フレッド・ニブロ

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Fred Niblo
フレッド・ニブロ
フレッド・ニブロ
1926年(大正15年)
本名 Frederick Liedtke
生年月日 1874年1月6日
没年月日 1948年11月11日(満74歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ネブラスカ州ヨーク郡ヨーク
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ルイジアナ州ニューオーリンズ
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 映画監督脚本家映画プロデューサー俳優
ジャンル 映画、とくにサイレント映画
活動期間 1916年1932年
配偶者 ジョゼフィン・コーハン 離婚
エニッド・ベネット 死別
著名な家族
フレッド・ニブロ・ジュニア 長男
主な作品
奇傑ゾロ
血と砂
ベン・ハー

フレッド・ニブロFred Niblo, 1874年1月6日 - 1948年11月11日)は、アメリカ合衆国映画監督脚本家映画プロデューサー俳優である[1]アカデミー賞を設立した36人の人物の一人である[1]。⇒ 映画芸術科学アカデミー#36名の創設会員

人物・来歴[編集]

1874年(明治7年)1月6日ネブラスカ州ヨーク郡ヨークに「フレデリック・ライトケ」として生まれる[1]

1927年(昭和2年)5月11日ルイス・B・メイヤーダグラス・フェアバンクスらとともに、映画芸術科学アカデミーを創立、アカデミー賞を創設して、1929年(昭和4年)5月16日には、第1回アカデミー賞を開始した。

1948年(昭和23年)11月11日ルイジアナ州ニューオーリンズで死去した[1]。満74歳没。最初の妻ジョゼフィン・コーハンとの間の長男フレッド・ニブロ・ジュニアは脚本家として成功した[1]ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに星を持ち、彼の監督作の『ベン・ハー』は、1997年(平成9年)にアメリカ国立フィルム登録簿に登録された。

同時代の日本映画には、多大な影響を与えており、寿々喜多呂九平は『奇傑ゾロ』を翻案して『快傑鷹』(1924年)の脚本を書き、二川文太郎が監督して主演の高木新平が「鳥人」と呼ばれ[2]1927年(昭和2年)に冬島泰三が翻案して脚本を書き、衣笠貞之助が監督した『鬼あざみ』は『紅百合』が原作で、ニブロの名がクレジットされている[3]。『ベン・ハー』に影響を受けた岩井憲次という青年は、1927年に映画俳優としてデビューするにあたり、主演のラモン・ノヴァロから名をもらい、羅門光三郎と名乗り剣戟俳優となった。

フィルモグラフィ[編集]

監督作
六六六』、1916年
血と砂』、1922年。

関連事項[編集]

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  1. ^ a b c d e #外部リンク欄、「Fred Niblo」リンク先、Internet Movie Database、2009年10月28日閲覧。
  2. ^ 無声映画人物録、「高木新平」の項、マツダ映画社、2009年10月28日閲覧。
  3. ^ 鬼あざみ日本映画データベース、2009年10月28日閲覧。

外部リンク[編集]