デヴィッド・ペトレイアス

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デイヴィッド・H・ペトレイアス
David Howell Petraeus
DCIA David Petraeus.jpg
デイヴィッド・ペトレイアスCIA長官
生誕 1952年11月7日(61歳)
ニューヨーク州 コーンウォール
所属組織 Seal of the US Department of the Army.svgアメリカ陸軍
軍歴 1974 - 2011
最終階級 US-O10 insignia.svg 陸軍大将
除隊後 中央情報局(CIA)長官(2011年9月 - 2012年11月)
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デイヴィッド・ハウエル・ペトレイアスDavid Howell Petraeus1952年11月7日 - )は、アメリカ陸軍の元軍人。最終階級は陸軍大将

生い立ち[編集]

1952年、ニューヨーク州南部の小さな村・コーンウォール(コーンウォール・オン・ハドソン英語版)でオランダ系アメリカ人の家庭に生まれる。父のシクストゥス・ペトレイアス(Sixtus Petraeus)はオランダ移民1世で、元はオランダ本国で商船の船長をしていたが、第二次世界大戦の勃発後まもなくアメリカに移民した[1][2]。移住後は、ニューヨーク船員向け教会英語版で出会ったアメリカ人のミリアム・ハウエル(Miriam Howell)と結婚し家庭を持つと共に[2][3]、戦時中はリバティ船の船長として軍事輸送任務に従事、戦後はニューヨーク州の電力会社に勤めた[1][2]。一方、母のミリアムはブルックリン出身のアメリカ人で、オベリン大学を卒業し司書として働いていた[4]

1974年、デヴィッドは陸軍士官学校を卒業。1983年、アメリカ陸軍指揮幕僚大学を最も優秀な成績で修了。1987年、プリンストン大学ウッドロー・ウィルソンスクールにてPh.D(国際関係学)取得。博士論文の表題は、"The American military and the lessons of Vietnam : a study of military influence and the use of force in the post-Vietnam era(米軍とベトナムの教訓:軍の影響とポスト・ベトナム時代の軍事力行使に関する一考察)"。

イラク戦争[編集]

2003年3月にアメリカがイラクへ侵攻したことに始まるイラク戦争では、第101空挺師団の司令官として前線指揮を執り、バグダード陥落に大きく貢献する。大規模な戦闘が終結した後は、モースルで治安維持に当たる。同年11月に武装勢力に殺害された奥克彦とは生前に交流があった。

同戦争の戦闘長期化により2007年1月、ジョージ・ブッシュ大統領はイラクに対する5個戦闘師団・2万人規模の兵力増強と中央軍・イラク駐留米軍の新人事の着手に踏み切る。中央軍のジョン・アビゼイド英語版司令官とイラク駐留米軍のジョージ・ケイシー・ジュニア英語版司令官を事実上更迭。後任にはウィリアム・ファロン英語版提督とペトレイアスがそれぞれ就任した。ただし、ケイシーは陸軍参謀総長(2007~)に昇進した。

当初は効果が疑問視されていたが、2007年8月を境に増派は次第に奏効し、2008年5月には米兵の戦死者は開戦以来最低の19人に留まった。ペトレイアスは、2007年9月と2008年4月にそれぞれ議会証言を行い、2008年夏までに増強した5個師団を撤退できる見通しを発表した。ペトレイアスは2008年7月に、同師団を撤退させ兵力を増派前の14万人規模に削減した。

ペトレイアスはイラク治安回復の功績が評価され、イラン攻撃に強く反対し、特にディック・チェイニー副大統領と対立し辞任したファロン中央軍司令官の後任に指名される。同月10日、米国上院は95対2でペトレイアス指名を承認。アメリカ中央軍司令官は中東全域並びに東アフリカ中央アジアなどを統括する要職である。ただし、2008年にアフリカ大陸北東部(アフリカの角を含む)は、エジプトを除き、新規に設置されたアフリカ軍に管轄が移動した。

2010年6月15日には上院軍事委員会にて証言を行った際、時差ぼけ脱水症状が重なり机に倒れこむという騒動を起こしている[5]

アフガニスタン[編集]

2010年6月23日、バラク・オバマ大統領は、雑誌『ローリング・ストーン』の誌上でジョー・バイデン副大統領らオバマ政権高官を批判・侮辱したことで事実上解任されたスタンリー・マクリスタル将軍の後任として、ペトレイアスを指名すると発表。6月30日に議会の承認を受け、7月4日付で国際治安支援部隊(ISAF)司令官兼アフガニスタン駐留米軍司令官に正式に就任した。

なお、中央軍司令官の職については、当時副司令官であったジョン・R・アレン英語版海兵隊中将が臨時代理を務めたのち、7月21日付でジェームズ・マティス海兵隊大将(当時は統合戦力軍司令官)が指名され、上院軍事委員会による承認のうえ、就任している[6]

CIA長官[編集]

ロバート・ゲーツ国防長官が2011年6月末で退任することが決定したのにあわせ、オバマ大統領は後任としてレオン・パネッタ中央情報局 (CIA) 長官を指名、ペトレイアスはそのパネッタ長官の後任として、2011年4月にCIA長官に指名された[7]。CIA長官指名にあたっては、退役し文民として長官職に就くことが公表され、37年にわたる軍歴に終止符が打たれることとなった。同年6月23日には、CIA長官就任に必要となる上院の承認を得るため上院情報特別委員会英語版の公聴会に出席して証言[8]、1週間後の6月30日に上院本会議で行われた採決の結果、94対0の全会一致(残りの6名は反対ではなく、欠席等のため投票しなかった)で承認された[9]

軍務については、最後の任務であるISAF総司令官兼アフガン駐留米軍司令官の職を同年7月18日付で正式に退任、中央軍司令官時代の部下であり、大将に昇任のうえ後任に補職されたジョン・R・アレン海兵隊大将に引き継いだ[10]。その後8月31日に、バージニア州にあるマイヤー・ヘンダーソン・ホール基地において、ウィリアム・リン英語版国防副長官とマイケル・マレン統合参謀本部議長の列席のもと退役式典が執り行われ、正式に陸軍を退役した[11]。CIA長官には9月6日付で正式に就任した[12]。軍時代の高い評価と民主党政権下における軍出身の閣僚として将来は大統領候補になり得ると目されていた。

性スキャンダルと情報漏洩[編集]

アメリカ合衆国大統領選直後の2012年11月9日、既婚の自身が既婚者の女性と不倫していたことを理由としてCIA長官を辞職した[13]

関係した相手は陸軍予備役少佐のポーラ・ブロードウェル英語版で、ペトレイアスの伝記「All In: The Education of General David Petraeus」の執筆者であった。

不倫が表沙汰になったのは、ブロードウェルの嫉妬が原因と米メディアは報道した。ブロードウェルがペトレイアスの周囲へ匿名の嫌がらせメールを送りつけ、FBIが捜査を開始した。同時に、ペトレイアスがブロードウェルに送ったメールが情報漏洩の可能性があることも判明する[14][15]

脚注[編集]

  1. ^ a b 「ペトレイアス将軍とアメリカの中東政策(2)」 高橋和夫のブログ「高橋和夫の国際政治ブログ」の記事より(2010年11月1日掲載・2011年9月23日閲覧)。
  2. ^ a b c “The Long, Blinding Road to War” (英語) ワシントン・ポスト紙の記事(リック・アトキンソン記者の執筆記事,2004年3月7日掲載・2011年9月23日閲覧)。
  3. ^ “Petraeus, Our Old New Man in Iraq” (英語) 軍事関連ニュースサイト“Military.com”に掲載された記事(National Public Radioのトム・ボウマン記者の執筆記事,2007年2月26日掲載・2011年9月23日閲覧)。
  4. ^ “David Petraeus’s Winning Streak” (英語) ヴァニティ・フェア誌に掲載された記事(マーク・ボウデン記者の執筆記事,2010年3月30日掲載・2011年9月23日閲覧)。
  5. ^ “議会で倒れた米将軍が“うらやましい” 国会から消えた自衛官” (日本語). 産経新聞. (2010年10月10日). http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/449869/ 2010年10月27日閲覧。 
  6. ^ オバマ大統領によるマティス将軍の中央軍司令官指名を伝えるMarine Corps Timesの記事(英語)
  7. ^ オバマ大統領によるパネッタの国防長官、ペトレイアスのCIA長官指名を報じるCNNの記事(英語)
  8. ^ 上院情報特別委員会のホームページで告示されたペトレイアスのCIA長官指名公聴会の日程
  9. ^ 上院による投票結果(英語)
  10. ^ “Petraeus hands over command in Afghanistan” (英語) ペトレイアスのISAF総司令官退任と引き継ぎの式典について報じるCNN.comの記事(2011年7月18日掲載・2011年9月23日閲覧)。
  11. ^ “Petraeus Garners Praise at Retirement Ceremony” (英語) 国防総省ホームページ内のAmerican Forces Press Service(AFPS)ニュースサイトに掲載された記事(ジム・ガラモン記者の執筆記事,2011年8月31日掲載・2011年9月23日閲覧)。
  12. ^ CIAのホームページにあるペトレイアスの経歴紹介ページ(英語)
  13. ^ “米CIA長官、不倫で辞任 イラク戦争の功労者” (日本語). 日経新聞. (2012年11月10日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK10001_Q2A111C1000000/ 2012年11月10日閲覧。 
  14. ^ 英雄の名声「ぶち壊した」不倫騒動
  15. ^ 前CIA長官が使った バレない不倫メールの仰天手口

外部リンク[編集]

News articles (date sequence)


軍職
先代:
ウィリアム・S・ウォレス
アメリカ陸軍指揮幕僚大学司令官
2005年10月20日 - 2007年2月2日
次代:
ウィリアム・B・コールドウェル
先代:
ジョージ・ケイシー・ジュニア
イラク多国籍軍司令官
2007 - 2008
次代:
レイモンド・T・オディエルノ
先代:
マーティン・デンプシー (臨時代理)
中央軍司令官
2008年10月31日 - 2010年6月30日
次代:
ジョン・R・アレン(臨時代理)
先代:
スタンリー・マクリスタル
国際治安支援部隊 (ISAF) 司令官
2010 - 2011
次代:
ジョン・R・アレン
先代:
スタンリー・マクリスタル
アフガニスタン駐留アメリカ軍司令官
2010 - 2011
次代:
ジョン・R・アレン
先代:
レオン・パネッタ
アメリカ合衆国中央情報局(CIA)長官
2011年9月 - 2012年11月
次代:
(代行:マイケル・モレル副長官)