ダグラス・トランブル

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ダグラス・トランブル
Douglas Trumbull
ダグラス・トランブルDouglas Trumbull
生年月日 1942年4月8日(72歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ロサンゼルス
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 映画監督
SFXスーパーヴァイザー
ジャンル SF映画

ダグラス・トランブルDouglas Trumbull, 1942年4月8日 - )は映画監督SFXスーパーヴァイザー。『2001年宇宙の旅』、『未知との遭遇』、『スタートレック』、『ブレードランナー』などを手がけた。

来歴[編集]

1960年代[編集]

NASAや科学映画製作者コン・ペダースンと撮った初期の作品が、スタンリー・キューブリック監督の目に止まり、『2001年宇宙の旅』の特撮スタッフに招かれる。星の門(スター・ゲート)のシークエンスでは、革命的な撮影技術スリット・スキャンを用いた。

1970年-1974年[編集]

1971年、『サイレント・ランニング』を監督。『2001年宇宙の旅』では使えなかった数々の特殊撮影技術を役立てた。『サイレント・ランニング』は高い評価を得たものの、宣伝不足で、興行的には惨敗だった。この時期には、他にもいくつかの映画プロジェクトを動かしたが、支援を得ることはできなかった。特撮スタッフとして『アンドロメダ…』(1971年)に参加。 1973年、カナダのCTVでテレビシリーズ『スターロスト 宇宙船アーク』を製作総指揮。

1975年-1980年[編集]

1975年ジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』(後に『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』と改題)のオファーを受けるが、他の作品に参加せねばならず辞退。1977年、『未知との遭遇』、『スター・トレック』に参加。

1980年-1990年代[編集]

1981年、『ブレードランナー』の特撮監督を担当。

1983年、ようやくメジャーでの監督第2作となる『ブレインストーム』を撮る機会に恵まれた。この映画は「ショースキャン」と名付けられた新しいフィルム・プロジェクションのお披露目でもあったが、製作半ばでのナタリー・ウッドの死によって、暗い影を落とされてしまった。

これ以降、トランブルはユニバーサル・スタジオの『バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド』のような、博覧会やテーマパーク向けの作品中心に活動するようになった。

2000年代[編集]

2011年トランブルは、デジタルシネマ・サミットで48~60fpsの3D映画を監督することを発表し、3D映画会社Magnetar Productions を設立した[1]

人物[編集]

オズの魔法使』の特撮マンを父に持つトランブルは『2001年宇宙の旅』でフロント・プロジェクション、スリットスキャンといった視覚効果を考案・実用化を行ったにも関わらず、ノミネートは4人までという規約があったためアカデミー賞の視覚効果部門の受賞者候補になれない[2]など疲弊は大きく、画質に徹底的に拘るキューブリックのポリシーには賛同しつつ「もう一職人として特撮はやらない」と決意。『2001年』のマット画撮影を担当したリチャード・ユリシッチと組み視覚効果や映画全体の監督としてSF映画を作って行く。

高画質である事を重視しスタジオではカメラと光学合成に65mmフィルム用の機材を使用。70年代末までに65mmカメラを数十台蒐集していた。またマット合成ではなく同じフィルムに重ね撮りを施す合成手法で劣化を避ける手法を多く用いている。上映時の画質も重視しており、『ブレードランナー』の原作者を招いた試写は高画質という理由でトランブルのスタジオ内にある試写室で行われた[3]

評価[編集]

光学およびデジタル・エフェクト業界のパイオニアとしての尊敬を受け続けている。アカデミー賞には5度ノミネートされ、アカデミー科学技術賞を受賞した。トランブルが関わった(完成した)映画のほとんどは、現在ではSF映画の古典として認知され、年を経るごとにファンを増やしている。『ブレインストーム』はバーチャルリアリティを予見したものであったし、『サイレント・ランニング』は1970年代初頭のエコロジー運動を反映したものであった。

ショースキャンの詳細[編集]

ショースキャンとは、70mmフィルムを使い、60フレーム/秒で撮影・上映する方式。

通常の映画は24コマ/秒で撮影・上映される。対するテレビジョンは、NTSCの場合30コマ/秒であり、さらにインターレース方式では1コマ(1フレーム)が2フィールドで構成されるため、動きは毎秒60コマに分解され再現される。そのため、テレビ慣れした観客にとって、24コマ/秒による動きの表現は、特に激しく画面内が動く場合に、かなりぎこちないものに写る場合がある。ショースキャンは、解像度を70mmフィルムによって改善し、動きを60コマ/秒での撮影・上映によって改善することを試みたもの。しかしフィルムの使用量が激増することや、特殊な上映機材が必要になることから、一般化はしなかった。

21世紀に入ってデジタルシネマが主流になると、60コマ/秒のプログレッシブ方式を使った撮影・映写も珍しいものではなくなり機材や記録媒体のコストも低下。パソコンの普及とビデオカメラの多くにプログレッシブ撮影(60p)の機能が搭載されたことによって家庭でも取り扱えるようになった。ジェームズ・キャメロンが3D映像をよりリアルに、滑らかに見せるためさらにコマ数を倍増した120コマ/秒という規格を採用するなど、トランブルの提唱した理念は発展し続けている。

ショースキャン自体はは現在ラスベガスのルクソール・ホテルで体験することができる。

脚注[編集]

  1. ^ 「2001年宇宙の旅」SFXマン、3D映画監督へ映画.com 映画ニュース 2011年4月14日
  2. ^ このため、キューブリックがその生涯唯一のオスカー像を受け取った。
  3. ^ 『ブレードランナー』DVDの音声解説による。

外部リンク[編集]