宮本武蔵 (1954年の映画)

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宮本武蔵
Samurai I: Musashi Miyamoto
監督 稲垣浩
脚本 稲垣浩
若尾徳平
劇化 北條秀司
製作 滝村和男
出演者 三船敏郎
八千草薫
三國連太郎
音楽 團伊玖磨
配給 日本の旗 東宝
公開 日本の旗 1954年9月26日
上映時間 94分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
次作 続宮本武蔵 一乗寺の決闘
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宮本武蔵』(みやもとむさし、英語タイトル:Samurai I: Musashi Miyamoto )は、1954年日本映画である。三船敏郎宮本武蔵を演じた。アカデミー外国語映画賞名誉賞受賞作品。

あらすじ[編集]

慶長5年(1600年)、美作国宮本村で「悪蔵」と呼ばれる乱暴者の武蔵(たけぞう)は、幼馴染の又八と共に村を抜け出し、雑兵として関ヶ原の戦いに参加した。侍としての出世を夢見る二人だったが、味方は惨敗。武蔵は負傷した又八を連れて、野武士の未亡人であるお甲と、娘の朱実が住む屋敷に転がり込んだ。

野盗の襲撃を一人で防いだ武蔵に惚れ、結婚を迫るお甲。だが、武蔵に相手にされないことに腹を立てたお甲は、又八と娘を連れて京の都へと旅立った。取り残された武蔵は、又八の母であるお杉に、又八の生存だけでも伝えようと故郷を目指した。だが、途中の関所で暴れたために、関所破りとして追われる身となる。捜索の目をかい潜り、お杉の屋敷にたどり着く武蔵。だが、お杉は、一人息子を戦場に連れ出した武蔵を憎み、役人に通報する。

宮本村に陣を張った役人は、武蔵を捕えるため、村人を総動員して山狩りを命じた。寺の沢庵和尚は、武蔵を説得するために、又八の許嫁であるお通を連れて山に入った。お通は、又八の母のお杉から、又八が帰らなくても嫁として家に入れと言い渡されていた。孤児であるお通は、この村にいる限り、形ばかりの嫁として生きなければならない。そんな身の上を嘆きつつ、笛を吹くお通。その笛の音に誘われて、現れる武蔵。

沢庵和尚に諭され、その人徳に感銘を受けた武蔵は、おとなしく捕われて村に戻った。だが沢庵和尚は、村の大木に武蔵を吊るし、何日も放置し続けた。わめきたてる武蔵。和尚に、ひどすぎると抗議するお通。実は和尚は、武蔵の首を引き渡せという役人を追い返していたのだが、事情を知らないお通は武蔵を助け、二人で村を出奔してしまう。

お通の裏切りに激怒するお杉。村の名家の誇りにかけて、お通と武蔵を切って捨てると宣言したお杉は、郎党を引き連れ、旅に出る。一方、武蔵とお通の行く末を案じた沢庵和尚は、武蔵を武人として鍛え上げる計画を立て、奇策を巡らす。

概要[編集]

三船敏郎主演、東宝製作の本シリーズは、『宮本武蔵』(1954年)、『続宮本武蔵 一乗寺の決闘』(1955年)、『宮本武蔵完結編 決闘巌流島』(1956年)の3部作となっている。第1である本作は、若く未熟な武蔵(たけぞう)が侍になることを夢見て関ヶ原の戦いに参加するエピソードから、沢庵和尚の導きで武芸者として開眼し、武者修行の旅に出るまでを描いている。宿敵佐々木小次郎はまだ登場していない。

本作は『サムライ』(Samurai I: Musashi Miyamoto)の名で海外公開された。稲垣浩監督によると、「世界中の映画人が夢にまでみたアメリカのオスカー外国映画賞(原文ママ)を『サムライ』がもらったのは、まったく思いもよらぬことだった」といい、「日本の映画賞をもらったことのない私の作品が、アメリカの賞をもらうとは全くわからぬことである」とこのときの驚きをのちに語っている[1]

スタッフ[編集]

キャスト[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『ひげとちょんまげ』(稲垣浩、毎日新聞社刊)