レオン・パネッタ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
レオン・エドワード・パネッタ
Leon Edward Panetta

国防省長官時代(2011年6月)


任期
2011年7月1日 – 2013年2月27日
大統領 バラク・オバマ
前任者 ロバート・ゲーツ
後任者 チャック・ヘーゲル

任期
2009年1月20日 – 2011年6月30日
大統領 バラク・オバマ
前任者 マイケル・ヘイデン
後任者 デヴィッド・ペトレイアス

任期
1994年7月17日 – 1997年1月20日
大統領 ビル・クリントン
前任者 マック・マクラーティ
後任者 アースキン・ボウレス

任期
1993年1月21日 – 1994年7月17日
大統領 ビル・クリントン
前任者 リチャード・ダーマン
後任者 アリス・リブリン

アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国予算委員長
任期
1989年1月3日 – 1993年1月21日
前任者 ウィリアム・グレイ
後任者 マーティン・サボ

出生 1938年6月28日(76歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国カリフォルニア州モントレー
政党 共和党(-1971)→)
民主党(1971-)
母校 サンタクララ大学
専業 弁護士
信仰 カトリック教徒
兵役経験
部門 アメリカ陸軍
軍歴 1964 - 1966
最終階級 US-O2 insignia.svg 中尉
賞罰 陸軍称揚章

レオン・エドワード・パネッタ: Leon Edward Panetta1938年6月28日 - )は、アメリカ合衆国政治家弁護士アメリカ合衆国国防長官

生い立ち[編集]

カリフォルニア州モントレーでイタリア移民の子として生まれた。1960年サンタクララ大学政治学専攻卒。1963年、同大学ロー・スクール法務博士課程修了。1963年に陸軍に入隊し、情報将校となる。1963年少尉に昇格。1966年に陸軍称揚章を獲得し中尉に昇格、同年に除隊。

政治経歴[編集]

もともとは共和党員で、1966年から1969年まで、共和党穏健派のThomas Kuchel連邦上院議員の政策秘書を務める。1969年にロバート・ハチソン・フィンチ保健教育福祉長官の補佐官となる。その後、保健教育福祉省公民権課長に任命されたが、翌1970年に辞職した。

1970年から1971年までやはり共和党穏健派であったジョン・リンゼイニューヨーク市長の補佐官を務めた。1971年にはモントレーに帰郷し、法律事務所を共同経営しながら弁護士活動に従事。この頃民主党員に転向した。

1977年から1993年まで、カリフォルニア州16選挙区から民主党の連邦下院議員を務めた。予算・教育・公民権などに取り組む。1979年から予算委員会に所属し、1989年から1993年まで予算委員長を務める。

政権歴[編集]

その後、民主党ビル・クリントン政権下の1993年から1994年まで行政管理予算局局長を務め、1994年には大統領首席補佐官に抜擢され1997年まで務めた。

CIA長官[編集]

2009年1月、バラク・オバマ大統領からCIA長官に指名された。

陸軍退役後は、情報活動はおろか外交・安全保障の実務経験は皆無であることから、ジャーナリストやCIAなどアメリカの各情報機関では経験不足を懸念する声があがった。

一方で、組織をまとめる能力は高く評価されているうえ、クリントン大統領の首席補佐官時代には、CIAのブリーフィングに定期的に出席していたことから、CIA長官としての力量には問題はないという声もあり、イラク人虐待問題などで失墜したCIAの信頼回復を期待された。

国防長官[編集]

2011年4月、バラク・オバマ大統領から国防長官に指名され、2011年6月21日にアメリカ合衆国連邦議会上院本会議で、CIA長官の時と同じく、全会一致で承認された[1]。7月1日よりロバート・ゲーツに代わって国防長官に就任した。

著作[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
リチャード・ダーマン
アメリカ合衆国行政管理予算局長官
1993年1月21日 - 1994年10月
次代:
アリス・リブリン
先代:
マック・マクラーティ
アメリカ合衆国大統領首席補佐官
1994年7月17日 - 1997年1月20日
次代:
アースキン・ボウレス
先代:
マイケル・ヘイデン
アメリカ合衆国中央情報局長官
2009年 - 2011年
次代:
 デヴィッド・ペトレイアス
先代:
ロバート・ゲーツ
アメリカ合衆国国防長官
2011年 - 2013年
次代:
チャック・ヘーゲル