロンドンに製作会社RSA(リドリー・スコット・アソシエーツ)社を置く。スコットが27歳の時に設立したプロダクションで、CMとミュージックビデオの製作を受注、10名前後の若手監督達が所属している。日本人では紀里谷和明が所属している。

[編集] 監督作品

[編集] プロデュース

[編集] 脚注

  1. ^ 目を潰す所をアップで見せる『ブレードランナー』、絞殺刑でもがき苦しむ姿を延々と見せる、高い所から落ちた人間の足から骨が飛び出ている『1492コロンブス』、女性の死体がなぜか下着をつけていない、首を吊り下げられた死体が焼け焦げている、首なしの兵士の死体を馬に乗せて走らせる『グラディエーター』、戦場の跡にハゲタカがいる、首塚がさらりと出てくる『キングダム・オブ・ヘブン』。

[編集] 外部リンク