ワダ・エミ
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ワダ・エミ(本名:和田恵美子、1937年3月18日 - )は、京都府出身の衣裳デザイナー。
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略歴 [編集]
1959年(昭和34年)京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)西洋画科卒業。大学在学中の20歳の時、演出家の和田勉と結婚。新婚時代に夫が演出する舞台の衣裳を手がけたのがキッカケ。その後、順調に仕事の依頼が舞い込み、海外の仕事も手掛ける。黒澤明の『乱』(1985年)の衣裳デザインにより日本人女性初のアカデミー賞(衣裳デザイン賞)を受賞した。
主な業績 [編集]
映画 [編集]
- 乱(1985年) 黒澤明監督、アカデミー衣裳デザイン賞受賞
- 鹿鳴館(1986年) 市川崑監督
- 利休(1989年) 勅使河原宏監督
- プロスペローの本(1995年) ピーター・グリーナウェイ監督
- ピーター・グリーナウェイの枕草子(1995年) ピーター・グリーナウェイ監督
- 8 1/2の女たち(1998年) ピーター・グリーナウェイ監督
- キラーウルフ 白髪魔女伝(1993年)ロニー・ユー監督 第13回香港電影金像奨 最優秀衣装デザイン賞を受賞
- 宋家の三姉妹(1997年)メイベル・チャン監督 第17回香港電影金像奨 最優秀衣装デザイン賞を受賞
- 御法度(1999年)大島渚監督
- HERO(2003年)チャン・イーモウ監督 第22回香港電影金像奨 最優秀衣装デザイン賞を受賞
- LOVERS(2004年)チャン・イーモウ監督
- レストレス〜中天〜(2006年)チョ・ドンオ監督
- 呉清源〜極みの棋譜〜(2007年)ティエン・チュアンチュアン監督
- ウォーリアー&ウルフ(原題「狼災記」)(2009年)ティエン・チュアンチュアン監督
- レイン・オブ・アサシン(2010年)ジョン・ウー監督 第30回香港電影金像奨 衣装デザイン賞ノミネート
テレビドラマ [編集]
- 里見八犬伝(2006年)
舞台 [編集]
- アントニーとクレオパトラ 舞台衣装
- オイディプス王 第45回エミー賞衣装デザイン賞を受賞
その他 [編集]
実家・野口茂平衛について [編集]
ワダ・エミの曾祖父である野口茂平衛(野口茂平)は富山県出身。裸一貫で大阪に出て医薬品販売を手がけ、富を得た。それによって神戸六甲山一帯を我が物とし、京都・下鴨で2000坪の土地を手に入れ、後妻・たつのために屋敷を建てた。また、大阪市議にもなっている。しかし、肺病の薬として売り出した「肺労散」が宮武外骨の『滑稽新聞』[1]にインチキ医薬品と指弾され、茂平衛個人も「詐欺師」「野蜘蛛」と激しく批判された。
茂平衛の跡は子の進が継ぎ、さらにその次男である信男が跡を継いだ。信男も大阪で製薬会社を興したが、第二次世界大戦敗戦によって会社を手放した(会社そのものは、別人の手によって現存)。信男と寿美子の夫婦は4女1男を儲けたが、真っ先に生まれたのが恵美子である。
脚注 [編集]
- ^ 和田勉「この道」連載48回(『中日新聞』2003年2月3日号夕刊)には、同じく宮武の「著書『スコブル』で、薬を法外な値段で売る茂平衛薬九層倍商法を徹底的に叩く」とあるが、『滑稽新聞』が正しい。なお、『滑稽新聞』も『スコブル』も宮武が編集した雑誌である。また、宮武は茂平衛を「茂平」と表記している。