ジェームズ・ダン

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ジェームズ・ダン
James Dunn
James Dunn
シットコムIt's a Great Life』(1954年 - 1956年放送)より
左はフィリス・コーテス英語版
本名 James Howard Dunn
生年月日 1901年11月2日
没年月日 1967年9月3日(満65歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューヨーク市
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国サンタモニカ
身長 183 cm
職業 俳優
活動期間 1929年 - 1966年
配偶者 エドナ・オライア (19??-19??)
フランシス・ギフォード [1](1938-1942)
エドナ・ラッシュ (1945-1967)
主な作品
1945年ブルックリン横丁

ジェームズ・ダンJames Howard Dunn1901年11月2日1967年9月3日)は、ニューヨーク市出身のアメリカ合衆国俳優1945年の『ブルックリン横丁』でアカデミー助演男優賞を受賞した。ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームにテレビと映画で2つの星がある。

来歴[編集]

1901年(1905年との資料もある[2])、ウォール街の株式仲買人の息子としてニューヨーク市に生まれる。ヴォードヴィリアンとして活動を開始し、1920年代後半にはエキストラとしてサイレント映画に出演するようになる[3]

1931年にフォックス・フィルム(後の20世紀フォックス)と契約、数々の映画に出演し、1934年にはシャーリー・テンプルの映画4本に出演するなどキャリアのピークを迎える。しかし、1930年代後半になると役がつかなくなり、アルコール依存症とあいまって低迷する。

1945年、『ブルックリン横丁』で「アルコール依存症だが心優しい父親」を演じ、第18回アカデミー賞助演男優賞を受賞、奇跡的な復活を果たすが、その後は再び低迷し、1950年代初頭には破産、酒浸りの生活を送るようになる。1950年代以降、活動の中心を映画からテレビに移す。

1967年、胃の手術を受けた後の合併症により死去。

主な出演作[編集]

公開年 邦題
原題
役名 備考
1931 バッド・ガール
Bad Girl
エディ・コリンズ
婦人記者
Sob Sister
ギャリー・ウェブスター
オーバー・ゼ・ヒル
Over the Hill
ジョニー・シェルビー
1932 ダンス・チーム
Dance Team
ジミー・マリガン
運動選手を目指して
Society Girl
ジョニー・マローン
1933 水兵上陸
Sailor's Luck
ジミー・フェニモア・ハリガン
四一九号室の女
The Girl in 419
ダニエル・フレンチ
当たって砕けろ
Take a Chance
デューク・スタンリー
1934 歓呼の嵐
Stand Up and Cheer!
ジミー
紐育の口笛
Change of Heart
マック
ベビイのお目見得
Baby Take a Bow
エディ・エリソン
アイスクリーム娘
Have a Heart
ジミー・フラハティ
聖林三百六十五夜
365 Nights in Hollywood
ジミー・デイル
輝く瞳
Bright Eyes
ループ・メリット
1935 ジョージ・ホワイツ一九三五年スキャンダルス
George White's 1935 Scandals
エディ・テイラー
深夜の出来事
Bad Boy
エディ・ノーラン
1936 鉄拳熱血紳士
Two-Fisted Gentleman
ミッキー
1937 紳士ギャング
We Have Our Moments
ジョン・ウェイド
1943 陽気な女秘書
Government Girl
ジョー・ブレイク
1945 ブルックリン横丁
A Tree Grows in Brooklyn
ジョニー・ノーラン アカデミー助演男優賞 受賞
1960 許されざる愛情
The Bramble Bush
ステュー・シェイファー
1962 青年
Hemingway's Adventures of a Young Man
電信技手
1966 オスカー
The Oscar
重役

脚注[編集]

  1. ^ 1930年代から1940年代にかけて多くの映画に助演で出演した女優。Frances Gifford (1920 - 1994)。
  2. ^ James Dunn” (英語). IBDB. 2013年4月16日閲覧。
  3. ^ James Dunn. Allocine.co.uk.

外部リンク[編集]