アーヴィン・カーシュナー

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Irvin Kershner
アーヴィン・カーシュナー
本名 Irvin Kershner
生年月日 1923年4月29日
没年月日 2010年11月27日(満87歳没)
出生地 ペンシルベニア州フィラデルフィア
死没地 カリフォルニア州ロサンゼルス
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 映画監督
活動期間 1958-1993

アーヴィン・カーシュナー (Irvin Kershner, 1923年4月29日 - 2010年11月27日[1][2]) は、アメリカ合衆国俳優映画監督。「スター・ウォーズ/帝国の逆襲」、「ネバーセイ・ネバーアゲイン」、「ロボコップ2」を監督したことでよく知られる[3]

生い立ち及び経歴[編集]

ユダヤ系アメリカ人の家系に生まれ(後年、自らは生まれを意識しない国際人だと述懐している。同時に愛国心に否定的な見解も示していた。)、フィラデルフィアテンプル大学などで音楽、美術、写真撮影技術などを学んだ。 南カリフォルニア大学映画芸術学部で映画撮影技術を学び、その後は合衆国政府によるポイントフォープログラムでのイラン援助事業におけるスチールカメラマンとして就業、最終的には合衆国情報局の下で製作された、イラン、トルコ、ギリシャにおけるドキュメンタリー映画のディレクターおよび撮影カメラマンとなった。

帰国後は主にドキュメンタリー系のテレビ番組の制作に従事し、監督、撮影、編集などを手がけた。後に西部劇The Rebel(1959-61)の企画と監督も務めた。

その後は映画界へ転向し、The Luck of Ginger Coffeyなどいくつかの作品を手がけ(詳細はフィルモグラフィの項を参照)、特攻サンダーボルト作戦(Raid on Entebbe)ではエミー賞9部門の候補(最優秀監督部門を含む)にノミネートされた。

スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲[編集]

カーシュナーを世界的有名人に押し上げたのが本作である。

監督候補抜擢に驚いた本人がジョージ・ルーカスにそれを問いただすと、その返答は「あなたはハリウッドのディレクターが身につけているべき知識をすべて身につけつつも、ハリウッドの人じゃないから」というものだったといい、ルーカスは彼の登場人物のキャラクター作りのセンスが気に入っていたという。 当初は当人は乗り気でなかったが、マネージャーの説得もあり承諾。その際に彼は「映画の画面を人々の顔で満たしたい、これに勝る娯楽はない」と語ったという。

その後の経歴[編集]

「帝国の逆襲」の後、カーシュナーは「ネバーセイ・ネバーアゲイン」(ショーン・コネリージェームズ・ボンド復帰作)HBOでの「Traveling Man」(ジョン・リスゴージョナサン・シルバーマン出演作、ケーブルACEアウォードにノミネートされた。)、「ロボコップ2」を監督した。また、テレビシリーズ「シークエスト」のいくつかのエピソードを監督し、マーティン・スコセッシの「最後の誘惑」では俳優としてデビュー、ゼベダイ役を演じた。また、スティーヴン・セガールの「沈黙の要塞」では映画監督役を演じた。彼は南カリフォルニア大学の教員でもあった[4]

カーシュナーは3年半に及ぶ肺がんとの闘病生活の末、2010年11月27日にロサンゼルスの自宅で死去した[5] [6][7]。彼は死の直前まで写真撮影に取り組み続けていた[8]

フィルモグラフィ[編集]

参照[編集]

  1. ^ AFP
  2. ^ 'Empire Strikes Back' director Kershner dies in LA, AFP, November 29, 2010.
  3. ^ Irvin Kershner”. imdb.com. 2010年11月26日閲覧。
  4. ^ Kershner's publicity biography
  5. ^ Irvin Kershner dies at 87; film director”. Los Angeles Times (2010年11月30日). 2010年11月30日閲覧。
  6. ^ Irvin Kershner The Hollywood Legend Is Gone at 87”. CNN.com (2010年11月30日). 2010年11月30日閲覧。
  7. ^ Photos Of Irvin Kershner Before His Death”. 2010年11月30日閲覧。
  8. ^ Irvin Kershner Dies At 87

外部リンク[編集]