セルピコ
| セルピコ | |
|---|---|
| Serpico | |
| 監督 | シドニー・ルメット |
| 脚本 | ウォルド・ソルト ノーマン・ウェクスラー |
| 製作 | マーティン・ブレグマン |
| 製作総指揮 | ディノ・デ・ラウレンティス |
| 出演者 | アル・パチーノ |
| 音楽 | ミキス・テオドラキス ジャコモ・プッチーニ |
| 撮影 | アーサー・J・オニッツ |
| 編集 | デデ・アレン リチャード・マークス |
| 配給 | パラマウント映画 |
| 公開 | |
| 上映時間 | 130分 |
| 製作国 | |
| 言語 | 英語 イタリア語 スペイン語 |
| 興行収入 | $29,800,000[1] |
『セルピコ』(原題: Serpico)は、1973年製作のアメリカ・イタリア合作映画。シドニー・ルメット監督作品。ニューヨーク市警に蔓延する汚職や腐敗に立ち向かう警察官の実話に基づいた作品。主人公であるフランク・セルピコをアル・パチーノが演じている。
1976年、『アウトロー刑事・セルピコ』としてデヴィッド・バーニー、バート・ヤング出演でドラマ化された(全15話)。パイロット版TV放送時題名『新セルピコ 孤独刑事最後の挑戦』。
目次 |
概要 [編集]
原作はジャーナリストのピーター・マースが執筆したフランク・セルピコの伝記である。マースの代理人に伝記の映画化を勧められたマーティン・ブレグマンが中心になって映画製作が開始された。当初ブレグマンはジョン・G・アヴィルドセンに監督を頼む予定だったが、政治的な側面を掘り下げたいアヴィルドセンと人間ドラマを中心に据えたいブレグマンの路線が対立、最終的にシドニー・ルメットが監督に選ばれた[2]。
映画は1973年12月5日に公開され、全米で約2980万ドルの興行収入を挙げた[1]。本作品における演技でアル・パチーノは1973年度のゴールデン・グローブ賞(ドラマ部門)とナショナル・ボード・オブ・レビュー賞の主演男優賞を獲得した。映画は同年度のアカデミー賞で主演男優賞と脚色賞にノミネートされたが、受賞には至らなかった。
パチーノが演じたフランク・セルピコは、警察組織内の汚職と闘い、1971年には汚職を告発した警察官としてアメリカでは有名な人物である。バッジナンバーは5566。2003年にアメリカ映画協会が選んだアメリカ映画100年のヒーローと悪役ベスト100では、セルピコがヒーロー部門第40位にランクインした。
ストーリー [編集]
雨の降る夜、救急病院に一人の重症の警察官が運び込まれた。彼の名前はフランク・セルピコ、ニューヨーク市警の麻薬課刑事だ。セルピコは捜査中に同僚の警察官によって銃撃され、負傷したのだという。そのニュースを聞いた彼の上司は、「俺はセルピコを撃ち殺したいと言っていた警察官を6人知っている」と部下に語った。
何故セルピコは本来味方であるはずの警察組織内に多くの敵を抱えていたのか?物語はセルピコの警察学校の卒業式まで遡る。
キャスト [編集]
| 役名 | 俳優 | 日本語吹き替え | |
|---|---|---|---|
| TV | |||
| フランク・セルピコ | アル・パチーノ | 野沢那智 | |
| シドニー・グリーン | ジョン・ランドルフ | 宮川洋一 | |
| マクレイン分署長 | ビフ・マクガイア | 西村晃 | |
| ローリー | バーバラ・エダ・ヤング | 武藤礼子 | |
| ボブ・ブレア | トニー・ロバーツ | 野島昭生 | |
| レスリー・レーン | コーネリア・シャープ | ||
| トム・キーオ | ジャック・キーホー | ||
| ハーマン・タウバー | アラン・リッチ | ||
脚注 [編集]
- ^ a b “Serpico (1973)”. Box Office Mojo. 2010年1月12日閲覧。
- ^ Serpico:Real to Real(『セルピコ』製作の模様を扱ったドキュメンタリー、パラマウント映画版DVD収録)
外部リンク [編集]
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