三鷹車両センター
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| 三鷹車両センター | |
|---|---|
| 鉄道事業者 | 東日本旅客鉄道 |
| 管轄支社 | 八王子支社 |
| 所属略号 | 八ミツ |
| 電車配置両数 | 662両 |
| 合計配置両数 | 662両 |
| 備考 | 2009年4月現在のデータ |
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この表について
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三鷹車両センター(みたかしゃりょうセンター)は、東京都三鷹市上連雀3丁目1番18号にある東日本旅客鉄道(JR東日本)の車両基地である。同社八王子支社の管轄。
中央本線三鷹駅西側に位置する。同駅から電車区までの線路沿い南側の三鷹市道は「電車庫通り」と名付けられている。また、構内には車庫と中央本線を南北にまたぐ歩道橋があり、電車ウォチングの場としても知られる。この歩道橋は古レールを使用して作られ、三鷹に住んでいた太宰治も好んで通ったという[1]。
なお2003年12月に統廃合され、配置車両が全車当センターに転入した習志野電車区(ならしのでんしゃく)については、習志野運輸区を参照のこと。
目次 |
[編集] 配置車両の車体に記される略号
「八ミツ」…八王子支社を意味する「八」と、三鷹を意味する「ミツ」から構成される。
[編集] 歴史
- 1929年6月 : 「中野電車庫三鷹派出所」として開設。
- 1929年9月1日 : 「三鷹電車庫」へ改称。
- 日本国有鉄道時代の略号は「東ミツ」。
- 1969年3月1日 : 東京鉄道管理局分割に伴い、東京西鉄道管理局の管轄となる。略号は「西ミツ」。
- 1986年3月3日 : 試作車以外の中央線快速用201系が他区へ転出し、中野電車区所属の中央・総武線緩行線用201系を当区へ移管。
- 1987年4月1日 : 国鉄分割民営化に伴い、JR東日本へ承継。略号は「東ミツ」。
- 1998年4月1日 : 八王子支社発足に伴い、同支社の管轄となる。略号は「八ミツ」。
- 2003年12月 : 習志野電車区配置車両が転入。
- 2007年3月18日 : 動力車乗務員の1/3を新設された八王子運輸区へ移管。列車仕業(東京駅- 甲府駅)と電車仕業の地下鉄乗り入れ(中野駅 - 三鷹駅)が行路から激減した。
- 2007年11月25日 : 三鷹電車区から改称。同時に三鷹電車区の動力車乗務員配置を新宿運輸区と新設された立川運転区へ移管。
[編集] 配置車両
- 209系電車
- 500番台10両編成13本が配置されている。
- 中央・総武緩行線(立川駅・三鷹駅 - 千葉駅間)で運用されている。
- E231系電車
- 0番台10両編成45本(B27編成は現在東京総合車両センターへ転属)、800番台10両編成7本、900番台10両編成1本、計54本が配置されている。
- 0・900番台は中央・総武緩行線(立川駅・三鷹駅 - 千葉駅間)、800番台は中央・総武緩行線から東京メトロ東西線に直通する電車でそれぞれ運用されている。
[編集] 元配置車両
[編集] 通勤形車両
- 103系と同様地下鉄東西線乗り入れ用車両。1966年から2003年まで配置されていた。
- 1979年に中央線快速用の試作車900番台10両が投入され、1981年には量産車80両が追加投入された。1986年3月3日国鉄ダイヤ改正で配置車両が中央線快速用から中央・総武緩行線用に変更された。JR東日本に継承されてから2001年まで同緩行線向けの車両が在籍し、青梅線・五日市線及び京葉線用として豊田電車区(現・豊田車両センター)と京葉運輸区(現・京葉車両センター)にそれぞれ転属した。
- これとは別に東中野駅列車追突事故の復旧車であるクハ201-3のみ2005年12月まで保留車として在籍した。
- 1989年から2001年まで配置されていた。
- 1989年の新製車2編成20両は前述の東中野駅列車追突事故による車両補充として本来は埼京線用だった車両を急遽配置したもので、1990年と1996年に1編成ずつ本来配置されるはずだった川越電車区(現・川越車両センター)に転属した。
- 1993年に中央線快速に転出した201系の穴埋め転出20両と増発分として、京浜東北線(浦和電車区)と南武線(中原電車区)から転入してきた30両は2001年までに209系500番台およびE231系による車種統一のため、京葉線・武蔵野線・南武支線にそれぞれ転属した。
- ステンレス車体に帯が黄色のため地下鉄乗り入れ用車両と車体色が酷似したことから、誤乗防止策として地下鉄東西線乗入れの103系・301系の帯色は黄色(黄5号)から水色(青22号)に変更された。
[編集] 近郊形車両
- モハ71形が1952年に中央東線専用として新製配置された。当初はぶどう色(ぶどう色2号)だったが、クハ76形の配置に伴い横須賀色となり72系と混結されて運用されていた。
- 1966年に中央東線普通列車が大量に電車化される際に横須賀色車が配置された。その後も増備されたが、1986年11月のダイヤ改正で豊田電車区に運用が移管され全車転出している。
[編集] 急行形車両
- 1964年の中央東線上諏訪電化の際に急行「たてしな」用に11両が配置された。しかし、翌1965年の松本電化に際し、「アルプス」と共通運用となり松本運転所(現・松本車両センター)に移管となり全車転出している。
- 分割民営化直前の1986年にジョイフルトレインのパノラマエクスプレスアルプスが配置されたことにより再び165系配置車両基地となった。
- 1990年代前半からは、波動輸送用として165系・169系一般車が転入してきており、「三鷹色」や「八王子色」と呼ばれる専用塗装が施工された。
- パノラマエクスプレスは2001年に廃車となり富士急行に譲渡。他の一般車も2003年までに廃車となっている。
- なお正式な配置車両ではないが、1970年から1972年にかけて115系による急行運用にグリーン車を連結する関係で新前橋電車区(現・高崎車両センター)からサロ165-14・15のジャンパ連結器を交換した上で借り受けている[3]。
[編集] 事業用車両
- クモヤ145-115が所属していたが、2009年10月7日に長野総合車両センターに回送され廃車となった。
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
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