アンソニー・フランシオサ
| アンソニー・フランシオサ Anthony Franciosa |
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アンソニー・フランシオサ(右)とLaraine Stephers、1975年 |
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| 生年月日 | 1928年10月25日 |
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| 没年月日 | 2006年1月19日(満77歳没) |
| 出生地 | ニューヨーク州マンハッタン |
| 国籍 | |
アンソニー・フランシオサ(Anthony Franciosa, 1928年10月25日-2006年1月19日)はアメリカの俳優である。全盛時にはトニー・フランシオサの名で活動していた。
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来歴 [編集]
本名アンソニー・ジョージ・パパレオ。ニューヨーク州マンハッタンで、イタリア系の両親の間に生まれ、母とおばとに育てられる。芸名のフランシオサは、母の結婚前の名字である。
1948年にオフ・ブロードウェイのチェリー・レーン・テアトルに入る。俳優として一人前になるまでに、ウェイター、皿洗い、日雇い労働者、メッセンジャーボーイなどの様々な職につく。数年後に、ブロードウェイでの『夜を逃れて』の演技が絶賛され、トニー賞にノミネートされる。同作品が1957年に映画化された時、同じ役を演じ、アカデミー主演男優賞にノミネートされた。『群衆の中の一つの顔』や『長く熱い夜』をはじめ、その後いくつかの有名映画に出演する。米ABCで、1963年から1964年にかけて放送された『ザ・グレイティスト・ショー・オン・アース』にもゲスト出演し、同じ時期、やはりABCの、精神科を舞台とした医療ドラマ『ブレーキング・ポイント』にも出演した。
『ボナンザ』のプロデューサー、デビッド・ドルトートが、西部劇ドラマ『ハイ・シャパラル』で、キャメロン・ミッチェルの親友であり、甥でもあるマノリート・モントーヤの役を、フランシオサに振ろうと考えていた。ただし、ヘンリー・ダロウが遅刻したらという条件付きであり、ダロウがセットに時間通りに到着したため、フランシオサはモントーヤ役を演じることができなかった。
テレビでも『バレンタイン・デー』『ネーム・オブ・ザ・ゲーム』及びパイロット版の『死んだ女の住所録』、そして『マット・ヘルム』では主役を務め、アーロン・スペリング制作の『ファインダー・オブ・ロスト・ラブス』にも主演した。
私生活では4度の結婚をし、3度目の妻ジュディス・バラバンとの間に娘のニーナが、そして4番目にして最後の妻リタ・テイルとの間に2人の息子、マルコとクリストファーが生まれている。マルコは俳優であり、クリストファーは有機農業に携わっている。 晩年はロスアンジェルス西部のブレントウッドで暮らした。
2006年1月14日に脳こうそくで倒れ、19日にロナルド・レーガンUCLAメディカルセンターで77歳で死去した。14日は、かつての妻で、アカデミー賞女優でもあるシェリー・ウィンタースが亡くなった日でもあった。
トム・ウェイツが1992年に発表したアルバム『ボーン・マシーン』の10曲目「ゴーイン・アウト・ウエスト」でフランシオサの名前が使われている。
出演作品 [編集]
映画 [編集]
- 夜を逃れて(1957)
- 群衆の中の一つの顔(1957)
- 長く熱い夜(1958)
- 果てしなき夢(1959)
- ピリオド・オブ・アジャストメント(1962)
- マドリードで乾杯(1964)
- リオ・コンチョス(1964)
- 空から赤いバラ(1967)
- 新・動く標的(1975)
- シャドー(1982)
- 訣別の街(1996)
テレビドラマ [編集]
- バレンタイン・デー
- ネーム・オブ・ザ・ゲーム(パイロット版『死んだ女の住所録』を含む)
- プローブ捜査指令
- マット・ヘルム(日本未公開)
- ファインダー・オブ・ロスト・ラブス