ロジャー・ムーア

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ロジャー・ムーア
Roger Moore
ロジャー・ムーア Roger Moore
ロジャー・ムーア(2009年)
本名 Roger George Moore
生年月日 1927年10月14日(86歳)
出生地 イングランドの旗 イングランドロンドン
国籍 イギリスの旗 イギリス
ジャンル 俳優
活動内容 1962年:『セイント 天国野郎
1973年:『007 死ぬのは奴らだ
1977年:『007 私を愛したスパイ
1979年:『007 ムーンレイカー
主な作品
007』シリーズ
セイント 天国野郎
ダンディ2 華麗な冒険
備考
3代目ジェームズ・ボンド

サー・ロジャー・ジョージ・ムーアSir Roger George Moore KBE, 1927年10月14日 - )は、イギリス出身の俳優。1973年から1985年の間に、7つの『007』作品でジェームズ・ボンドを演じた。身長は185cm。

人物[編集]

ロンドンのストックウェルで警官の息子として生まれたムーアは、バッキンガムシャー、アマーシャムのドクター・シャロナーズ・グラマースクールに入学した。1940年代に映画にエキストラ出演した後に軍隊に入隊し、第二次世界大戦中はイギリス軍の娯楽部隊に所属した。

除隊後に再び大部屋俳優になり、モデルやテレビのステージ・マネージャーなどの職業も経験した。1950年代に入ってアメリカに渡り、テレビドラマに出演する下積み生活が続いた。1954年、MGM映画『雨の朝巴里に死す』に出演、同年MGMの契約俳優となる。

1962年、テレビシリーズ『セイント 天国野郎』に主演してスターの地位を得る。1971年からの『ダンディ2 華麗な冒険』などのテレビシリーズでも活躍した。

1973年に『007 死ぬのは奴らだ』で3代目ジェームズ・ボンド役に抜擢され、国際的スターの座にのぼる。持ち前の上品で軽妙洒脱なユーモアが愛され、1985年の『007 美しき獲物たち』までシリーズ7作品に主演(現在6人のボンド俳優の中で最多の出演本数[1])した。

歴代最初の黒髪ではない(栗毛色)ボンドである(ボンドデビュー作「死ぬのは奴らだ」のフォトセッションの時だけ黒く染めている)。

歴代最初のクイーンズイングリッシュを喋るボンドでもある(コネリーはスコットランド訛り、レーゼンビーはオーストラリア訛り)。

ボンド役については、原作者イアン・フレミングがムーアを推薦しており、ムーアが「セイント」で活躍していた頃、ショーン・コネリー降板後の2代目ボンド俳優の候補となったが、テレビの仕事の関係でスケジュール調整がつかず、その時点ではジョージ・レーゼンビーが2代目ボンドに抜擢された。レーゼンビーの降板後、再びムーアにボンド役の誘いがあり、ムーア・ボンドの誕生となった(5代目ボンドとして活躍したピアース・ブロスナンのボンド役決定までにも似たような経緯がある)。

しかし、生前のフレミングのお墨付きがあるにもかかわらず、強烈な印象を残したコネリーと正反対の路線を目指したため、しばしば、原作のイメージを逸脱し、「ムーアのボンド」を追求する。このため、後任のボンド俳優は「コネリーには及ばないがムーアよりもいい」、「コネリーとムーアの長所を掛け合せた」等、良くも悪くも引き合いに出されるボンド俳優の二大巨頭の一人である。

歴代ボンドで唯一アストン・マーチンに乗っていない(「キャノンボール」ではアストン・マーチンDB5に乗っている)。

歴代ボンド全員と交流がある(デビッド・ニーブンも含む)。特にショーン・コネリーとは同じ英国出身の渡米組ということもあり、無名時代からの友人で、お互い、有名キャラクターを演じるために1962年に帰国したことなどもあり、親交が深い。

コネリーに次いで"サー"の称号が与えられたボンド俳優である。

英国文学界が生んだ世界的二大キャラクター「シャーロック・ホームズ」と「ジェームズ・ボンド」を演じた唯一の俳優である。

その他にも「サイモン・テンプラー」「クルーゾー警部」等の人気キャラクターも演じている。

「シーウルフ」の撮影現場にて

「007」シリーズ以外にも数々のアクション映画に主演したムーアだが、意外にも自他共に認める運動音痴だという(唯一得意だった競技は水泳)。彼が演じた007はシリーズ中でもかなり豪華なアクションを取り入れたものであったが、スタントマンによる吹替えを多用したとの説もある[2]。また、最後のボンド作品となった『007 美しき獲物たち』ではムーアはすでに50代後半。ほとんどのアクションシーンではスタントマンを使ったのだという。同作ではかなり顔の皺が目立っている。ムーアが『美しき獲物たち』を最後にボンド役を降りた理由は、冗談めかしに「これ以上やったら殺される」ということであった。

初代ボンドショーン・コネリーより3歳年上である(ショーン・コネリーの生年月日は1930年8月25日)。

日本では7代目トヨタ・コロナ(T140系、最後のFRコロナ)のCMキャラクターを務めたことでも知られている。ムーアはCMや広告に登場したばかりではなく7代目コロナのカタログにも登場している。また、複数回来日している。

俳優として活躍する一方、ユニセフ親善大使オードリー・ヘップバーンに勧められたという)[3]などボランティア活動にも精力的で、2003年にはナイトの称号を与えられた。同年にはブロードウェイの舞台で倒れ、病院に搬送される騒ぎもあった[4]


2007年にはハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに星を獲得した[5][6][7]。式典には007の宿敵ジョーズを演じたリチャード・キールや、『007 死ぬのは奴らだ』で共演したデヴィッド・ヘディスン、女優ステファニー・パワーズらが出席した[7]が、ムーアが星の前でひざまずいた後、立ち上がるのに人手を借りねばならない一幕もあった[8]。2008年には初めての自伝 "My Word Is My Bond" [9]を上梓、また仏芸術文化勲章の最高章であるコマンドゥールを授与された[10]

私生活では、4度の結婚をしている。2人目の妻である歌手のドロシー・スクワイアーとは1961年に破局したが、彼女がその後8年間離婚を拒んだため、ムーアと後述するルイザ・マッティオリとの間の子供のうち2人は、庶出子となってしまった。ドロシーは1998年に死去したが、2009年になってムーアはドロシーが子供の頃住んでいた家に300ポンドのブルー・プラークを贈った[11]

3人目の妻である元女優のルイザ・マッティオリとの間には2男1女がおり、子供の中でジェフリーとデボラは俳優になった。1994年、ムーアがルイザに電話で二人の38年間の関係は終わったと告げ、1993年に患った前立腺癌[12]のためリヴィエラで療養中、ルイザの親友であるクリスティナ・ソルストラップと恋愛関係になっていたことが明らかになった。2002年に1億ポンド(スターリング・ポンド)の慰謝料でルイザとの離婚が成立すると、ムーアは74歳でクリスティナとモンテカルロで秘密裏に結婚式を挙げたが、このときムーアの子供は誰も出席しなかった[13]。しかし、2007年のハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム殿堂入りの際には、妻クリスティナとムーアの3人の子供がそろって出席した[7]

日本語吹替えは、「007 死ぬのは奴らだ」以降広川太一郎が持ち役としていた。

主な出演作品[編集]

Sir Roger Moore Allan Warren.jpg

映画[編集]

公開年 邦題
原題
役名 備考
1954 雨の朝巴里に死す
The Last Time I Saw Paris
ポール
1955 わが愛は終りなし
Interrupted Melody
シリル・ローレンス
1959 奇蹟
The Miracle
マイケル・スチュアート
1961 セブンセントの決闘
Gold of the Seven Saints
ショーン・ギャット
サビーヌの掠奪
Il ratto delle sabine
Romulus
1969 大逆転
Crossplot
ゲイリー・フェン
1970 悪魔の虚像/ドッペルゲンガー
The Man Who Haunted Himself
ハロルド
1973 007 死ぬのは奴らだ
Live and Let Die
ジェームズ・ボンド
1974 ゴールド
Gold
ロッド・スレイター
007 黄金銃を持つ男
The Man with the Golden Gun
ジェームズ・ボンド
1975 ラッキー・タッチは恋の戦略
That Lucky Touch
マイケル・スコット
1976 ロジャー・ムーア in シシリアン・クロス 闇の仕掛人を消せ
Gli esecutori
ユリシーズ
ロジャー・ムーア 冒険野郎
Shout at the Devil
セバスティアン・オールドスミス
ロジャー・ムーア シャーロック・ホームズ・イン・ニューヨーク
Sherlock Holmes in New York
シャーロック・ホームズ テレビ映画
1977 007 私を愛したスパイ
The Spy Who Loved Me
ジェームズ・ボンド
1978 ワイルド・ギース
The Wild Geese
ショーン・フリン中尉
1979 北海ハイジャック
North Sea Hijack
フォルクス
オフサイド7
Escape to Athena
メイヤー・オットー・ヘヒト
007 ムーンレイカー
Moonraker
ジェームズ・ボンド
1980 シーウルフ
The Sea Wolves
キャビン・スチュワート大尉
サンデー・ラバーズ
Sunday Lovers
ハリー・リンドン
キャノンボール
The Cannonball Run
シーモア・ゴールドファーブ・Jr
1981 007 ユア・アイズ・オンリー
'For Your Eyes Only
ジェームズ・ボンド
1983 007 オクトパシー
Octopussy
ジェームズ・ボンド
ピンク・パンサー5 クルーゾーは二度死ぬ
Curse of the Pink Panther
クルーゾー ターク・スラスト二世名義
1984 露骨な顔
The Naked Face
ジャド・スティーヴンス
1985 007 美しき獲物たち
A View to a Kill
ジェームズ・ボンド
1990 サマー・シュプール
Feuer, Eis & Dynamit
サー・ジョージ
ダブルチェイス 俺たちは007じゃない
Bullseye!
Garald Bradley-Smith/Sir John Bevistock
1994 不死身の男
The Man Who Wouldn't Die
トーマス・グレイス テレビ映画
1996 クエスト
The Quest
エドガー・ドブス卿
1997 スパイス・ザ・ムービー
Spice World
チーフ
2002 バナナ★トリップ
Boat Trip
ロイド・フェイバーシャム
2010 キャッツ&ドッグス 地球最大の肉球大戦争
Cats & Dogs: The Revenge of Kitty Galore
声の出演

テレビシリーズ[編集]

放映年 邦題
原題
役名 備考
1958-1959 Ivanhoe サー・ウィルフレッド・オブ・アイバンホー 39エピソード
1959-1960 The Alaskans シルキー・ハリス 37エピソード
1959-1961 マーベリック
Maverick
ボー・マーベリック 16エピソード
1962-1969 セイント 天国野郎
The Saint
サイモン・テンプラー 118エピソード
1971-1972 ダンディ2 華麗な冒険
The Persuaders!
ブレット・シンクレア 24エピソード
2002 エイリアス
Alias
エドワード・プール 1エピソード

来日時の主なテレビ出演[編集]

参照[編集]

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  1. ^ イオン・プロダクション製作の「007」シリーズに限る。「ジェームズ・ボンドを演じた回数」でいえばショーン・コネリー(イオン・プロ製作6作品+番外編『ネバーセイ・ネバーアゲイン』)と同じである。
  2. ^ アクションを嫌い本人が希望したという説もある。20周年を記念したドキュメンタリーでも本人が冗談めかしくその様なコメントをしている。
  3. ^ Sir Roger Moore KBE, Goodwill Ambassador” (英語). UNICEF UK. 2009年7月10日閲覧。
  4. ^ “James Bond star collapses” (英語). デイリー・メール. (2003年5月4日). http://www.dailymail.co.uk/tvshowbiz/article-180022/James-Bond-star-collapses.html 2009年7月11日閲覧。 
  5. ^ “007のロジャー・ムーア氏、ハリウッドの殿堂入り”. 産経新聞ENAK. (2007年10月12日). http://www.sankei.com/enak/2007/glace/oct/kiji/12cinema_moore.html 
  6. ^ “じき80歳のロジャー・ムーア、2350人目のハリウッドの殿堂入り”. AFPBB News. (2008年10月13日). http://www.afpbb.com/article/entertainment/news-entertainment/2296653/2233492 2009年7月10日閲覧。 
  7. ^ a b c “Moore gets star on Walk of Fame” (英語). BBCニュース. (2007年10月12日). http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/7040958.stm 2009年7月17日閲覧。 
  8. ^ “Aaagh-aagh-7 ... Roger Moore takes the walk of pain while Jaws is in a wheelchair” (英語). デイリー・メール. (2007年10月12日). http://www.dailymail.co.uk/tvshowbiz/article-487260/Aaagh-aagh-7---Roger-Moore-takes-walk-pain-Jaws-wheelchair.html 2009年7月11日閲覧。 
  9. ^ Moore, Roger; Owen, Gareth (2008-11-1) (英語). My Word is My Bond. Harper Collins. ISBN 9780061673887. 
  10. ^ “3代目ボンドのロジャー・ムーアさんに、仏芸術文化勲章”. AFPBB News. (2008年10月29日). http://www.afpbb.com/article/entertainment/news-entertainment/2533126/3476726 2009年7月10日閲覧。 
  11. ^ Hardcastle, Ephraim (2009年7月30日). “Gentlemanly James Bond pays tribute to the wife who took nearly a decade to divorce him” (英語). Mail Online. http://www.dailymail.co.uk/debate/columnists/article-1203127/Gentlemanly-James-Bond-pays-tribute-wife-took-nearly-decade-divorce-him.html 2009年7月31日閲覧。 
  12. ^ “You only live twice...unless you're Roger Moore” (英語). デイリー・メール. (2007年4月11日). http://www.dailymail.co.uk/health/article-447671/You-live-twice--unless-youre-Roger-Moore.html 2009年7月11日閲覧。 
  13. ^ Choen, Nadia (2002年3月21日). “Moore wedding snub” (英語). デイリー・メール. http://www.dailymail.co.uk/tvshowbiz/article-106088/Moore-wedding-snub.html 2009年7月11日閲覧。 

外部リンク[編集]