トーマス・ミッチェル

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Thomas Mitchell
トーマス・ミッチェル
トーマス・ミッチェル
生年月日 1892年7月11日
没年月日 1962年12月17日(満70歳没)
出生地 ニュージャージー州エリザベス
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 俳優劇作家
ジャンル 舞台映画テレビドラマ
活動期間 1916年 - 1962年

トーマス・ミッチェルThomas Mitchell, 1892年7月11日1962年12月17日)は、アメリカ合衆国俳優劇作家。身長160cm、体重72kg。

目次

[編集] 生涯

ニュージャージー州出身。地元のデイリー・ジャーナルの新聞記者から劇作家となって活躍、ブロードウェイで自作が上演されたのをきっかけに、のちには自ら演出をも手がけた。フロイド・ディールと組んで何本かの脚本を書き、その中の作品『リトル・アクシデント』が1930年に映画化されたのを機に、脚本家として映画入り、フレドリック・マーチ主演の『わたしの凡て』をはじめ、いくつかの脚本を発表したのち、コロムビア映画社と契約、映画俳優として1936年の『クレイグの妻』でデビュー。

その後も『失はれた地平線』や『ハリケーン』といった大作に印象的な脇役として出演。そして1939年、『駅馬車』の飲んだくれのブーン医師を演じてアカデミー助演男優賞を受賞したのをはじめ、『スミス都へ行く』の新聞記者、『コンドル』のリチャード・バーセルメスと対するパイロット、『風と共に去りぬ』のヴィヴィアン・リー扮するスカーレット・オハラの父親と脇ながらも重要な役を演じ、俳優としてこの年は当たり年となった。

以降も小柄ながら堂々とした押し出しとアイリッシュ系の味わい深い演技で、映画、舞台、テレビと息の長い活躍を見せた。テレビでは1952年度のエミー賞の主演男優賞を受賞。また刑事コロンボを演じた最初の俳優としても知られた。

1962年の舞台『殺人処方箋』でジョゼフ・コットン演じる犯人を追い詰めるコロンボ刑事を演じ、主役であったコットンを喰ってしまうぐらいの人気ぶりだったという。同年12月17日にフィラデルフィアの公演先で倒れ、ガンのためビバリーヒルズの自宅で死去した。ウォルター・ブレナンと並びハリウッド黄金時代の名脇役として活躍したが、その私生活はあまり知られていない。

[編集] 主な出演作品

[編集] 受賞歴

[編集] アカデミー賞

受賞
1940年 アカデミー助演男優賞:『駅馬車
ノミネート
1938年 アカデミー助演男優賞:『ハリケーン

[編集] 外部リンク

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