ロバート・デ・ニーロ
| ロバート・デ・ニーロ Robert De Niro |
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2011年 |
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| 本名 | Robert Mario De Niro, Jr. | ||||||||||
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| 生年月日 | 1943年8月17日(69歳) | ||||||||||
| 出生地 | ニューヨーク州ニューヨーク市 |
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| 活動期間 | 1969年- | ||||||||||
| 活動内容 | 1974年:初のオスカー 1980年:2度目のオスカー 1988年:製作会社設立 1993年:映画初監督 |
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| 配偶者 | ダイアン・アボット (1976年-1988年) グレイス・ハイタワー (1997年-) |
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| 主な作品 | |||||||||||
| 『ゴッドファーザー PART II』 『タクシードライバー』 『ディア・ハンター』 『レイジング・ブル』 『ヒート』 『ミート・ザ・ペアレンツ』 |
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ロバート・デ・ニーロ(Robert De Niro, Jr.、1943年8月17日 - )は、アメリカ合衆国の俳優、映画監督。アカデミー助演男優賞を受賞した『ゴッドファーザー PART II』、アカデミー主演男優賞を受賞した『レイジング・ブル』、および『タクシードライバー』をはじめとするマーティン・スコセッシ監督の一連の作品への出演で知られる。
撮影の前に徹底した役作りを行うことで有名。また、『グッド・シェパード』などの作品で映画監督も務めている。
目次 |
来歴 [編集]
生い立ち [編集]
ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジ出身[1]。父親のロバート・デ・ニーロ=シニアは画家。父はイタリア系及びアイルランド系であり、母はイングランド、ドイツ、フランス、オランダの血を引いていた[2][3]。2歳の頃に両親が離婚し、母親の元で育てられたが、父親も近くに暮らしていたため行き来して育つ[4]。少年時代から役者に憧れ、ステラ・アドラーの下で演技を学んだ後に、名門アクターズ・スタジオに通った[5]。一時期ヨーロッパに出向き、各国を渡り歩きながら演技の修行をしていたこともあった。
キャリア [編集]
役者として駆け出しの頃は、同様に無名フィルムメーカーであったブライアン・デ・パルマ監督とコンビを組んでいた。
1972年に公開された『ゴッドファーザー』でソニーやマイケル役のオーディションを受けたが落選。しかし、監督のフランシス・フォード・コッポラはデ・ニーロの演技力を高く評価し、続編の『PART II』では若きドン・ヴィト・コルレオーネの役を割り当てた。デ・ニーロは、この役を演じるためにわざわざシチリアまで赴いてイタリア語を完璧にマスターした後、マーロン・ブランドのしゃがれ声を真似るために必死の練習をしたという。その演技は評判となりアカデミー助演男優賞を受賞した。
1973年には長らくコンビを組むことになるマーティン・スコセッシ監督の『ミーン・ストリート』に出演。これ以降、『タクシードライバー』(1976年)、 『ニューヨーク・ニューヨーク』 (1977年)、『レイジング・ブル』 (1980年)、『キング・オブ・コメディ』 (1983年)、『グッドフェローズ』(1990年)、『ケープ・フィアー』(1991年)、『カジノ』 (1995年)といった同監督の作品に主演した。2012年にはイギリスのTotal Film誌の発表した「映画史に残る監督と俳優のコラボレーション50組」にて第1位に選ばれた[6]。現在企画中のスコセッシ監督作『The Irishman』にて9度目のコンビを組むことが予定されている[7]。
アカデミー主演男優賞を受賞した『レイジング・ブル』では体を鍛え上げボクサー役を演じた後、老いた主人公を演じるために体重を20キロ増やした。また、『アンタッチャブル』(1987年)においてはアル・カポネを演じるために頭髪を抜いている。このようなデ・ニーロ流の徹底した役作りはデニーロ・アプローチと呼ばれるようになり、彼の代名詞となった。
出世作である『ゴッドファーザー PART II』をはじめ、『タクシードライバー』、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』、『アンタッチャブル』、『グッドフェローズ』、『カジノ』など犯罪映画に多く出演してきたが、1980年代半ばからはコメディ映画などでも成功を収め、近年は『ミート・ザ・ペアレンツ』や『アナライズ・ユー』でコミカルな役柄を演じるなど幅広い演技力を見せている。
1988年には、ジェーン・ローゼンタール(Jane Rosenthal)と共同で、プロダクション「トライベッカ (トライベッカフィルムセンター)」を設立。初監督となった1993年の『ブロンクス物語/愛につつまれた街』など、監督や製作としても活躍している。
役作り [編集]
上述の通り、デ・ニーロは役に成りきるための努力を惜しまない。その例を挙げる。
- 『ゴッドファーザー PART II』では、シチリア島に住んで、イタリア語をマスターした後に、マーロン・ブランドのしゃがれ声を完璧に模写した。
- 『タクシードライバー』では3週間、ニューヨークでタクシードライバーとして働いた[8]。
- 『ディア・ハンター』では、物語の舞台となったピッツバーグに撮影数ヶ月前から偽名で暮らしていた。さらに鉄工所で働こうとしたが、現地の人に拒否されたという。
- 『レイジング・ブル』では体重を20キロも増やして役に臨んだが[1]、このためにイタリアに赴いて、現地のあらゆるレストランを食べ回った。
- 主人公がユダヤ人の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』では、ユダヤ人家庭にホームステイした。
- 『アンタッチャブル』では実際に頭髪を抜いて、アル・カポネを演じた。体重は直後に別の映画出演が決まっていたので太るわけにいかず、ボディスーツを着用したが、顔だけは太らせて撮影に臨んだ。
- 『ミッドナイト・ラン』では、マーティン・ブレストと共に実際の賞金稼ぎと共に行動し、捕獲の瞬間、張り込み、捜査の方法などを経験した。
- 『ビーイング・フリン(原題) / Being Flynn』でホームレス役で出演するため、役づくりのためにホームレス施設に潜入した[9]。
私生活 [編集]
イタリア名誉市民権 [編集]
2005年にイタリアのシルヴィオ・ベルルスコーニ首相が彼を「著名なイタリア系移民」として表彰しようとしたが、一部市民団体がデ・ニーロは『ゴッドファーザー』などで「イタリア=マフィア」のマイナスイメージを植え付けた人物だとして抗議[10]。紆余曲折の末、2006年のローマ映画祭の最終日のセレモニーの際に名誉市民権が授与された。
家族 [編集]
1976年に女優のダイアン・アボットと結婚し、アボットの娘を養子にとり、実子も一人もうけるも1988年離婚。1995年には当時交際していたモデルのToukie Smithとの間に体外受精で双子をもうける[11]。1997年に女優のグレイス・ハイタワーと再婚[12]1998年には息子エリオットが生まれた。1999年8月にはデ・ニーロが離婚の申し立てを行った[13]が、離婚はせず[12]2011年には娘グレイスが生まれている[14][15][16]。
博士号 [編集]
2012年5月にはベイツ大学より博士号を授与された[17]。
トライベッカ [編集]
生まれ育ったマンハッタンのトライベッカ地域には特に愛着を持っている。共同で設立したプロダクションにもその名を使い、アメリカ同時多発テロで被害を受けた復興のためにトライベッカ映画祭を主催するほか、トライベッカ・グリルやNOBU(松久信幸との共同)などのレストランを経営している。
テレビCMや雑誌などの広告にはほとんど出演していないが、トライベッカ映画祭に協賛している縁もあってアメリカンエキスプレスの広告に出演したことがある。
その他 [編集]
- 映画以外では表立った活動を避け、マナーを欠いたマスコミの対応は嫌悪する。無許可で撮影した場合などは不快感をあらわにしている。
- 『ディア・ハンター』で、制作のユニバーサル・ピクチャーズがジョン・カザールを降板させようとした時、この映画のヒロインで、カザールの婚約者だったメリル・ストリープや監督のマイケル・チミノとともに「ジョンを降ろすなら、自分も降りる」といってカザールの続投を認めさせた。ユニバーサルは癌(骨腫瘍)宣告を受けていたカザールの健康に配慮して降板を企図したのだが、デ・ニーロらはカザールの意志を尊重した。
- 日本のプレタポルテブランドであるコム・デ・ギャルソンを愛用している。
出演作品 [編集]
映画 [編集]
| 公開年 | 邦題 原題 |
役名 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1965 | マンハッタンの哀愁 Trois chambres à Manhattan |
ダイナーの客 | |
| 1968 | ロバート・デ・ニーロのブルーマンハッタン/BLUE MANHATAN2・黄昏のニューヨーク Greetings |
ジョン | |
| 1969 | ロバート・デ・ニーロのスワップ Sam's Song |
サム | |
| 御婚礼 ザ・ウェデング・パーティー The Wedding Party |
セシル | ||
| 1970 | 血まみれギャングママ Bloody Mama |
ロイド・ベイカー | |
| ロバート・デ・ニーロのブルーマンハッタン/BLUE MANHATAN1・哀愁の摩天楼 Hi, Mom! |
ジョン | ||
| 1971 | 生き残るヤツ Born to Win |
ダニー | |
| 1973 | バング・ザ・ドラム Bang the Drum Slowly |
ブルース | |
| ミーン・ストリート Mean Streets |
ジョニー・ボーイ | ||
| 1974 | ゴッドファーザー PART II The Godfather: Part II |
ドン・ヴィトー・コルレオーネ | アカデミー助演男優賞 受賞 |
| 1976 | タクシードライバー Taxi Driver |
トラヴィス・ビックル | |
| 1900年 1900 |
アルフレード | ||
| ラスト・タイクーン The Last Tycoon |
モンロー | ||
| 1977 | ニューヨーク・ニューヨーク New York, New York |
ジミー・ドイル | |
| 1978 | ディア・ハンター The Deer Hunter |
マイケル | |
| 1980 | レイジング・ブル Rasing Bull |
ジェイク・ラモッタ | アカデミー主演男優賞 受賞 ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門) 受賞 |
| 1981 | 告白 True Confessions |
Father Des Spellacy | |
| 1982 | キング・オブ・コメディ The King of Comedy, mit Jerry Lewis |
ルパート | |
| 1984 | ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ Once Upon a Time in America |
デヴィッド・アーロンソン | |
| 恋におちて Falling in Love |
フランク・ラフティス | ||
| 1985 | 未来世紀ブラジル Brazil |
アーチボルド・ハリー・タトル | |
| 1986 | ミッション The Mission |
ロドリゴ・メンドーザ | |
| 1987 | エンゼル・ハート Angel Heart |
ルイ・サイファー | |
| アンタッチャブル The Untouchable |
アル・カポネ | ||
| 1988 | ミッドナイト・ラン Midnight Run |
ジャック・ウォルシュ | |
| 1989 | アイリスへの手紙 Stanley & Iris |
スタンリー・エヴェレット・コックス | |
| ジャックナイフ Jacknife |
ジャックナイフ | ||
| 俺たちは天使じゃない We're No Angels |
ネッド | 出演・製作総指揮 | |
| 1990 | グッドフェローズ Goodfellas |
ジェームズ・コンウェイ | |
| レナードの朝 Awakenings |
レオナルド・ロー | ||
| 1991 | 真実の瞬間 Guilty by Suspicion |
デヴィッド・メリル | |
| バックドラフト Backdraft |
ドナルド・リムゲイル | ||
| ケープ・フィアー Cape Fear |
マックス | ||
| 1992 | ミストレス Mistress |
エヴァン・M・ライト | 出演・製作 |
| ナイト・アンド・ザ・シティ Night and the City |
ハリー | ||
| 1993 | 恋に落ちたら… Mad Dog and Glory |
ウェイン・ドビー | |
| ボーイズ・ライフ This Boy's Life |
ドワイト・ハンセン | ||
| ブロンクス物語/愛につつまれた街 A Bronx Tale |
ロレンツォ・アネロ | 監督・製作・出演 | |
| 1994 | フランケンシュタイン Frankenstein |
クリーチャー | |
| 百一夜 Les Cent et une nuits de Simon Cinéma |
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| 1995 | カジノ Casino |
サム・ロススティーン | |
| ヒート Heat |
ニール・マッコーリー | ||
| 1996 | ザ・ファン The Fan |
ギル・レナード | |
| スリーパーズ Sleepers |
ボビー神父 | ||
| マイ・ルーム Marvin's Room |
ウォーリー医師 | 出演・製作 | |
| 1997 | コップランド Cop Land |
モー・ティルディン | |
| ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ Wag the Dog |
コンラド・ブリーン | 出演・製作 | |
| ジャッキー・ブラウン Jackie Brown |
ルイス・ガーラ | ||
| 1998 | 大いなる遺産 Great Expectations |
脱獄囚/アーサー・ラスティグ | |
| RONIN Ronin |
サム | ||
| 1999 | アナライズ・ミー Analyze This |
ポール・ヴィッティ | |
| フローレス Flawless |
ウォルト | ||
| 2000 | ザ・ダイバー Men of Honor |
ビリー・サンデー | |
| ミート・ザ・ペアレンツ Meet the Parents |
ジャック・バーンズ | 出演・製作 | |
| 2001 | 15ミニッツ 15 Minutes |
エディ・フレミング | |
| スコア The Score |
ニック・ウェルズ | ||
| 2002 | ショウタイム Showtime |
ミッチ・プレストン | |
| 容疑者 City By The Sea |
ビンセント・ラマーカ | ||
| アナライズ・ユー Analyze That |
ポール・ヴィッティ | ||
| 2004 | アダム -神の使い 悪魔の子- Godsend |
リチャード・ウェルズ博士 | |
| シャーク・テイル Shark Tale |
ドン・リノ | 声の出演 | |
| ミート・ザ・ペアレンツ2 Meet the Fockers |
ジャック・バーンズ | 出演・製作 | |
| サン・ルイ・レイの橋 The Bridge of San Luis Rey |
ペルーの大司教 | ||
| 2005 | ハイド・アンド・シーク 暗闇のかくれんぼ Hide and Seek |
デヴィッド・キャラウェイ | |
| 2006 | アーサーとミニモイの不思議な国 Arthur et les Minimoys |
王 | 声の出演 |
| グッド・シェパード The Good Shepherd |
ビル・サリヴァン将軍 | 監督・出演 | |
| 2007 | スターダスト Stardust |
キャプテン・シェイクスピア | |
| 2008 | トラブル・イン・ハリウッド What Just Happened |
ベン | 出演・製作 |
| ボーダー Righteous Kill |
ターク | ||
| 2009 | みんな元気 Everybody's Fine |
フランク・グッド | |
| 2010 | マチェーテ Machete |
ジョン・マクラフリン議員 | |
| ストーン Stone |
ジャック | ||
| ミート・ザ・ペアレンツ3 Little Fockers |
ジャック・バーンズ | ||
| 2011 | 昼下がり、ローマの恋 Manuale d'am3re |
エイドリアン | |
| リミットレス Limitless |
カール・ヴァン・ルーン | ||
| キラー・エリート Killer Elite |
ハンター | ||
| ニューイヤーズ・イブ New Year's Eve |
スタン | ||
| 2012 | レッド・ライト Red Lights |
サイモン・シルヴァー | |
| フリーランサー NY捜査線 Freelancers |
ジョー | ||
| 世界にひとつのプレイブック Silver Linings Playbook |
パット・シニア |
テレビCM [編集]
- 「アメリカンエキスプレス」(2004年) - マーティン・スコセッシが監督
- 「スバル・レガシィ」(富士重工業)(2009年) - 日本企業のCMに出演するのは初めて
- 「ドコモdビデオ」(NTTドコモ)(2013年) - 松田龍平と共演
プロデュース作品 [編集]
- パンサー Panther (1995年)※クレジットなし
- ウィズアウト・ユー - Entropy(1999年)
- アバウト・ア・ボーイ - About a Boy(2002年)
- レント - Rent(2005年)
監督作品 [編集]
- ブロンクス物語/愛につつまれた街 - A Bronx Tale (1993年)
- グッド・シェパード - The Good Shepherd (2006年)
日本語吹き替え [編集]
作品によって与える印象が全く異なっているため、専任の声優は存在しない。基本的には、小川真司、津嘉山正種、樋浦勉の三者が声を務めることが多い。知的で道徳的な役を演じる場合は津嘉山や小川が担当し、粗暴な役やコミカルな役を演じる場合は樋浦が担当することが多い。 その他では堀勝之祐、池田勝、青野武なども、本数は少ないものの複数担当している。
関連項目 [編集]
- 森本正治(デ・ニーロが共同オーナーを務めるニューヨークの日本料理レストラン「NOBU」の元総料理長)
出典 [編集]
- ^ a b Stated on Inside the Actors Studio, 1998
- ^ “Robert De Niro Biography”. contactmusic.com. 2010年12月7日閲覧。
- ^ Dougan, Andy (2003). Untouchable: a biography of Robert De Niro. Da Capo Press. p. 145. ISBN 1560254696.
- ^ Dougan,p. 10.
- ^ Dougan, pp. 17–18.
- ^ 英誌選出「映画史に残る監督&俳優のコラボレーション50組」 : 映画ニュース - 映画.com
- ^ マーティン・スコセッシ監督、ようやく遠藤周作「沈黙」に着手か? : 映画ニュース - 映画.com
- ^ Dougan, p. 75.
- ^ “「メソッド演技法」で有名なロバート・デ・ニーロが、新作の役づくりのためにホームレス施設に潜入”. シネマトゥデイ. (2012年3月4日) 2012年12月16日閲覧。
- ^ “デ・ニーロへのイタリア市民権付与に抗議”. 映画.com. (2004年8月17日) 2012年12月16日閲覧。
- ^ Toukie Smith and actor Robert De Niro become parents of twins. (October 20, 1995). p. 36.
- ^ a b "Drug allegations hit De Niro custody battle" July, 26 2001. The Guardian
- ^ “デ・ニーロと元妻のバトル激化”. 映画.com. (2001年7月31日) 2012年12月16日閲覧。
- ^ “Robert De Niro & Wife Welcome Baby Girl”. People (2011年12月23日). 2011年12月23日閲覧。
- ^ “Robert De Niro and wife welcome a child via surrogate”. Daily Mail (London). (2011年12月24日) 2011年12月24日閲覧。
- ^ “ロバート・デ・ニーロ、68歳でパパに!6人目の子どもが誕生”. シネマトゥデイ. (2011年12月24日) 2012年12月16日閲覧。
- ^ “ロバート・デ・ニーロに名誉博士号!米名門大学が授与”. シネマトゥデイ. (2012年5月29日) 2012年12月16日閲覧。
参照 [編集]
- Baxter, John (2002). De Niro: A Biography. HarperCollins. ISBN 978-0-00-257196-8.
- Dougan, Andy (2003). Untouchable: a biography of Robert De Niro. Da Capo Press. ISBN 1-56025-469-6.
外部リンク [編集]
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