映画芸術科学アカデミー
映画芸術科学アカデミー(えいがげいじゅつかがくアカデミー、Academy of Motion Picture Arts and Sciences、AMPAS)は、映画産業における芸術と科学の発展を図るため、アメリカ合衆国などの映画業界人たちによって結成されている団体である。ロサンゼルスとビバリーヒルズに本拠を置き、アカデミー賞の選考・授与、映画文化・映画教育・映画技術の研究に対する助成などを行っている。
アカデミーの会員は、映画業界のプロフェッショナル6,000人以上からなっている。そのメンバーの大多数はアメリカに拠点を置いているが、会員にふさわしい業績をあげた映画人なら国籍・居住地に関係なく会員となれる。2004年の時点では、36か国からの劇場用映画に関わる映画人が会員となっている。
アカデミーは毎年のアカデミー賞(オスカーの俗称がある)の開催で世界に知られている。その他、映画を制作する大学生や大学院生に対して「学生アカデミー賞」(Student Academy Awards、1973年開始、1975年より毎年)を授与し、毎年5人までにニコル映画脚本フェローシップ(Nicholl Fellowships in Screenwriting)を授賞している。またビバリーヒルズでマーガレット・ヘリック図書館(Margaret Herrick Library)を、ハリウッドでピックフォード映画研究センター(Pickford Center for Motion Picture Study)を運営している。
目次 |
歴史 [編集]
1927年5月11日、映画芸術科学アカデミーは非営利組織として36人の会員により創立された。映画監督、脚本家、俳優、さらに撮影監督など映画スタッフのほか、映画プロデューサーと映画会社社長を兼任するハリウッドのボスたち(ワーナー・ブラザースの創業者ワーナー兄弟やメトロ・ゴールドウィン・メイヤーの創業者ルイス・B・メイヤーら)も創立会員となっており、特にルイス・B・メイヤーがアカデミー創立に果たした役割は大きかった。
最初の会長には俳優ダグラス・フェアバンクスが選出された。アカデミーの創立の目的は「映画における芸術と科学の発展を図るため」であったが、俳優や監督らの間にまで労働組合が組織されて映画会社と対立する前に、有力な映画業界人をアカデミーに集め、労働問題などの協議を映画産業のボスたち主導で行う意図もあった。アカデミー賞は副次的な産物であり、1929年に始まった当初は夕食会の席で簡単に行われたものだった。しかし当初プロデューサーや会社の意向や影響が大きかったアカデミー賞選考は、会社側とスタッフ・俳優ら労働側の対立が強まるにつれ労働側の批判やボイコットを受けた。第二次世界大戦後、映画会社は製作・配給の独占を排除され、スタジオ・システムや経営が揺らいだため、各社はアカデミーへの支援を行わなくなり、これを機にアカデミーはアカデミー賞セレモニーの放送権をテレビ局に売ることで自立するようになった。
アカデミーは1946年までハリウッドのメルローズ・アベニューのビルに本拠を置いていた。1975年に本拠はビバリーヒルズのビルに移り分散されていたオフィスが統合されたが、蔵書や所蔵フィルムが急速に増加するなど組織の急成長によって間もなく手狭になった。1988年にビバリーヒルズ市は水道会社のビルだった歴史的建築を55年契約でアカデミーにリースし、この建物は「映画研究センター」(Center for Motion Picture Study)と改名された。その後、ハリウッドに新しい拠点もオープンし、両建物はアカデミー創立会員のうちダグラス・フェアバンクスとメアリー・ピックフォードの夫妻にちなみ命名された。ビバリーヒルズの建物は「フェアバンクス映画研究センター」と改名され、ハリウッドの建物は「ピックフォード映画研究センター」と名付けられている。
36名の創設会員 [編集]
|
俳優 監督 |
弁護士
プロデューサー
|
技術者
脚本家
|
歴代会長 [編集]
- 会長は毎年選挙によって選出され、4期以上は選出されないことになっている。
- ダグラス・フェアバンクス 1927-1929
- ウィリアム・C・デミル w:William C. deMille 1929-1931
- M・C・レヴィー w:M. C. Levee 1931-1932
- コンラッド・ナイジェル 1932-1933
- セオドア・リード J. Theodore Reed 1933-1934
- フランク・ロイド 1934-1935
- フランク・キャプラ 1935-1939
- ウォルター・ワグナー w:Walter Wanger 1939-1941, 1941-1945
- ベティ・デイヴィス 1941 (2か月で辞任)
- ジーン・ハーショルト 1945-1949
- チャールズ・ブラケット 1949-1955
- ジョージ・シートン 1955-1958
- ジョージ・スティーヴンス 1958-1959
- B. B. Kahane 1959-1960 (died)
- ヴァレンタイン・デイヴィース w:Valentine Davies 1960-1961 (死去)
- ウェンデル・コーリー w:Wendell Corey 1961-1963
- アーサー・フリード 1963-1967
- グレゴリー・ペック 1967-1970
- ダニエル・タラダッシュ w:Daniel Taradash 1970-1973
- ウォルター・ミリッシュ 1973-1977
- ハワード・W・コッチ 1977-1979
- フェイ・カニン w:Fay Kanin 1979-1983
- ジーン・アレン w:Gene Allen 1983-1985
- ロバート・ワイズ 1985-1988
- リチャード・カーン Richard Kahn 1988-1989
- カール・マルデン 1989-1992
- ロバート・レーメ w:Robert Rehme 1992-1993, 1997-2001
- アーサー・ヒラー 1993-1997
- フランク・ピアソン 2001-2005
- シド・ギャニス w:Sid Ganis 2005-Present
会員 [編集]
アカデミーの会員になるには、その理事会(Board of Governors)からの招待が必要である。会員となる要件が満たされるのは、映画産業において多大な業績があるとして指名された会員候補者の中からアカデミー会員が投票したり、会員が新たな会員候補の名を映画の各部門での際立った業績とともに提出したりした場合などである。新たな会員の提案と投票は毎年行われているとみられている。アカデミーは会員の一覧や選考された会員名を公開しないが、ハリウッドの名だたる俳優やスタッフたちが名を連ねているとみられる。過去には会員として新たに招待された映画人の一覧を報道各社に広報した時期もあった。
アカデミー会員は、それぞれの職種ごとに15の支部に分けられる。一人が複数の支部に入ることはできず、例えば脚本・監督・編集を同時にこなすなど一つの支部に分けることができない会員は「Members At Large」(一般会員、無所属会員)のグループに入れられる。
支部 [編集]
2006年1月の時点で、会員は5798人であった[1]。
- 俳優 (actors, 1260人)
- 脚本 (writers, 396人)
- 監督 (directors, 376人)
- 撮影 (cinematographers, 186人)
- 編集 (film editors, 224人)
- 音楽 (music, 237人)
- メイクアップ (makeup, - , 2006年創設のためこの時点では存在しなかった)
- 録音 (Sound, 415人)
- 視覚効果 (visual effects, 246人)
- 美術 (art director, 378人)
- 広報 (public relations, 371人)
- 映画プロデューサー (producer, 461人)
- 映画会社役員 (executives, 376人)
- ドキュメンタリー (documentary, 134人)
- 短編映画および長編アニメーション (short films and feature animation, 316人)
- members-at-large (366人)
脚注 [編集]
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- The Academy of Motion Picture Arts and Sciences
- The Official Academy Awards Database of Winners and Nominees
- Margaret Herrick Library
- Pickford Center for Motion Picture Study - Academy Film Archive
- Hollywood Is A Union Town, The Nation, 2 April 1938, history of the Academy and Screen Actors Guild
- 映画芸術科学アカデミー日本語公式サイト (WOWOW)
- アカデミー賞の歴史 (ドンデッチ映画情報)